世、妖(あやかし)おらず ー煙影ー

銀満ノ錦平

煙影


 いつからかタバコを吸うようになった。


 身体にも良くない事は、この人生で何度も聞いてきた。


 だが吸わずにはいられなかった。


 この体内に煙のように纏わりつく感情を出す方法がこれしかわからなかったのだ。


 私の家系はほぼ全員タバコは吸わなかった。


 唯一吸っていた祖父も年を取るに連れて元気も亡くなり、タバコも吸わなくなっていった。


 なのでタバコに縁が無いに等しかった。


 なのに今はもう毎日吸っている。


 今までのモヤモヤした気持ちが煙を吐く毎にスッキリとしていく。


 私は自分の出す煙は、きっと記憶の走馬灯だと思っている。


 そして出た煙の影を見る度に私の頭にある記憶が思い掘り起こされる。


 今吹いた煙の影は、私が幼少期の頃の影に見えた。 

 全て、アルバムに見た私でありその時の私を見ることなんて出来ない。


 だから写す。


 写したものを将来の私が見て、改めてそれが昔の記憶だと分かる。


 わかった所でその時に何を考えてたかもまでは思い出せない。


 あくまで写真というなの色のついたリアルな絵を見てるに過ぎない。


 しかもそれがほんとにその時の私なのかも分からない。


 家族は、皆私というが私はそれを、私とはわからないのだ。


 嘘を疲れてるのかもしれない。


 いや、それは無いことは分かっている。


 わかってはいるがわかった所で今の私を動かし、記憶を更新し、この目という映像機でこの現実を見ているのは私なので信じられるのは私しかいないのだ。


 しかしそれでも私が、このアルバムやふとした瞬間のフラッシュバックで過去を思い出す事があるということはやはりこのアルバムは間違ってはいないのだろう。


 だから本当は信じてはいるのだ。


 問題は、やはり色だ。


 色が付いてるのがおかしい。


 このカメラという物の構造など知るわけがないが、兎も角この現実の世を写せるという魔法のような機械が一般にあることがやはりおかしいと思ってしまう。


 昔の写真は白黒だ。


 ならばその時の世界は白黒であったのかといえばそうではない。


 色があったはずなのだ。


 だが白黒で写してある以上、私としてもこの写された世界がその時の色の世界に認識してしまってる。

 勿論、祖父祖母の昔の写真は白黒ではあるが実際はちゃんと色が付いてるのである。


 ただ、そう思うと色というものがめんどくさくなってきてしまう。


 写真を見ても目が慣れないのである。


 他人にもこの世界にも色という概念がある限り私はの目は揺らついて仕方ない。


 だから私は、影を好む。


 影なら、見ても黒のままだし其処に自分の理想の姿を載せる事ができる。


 私の影は私にしかなく、私と同じ動きしかしない唯一の私の一部なのだ。


 だからずっと影を見ていた。


 写真を取られても、何も感じなかった。


 色が付いててまるで御伽の世界だなと感じてしまうようになった。


 だから影に何かを見出そうとしていた。


 ただ、何故か幼馴染の顔だけはその時は影よりくっきりと見えていたと思う。


 昔の幼馴染からであった。


 この幼馴染は、赤ん坊からの付き合いで、成長してからもお互いに仲良く遊んでいたと思う。


 ただ私は、小さい頃からそこまで外に出ることがなかった。


 家で本を読んでたりテレビを見ていたほうが相に合っていた。


 そんな時、いつも家に来ては外に出て遊ぼうと促してきた。


 そう元気はつらつと言われたら行くしか無いので外に出るというパターンが多かった。


 彼女は彼女で友達はいたし、私も私で友達はいた…。


 しかし皆に色がついてきてあまり関わるのをやめてしまった時期にも彼女には何故かちょうど良いと認識していたと思う。


 二人で遊ぶのを周りも目撃してか、学校などでは好きなのか、付き合ってるのかと茶化されたこともあったが彼女は「そんなことはないよ。」と笑いながら言っていた。


 私も同じ反応をしたが知らず知らずの内に恋心というものが芽生えてたのをハッキリと抱いていた。


 ここまで古くからの付き合いといってもいいくらいの仲なら相手も同じ気持ちなのだろうと思っていた。


 だから、中学生になった後、思い切って、彼女に話があるといい、放課後、学校の裏の所に呼んだ。

 何の用かと、普段通りに聞いてきたので思いっきり、精一杯の声で告白した。


「ごめん、そういう目で見てなかった。」

 玉砕である。


 まさかの事にどちらも呆気を取られていたと思う。

 私は、目の焦点がブレていたのだろう、彼女が大丈夫かとものすごく心配された。


 私がなんで?と聞いたら、彼女は「兄弟のように接してきたからそういう思いでは見てなかった。」という。


 この時、小学生…いや、その前から相思相愛だと感じていた事が勘違いだと気付いて身体から何かが抜けた様な錯覚を感じながら帰宅したのを覚えている。


 その時から余計に周りの色が眩しく感じてしまったと思う。


 辛かった。


 ただその時、この黒い感情が何故か気持ちよかった記憶がある。


 悔しい、悲しい、辛い、泣きたい…。


 しかし、何か心のなかで興奮に近い感情も生まれた。


 だから、この感情が影響か次の日から彼女との会話を極力避けることにした。


 朝、外に出て彼女におはようと声をかけられるがそれを無視した。


 彼女は、少し戸惑う顔を見せたがそのまま私を先置いて学校に向かっていった。


 次の授業についてなにか聞かれたが無視した。


 彼女は少し戸惑った。


 戸惑った感情を見て、心はどんどんと後悔と興奮で埋め尽くされて来たような気がした。


 その後もどんな会話も無視した。


 彼女は、心配そうな目線をこちらに向けたが無視した。


 そしてずっと無視した結果、こっちに来なくなった。


 周りも私を見る目が軽蔑と悲観を醸し出してるようになった。


 あいつは振られたんだ…とか、幼馴染を突き放すだめ男…等と陰で言われていた。


 これも影である…。


 私には影が纏わりついていて逆に心地よくなっていた。


 どうせ一人なんだ。


 一人がいい。


 そう何度も言い聞かせていた。


 …が、諦めることができてはいなかった。


 彼女を見る度に心の棘のような物が刺さった感覚がでてしまう。


 それと同時に無視されるようになった事に対しての興奮感も段々と実感していくようにもなった。


 中2の夏頃だったか。


 幼馴染がクラスの中心人物で人気だった野球部に告白しているとこを遠目だが見てしまった。


 色がついていた。


 もう彼女は私寄りではなく完全に色がついてしまった。


 私はより影に潜むようになっていった。


 周りに色がつきすぎてもう目が痛く感じてしまって


 影のみを見る様になっていった。


 そんな奇行に周りは引いていき、結局は完全な独りになっていった。


 中学3年生も終え、皆が華々しい別れを演出している中でその光景の色が嫌ですぐ帰宅した。


 その後、高校は工業系に行き、早くこの地元を出たかった。


 可もなく不可もない高校生活は、影となった自分にとっては居心地良かった。


 色が薄かったからだ。


 そして卒業してすぐ働いた。


 働いて働いて働いて、もう周りの色を忘れようともがく程に集中した。


 歳を取る毎に周りの色が気にならなくなり影が私に迫ってくる様になってきた。


 そして、段々と形を変えず佇む影に飽きてきた。


 陽の影には一定の物体の動きにしかしないのがつまらなくなった。


 そしてなんとなくもっと動く影を見続けたくなった。


 そして思考した結果、煙の影を見ることにした。


 ただそんな影日常で見れるわけでもない。


 嫌だったが再び世界の色を眺めるようにした。眩しく目が痛く私にはキツかった。


 雲の影は大きすぎて今私が必要としている影ではなかった。


 大きすぎると闇になってしまう。


 闇と影は違う。


 闇は世界を覆うまた影とは別の黒だと感じてる。


 しかもあまり動きを感じない。


 私の影を覆うほどの影は必要としてない。


 私を気持ちよく覆わない位の影がいい。


 そして私は煙草の煙に想いを寄せた。


 手元で煙を出して、煙の影をすぐ見ることができる。


 なので私はすぐ煙草を買い、その日から煙草を吸い始めた。


 初めは、キツく身体が拒否反応起こしてえづくことが多かったが次第に慣れて、影を見る余裕ができるようになると影が徐々にある形に見えてくるようになってきた。


 先ずは、赤ん坊の影だった。


 私がアルバムで見た、私の赤ん坊の影だった。


 それを見た時に私がやっと生まれたんだと実感するようになった。


 あぁ、私だ。


 色のない、本物の私だ…っと。


 徐々に煙草を吸う数が増えていった。


 吸う度に煙の影が私の過去の記憶の影と当てはまり、自分の生と癖が実感する。


 そして徐々に影があの時の彼女…幼馴染に見えてくるようになった。


 今は何をしているのだろうか…。


 私は、辛い気持になりつつもその気持ちがとても気持ちよくなりより吸うようになった。

 吸って想いだし、吸って思いだし、吸って懐い出す…。


 あぁ、彼女が忘れられない。


 あの時に告白した野球部とまだ付き合ってるのだろうか。


 もしかしたら一人になってるかもしれない。


 私と同じまた影になってるかもしれない。


 影の彼女に興奮していくのが分かり、私は煙草の影

 に性癖を憶えてしまった…。


 吸って果て吸って果て吸って果て吸って果て…。


 もう気がついたら数年たった…。


 思い出に果てるのはもう嫌かもしれない…。


 けど気持ち良い。

 ………そして、あの手紙が届いた。


 幼馴染の結婚披露会の案内だった。


 心が壊れた。


 あんなことを過去にしたのに何故今更…と何かが…、心臓周りが土器が割れたような感覚に陥り、仕事を休んでしまった。


 嫌がらせだ、そうだきっとそうだ。


 私は親に電話して詳細を聞いてみた。


 相手はあの野球部で、クラス全員を呼ぼうという粋な計らいからであった。


 私は、電話を切ったあと、こんなお溢れのような形で幼馴染に許されたのかと思うと余計に辛くなり寝込んでしまった。


 しかしそんな時にも煙草を吸って気持ちよくなりたかった。


 吸って吸って吸って吸って吸って。


 吸い続けていた。


 苦しいと感じても無視して吸った。


 煙の影が部屋の壁越しに映る。


 幼馴染だ。


 幼馴染が煙の影となってでてきた。


 影は、私を手招きしているように見えた。


 我慢できなかった。


 幼馴染が目の前に、あの色のついてたはずの幼馴染が影に、私の世界の影になって目の前にいたからだ。


 飛びついた。


 飛びついて、私はきっと影の中に、幼馴染の中に、彼女の中に入りたかった。


 なった、なったなったなったなったなったなったなった。


 意識が薄くなりふと、影をみた。


 幼馴染の影と思っていたモノから手が伸び始め私の首を絞めていた。


 苦しい、これは幼馴染じゃない。


 彼女じゃない。誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ


 誰だ誰だ!



 あんたは誰だ!!


 薄い意識で叫ぶと煙の影は、影なのににやりと笑いながら

「煙の記憶は、愚かなの記憶。」


 そう言った瞬間





 私は死んだ。








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