第4話



「何これ」


 昨日の翌日。つまり、今日。


 今、目の前に、雄大の作ったケーキがある。

 放課後、昨日と同じ場所に呼び出され、湖都はびっくりしていた。

 雄大は、少し威張ったような顔をしていた。


「ショートケーキだ。俺が作った。こっそり家庭科室の冷蔵庫に入れてもらってたんだ」


 ちょっと誇らしげな顔つきだ。 

 雄大の手作りケーキ。

 スポンジケーキに生クリーム。てっぺんには赤いイチゴが乗っている。


「チョコレートケーキなんて無理」


 雄大は頭をかいて言った。

 まさか、次の日に作ってくるなんて思わなかった。

 湖都は、ちょっぴり感動して雄大を見上げた。


「すごいじゃん。味見したの?」

「お前、してくれよ」

「えっ」


 驚く湖都にタッパーに入ったケーキを押し付けてくる。

 湖都は、いいのかな、と思う気持ちと、すごく食べてみたい気持ちで、フォークを突き立てた。生クリームとスポンジケーキを口に含むと甘い砂糖の味がした。


「甘い」

「まずいか?」


 雄大が不安そうに言って、湖都からフォークを取り上げると、そのままケーキをすくってパクリと食べた。

 湖都は唖然と見ていた。


「あ、あんたそれ、あたし、つ、使った……のにっ」


 真っ赤な顔した湖都にはお構いなし。

 雄大は澄ました顔でフォークを返した。


「食べろ」

「ひ、人の話聞いてた?」

「いいから、食え」


 湖都の顔はイチゴよりも赤かった。


「いやよっ」

「いいから、食えよ」


 雄大の声は真剣だった。湖都は泣きそうになった。


「いやっ」

「なんでいやなんだよ」

「恥ずかしいからに決まってるでしょ」


 湖都は頬を押さえて、階段に座った。

 それを見ていた雄大も湖都の隣に座る。湖都は息が止まりそうなほどドキッとした。

 だが、雄大は黙ったまま何も言わない。

 湖都は身じろぎしてちょっとだけ離れた。


「俺が嫌いか?」

「え……?」


 答えられなかった。


 嫌いなわけないじゃない! でも、嫌いじゃないと答えれば、好きだと答えなくてはいけない。


「映画は二人だけで行けると思ったのに、他の奴も誘ったりして何考えてんだよ」


 湖都は口を押さえた。顔が燃えるように熱い。


「俺の事、嫌なんだろ」


 違う。そうじゃない!


 なのに、声が出ない。

 湖都は首を振った。


「そのケーキお前にやる」


 すくっと立ち上がると、雄大は階段を下りて行った。

 湖都は動けなかった。

 手にはタッパーがある。それを見ると、涙がこぼれた。

 ショートケーキにフォークを突き刺した。すくって口に運ぶ。甘い。けど、涙でしょっぱい。さらに、泣いているので息がしにくかった。

 けれど、湖都はそれを全部食べた。


 ぐすぐす泣きながら食べ終えて蓋をして顔を上げると、下りたはずの雄大が階段の下で待っていた。


 涙が止まる。

 泣いていた姿を見られた。恥ずかしさにさっと俯いた。


「湖都」


 雄大が階段を上がって来た。


「うまかったか?」

「うん……」


 顔を上げられず、うなずいた。


「お……おいしかったよ」


 雄大が隣に腰掛けるのが分かった。湖都は体を硬くした。

 ふいに、頭を撫でられ、かーっと頬が熱くなった。

 うまく息ができない。

 そのまま、頭を撫でていた手が離れて、雄大が小さく言った。


「もう、降参。俺はお前が好きだ。お前は俺が嫌いか?」


 湖都は顔を上げた。

 目の前に困った顔の雄大がいた。そこには、部活で疲れてへとへとの顔じゃなくて、悲しい顔をした雄大がいた。


 湖都は首を振った。


「好きじゃなきゃ、泣いたりしない」

「は……よかった」


 雄大がぐったりと膝の間に顔をうずめる。


「本当に嫌われたかと思った」


 ゆっくりと顔を上げると、目が合う。目を離すことができず、ぼんやりと見つめ返した。


「それ、どうしたら止まるんだ?」

「え?」


 涙の事を言っているのだろうか。自分でも分からなかった。

 うれしすぎて、涙が止まらない。


「分かんない」


 首を振ると、


「これだから困るんだよ」


 雄大がいつものように呆れたように言う。湖都は濡れた顔のまま手を伸ばした。


「立たせて」

「え?」

「ねぇ、ほら」


 手を出すと、雄大が力強い手で引き上げた。

 勢いがついて思わず胸に抱きつく。気づくと、二人の身長は同じくらいだった。


 目の前に顔があった。


「ご、ごめんっ」


 雄大が焦って体を離した。湖都は首を振った。いつの間にか、涙が止まっていた。


「すぐに追い抜くから」


 不意に、雄大が言った。


「え?」

「身長、俺の親父、チビじゃないから」

「なにそれ」


 ぷっと吹き出すと、手を握られた。しびれるような感じが全身を走って湖都は震えた。


「これくらいいいだろ」

「うん……」


 やばい。泣きそうかも……。


 雄大の手のひらは熱く、湖都の体を包み込むような力を感じた。


「誰もいないからさ、たぶん」

「え?」


 顔を上げると、雄大が頭をかいた。


「夕方だから、みんな帰ったか部活だから、少しの間、こうしててもいいだろ」

「……うん」


 すごく恥ずかしいけど、うれしかった。

 ムズムズする気持ちもあったけど、ずっと手を握っていて欲しいと思った。

 恥ずかしすぎるけど、雄大が離れて行くのは嫌だ。

 だから、慣れなきゃ。

 きっと、慣れなきゃいけないことがたくさんあると思うけど。


 すごく、すごくうれしい。

 湖都は、うつむいてくすっと笑った。


 好き。


 呟くと、雄大が、


「俺に聞こえるように言えよ」


 と、ぼそっと言った。





                       

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ショートケーキが好きかも 春野 セイ @harunosei

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