コーヒーと最適解
依月さかな
とあるカフェにて。
「今日は学生さんがいっぱいいるねー」
久しぶりの休日に、お気に入りのカフェでコーヒーを堪能していたら、連れがぽつりとそう言った。
休日と言っても、それはオレにとってにオフということで、一般的に今日は人が少ない平日だ。言われてみれば、その昼下がりにしては制服姿の客が多い気がする。
ルーンダリアというこの国は複数の種族が暮らす他種族混合国家だ。と言っても、国王がグリフォンの魔族だけに国民も魔族が多い。次点で多いのは人間族、獣人族ってところか。普段は海に棲む鱗族や山地に棲む翼族、森に村を作る妖精族は少ないが、歩いていると街中でもたまに見かけることがある。ルーンダリアの首都は警邏隊が多く治安がいいから、少数の種族も安心して暮らせる国ってことなんだろうな。
校章が入った白と紺の制服を着込んだ学生たちも同じような感じだった。ほとんど魔族でその中に人間族や獣人族の子たちが同じテーブルで勉強をしている。教科書やノートを開いて黙々と勉強するその姿はなんだか懐かしかった。
「試験前はオレもああやって勉強したなあ」
少し冷めたコーヒーをひと口飲んでからそう言ったら、向かいに座っていた連れは目を輝かせた。
「そういえばミラも学校出てるんだっけ?」
「一応な。世の中でうまくやっていくには色んなことを
故郷も家族もなくしたオレにそう言ってくれたのは、子供の頃、理不尽な大人たちから救ってくれたルゥイさまだった。見てくれは髭面のじいちゃんで、しかもそこそこ体格がいいから故郷を襲った海賊を思い出しちまって、最初は怖くて距離を取って警戒してたっけ。ルゥイさまは人間族のでかい国の宰相で、精霊の知り合いが多いすごい魔術師だった。オレとは赤の他人なのに、あの人は学費を出してまでオレを学校に行かせてくれた。
オレは和国ジェパーグという島国の出身だ。文字も言葉も、故郷のものとは違ったから授業についていくのはそれなりに大変だった。でもクラスメイトの中に何人か友人もできたし、楽しい思い出もたくさんできた。
なにより社会に出た今、学校で学んだことがすげえ役に立ってる。ルゥイさまには今でもすごく感謝してる。
「スレイトも故郷の国で学校行ってたんだろ? 試験前になるとさ、全然勉強してないって言うクラスメイトっていなかったか? そう言うヤツに限って試験の成績よかったりしたよなー」
オレもそのクチだったけど。影ではめちゃくちゃ勉強してた。金を出してくれたルゥイさまのがっかりした顔なんて見たくなかったし。けど、鵜呑みにしたやつは本当に勉強しなくて、成績を落としてたっけ。彼はどっちだったんだろう。
にやりと笑ってみれば、連れ——スレイトはきょとんとした顔で首を傾げた。
「うん? そう、かな? おれ、あんまり勉強してなかったんだよねー。だって、授業をちゃんと聞いていれば答えられる問題ばかりだったし」
「おまえもそのクチかよ」
駆け引きなんて通用しない、本物の天然。いや、ある意味天才……なのか?
スレイトって楽天家に見えて現実的な一面があるもんな。何も考えていないように見えて、周囲の人をよく観察している時もある。気がする。
「んー? そのクチって、どの口?」
「……なんでもない。スレイトって、学校の成績良さそうだよなぁ」
「うん! これでも学年では一番だったんだよ」
「すげえじゃん」
素直な本音だった。けど同時に心配もした。勉強してないと公言しておいて一位の成績を取ったりしたら、同級生に睨まれなかったんだろうか。
「うーん。成績は良かったんだけど、なぜかモテなかったんだよねぇ。ま、今は愛するミラと出逢って、こうしてデートできる仲になったからよかったけどさっ」
今日も恥ずかしげもなく愛を語って、スレイトはにこにこと笑う。反対に胸のあたりがこそばゆくて、オレはいたたまれなくなった。
大陸のヤツらの気質なのか、それともスレイトの愛情表現がストレートすぎるのか。わかんねえけど、スレイトは普段からオレに好きだとか愛していると伝えてくる。恋人としては当たり前なのかもしれねえけど、元・和国民のオレにはいまだに慣れない。だって、死んだ父さんが母さんに愛を囁くところなんか見たことねえもん。
「モテなかったって言う割りには、会ってそんなに知り合ってなかったのに告白してきたよな」
「だって一目惚れだったんだもん」
「だったらなおさらすげえじゃん。よく勝算もなく告白してきたよな。実際、オレ、スレイトの第一印象はあんまり良くなかったんだぜ。不安じゃなかったのか?」
スレイトと出逢ったのはただの偶然だ。彼はこの国の国王と同じグリフォンの魔族で、妖狐のオレにとっては天敵のような存在だった。しかも狐のハーレムを作りたいと友人に話しているところを聞いてしまったもんだから、なんて節操のないやつなんだと軽蔑していたくらだ。
なのにスレイトは、心の壁を作っていたオレに難なく近づいて、好きだと告白してきた。妖狐を侍らせるという野望を持つヤツなんか信用できねえし、最初はフってやろうと思っていた。なのに、今はこうして恋人として彼を受け入れているのだから、人生ってほんとわからない。
「不安だったよ? だって、おれ、一度好きな女の子に告白してこっぴどくフラれてんだもん」
「え、まじで?」
「うん、まじ」
笑顔でスレイトはうなずいた。モテないモテないと口にしてはいたが、まさか過去に失恋してたなんてな。
「だから、告白を受け入れてもらえるなんて思ってなかったよ。でも、何もしないでいたら、ミラは遠くに行っちゃう気がしたんだよね」
手もとのカップに視線を落として、スレイトは切なげに笑う。
「だから、ありのままの気持ちをミラに伝えることにしたんだ。ううん、気がついたら口から出ちゃってた」
「ははは。完全に、勢いまかせの告白じゃん」
「でも後悔はしてないよ。ミラがおれのことをどう思っているのか知ることができたし。最後には、ミラもおれのことを受け入れてくれたから。あの時告白したのは、おれにとっての最適解だったのかも」
「最適解、か……」
なら、オレがあの時、泣きそうだったスレイトの顔に絆されてつい告白をオーケーしちまったのも、ある意味最適解だったのかもな。
こうして親しくなった今、スレイトはすげえ誠実なヤツだってわかったし、オレのことを恋人として大切にしてくれているのも感じる。付き合い始めてから狐のハーレムを作ることも完全にやめちまったみたいだし。
試験の問題には正しい答えが必ず用意されているけど、社会に出たらそうはいかない。
人生ってのは選択の連続だ。そこに完全な正解じゃない選択肢だってある。時に悩み苦しみながら、なにかを選び取らなくちゃいけない場面は何度も遭遇する。そうやって、人は生きてゆくんだ。
スレイトの手を取り、彼を受け入れたことも同じだ。おかげでオレの人生は変わってしまった。もちろん良い方向に。
「そうだな。勘で自分にとっての答えを選び取るんだから、スレイトはすげえよ」
「えへへ。そうかなあ」
向かい合わせて、オレたちは笑い合う。
これからも不安なことはあるし、大きな壁にぶつかることもあるだろう。けれど、隣にスレイトがいれば、二人で助け合っていけばどんな問題だって乗り越えられる。
オレは強く、そう思うんだ。
end.
コーヒーと最適解 依月さかな @kuala
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