第10話

仕事を終えると、考えるより先に足がスターダストへ向かっていた。


気づけば駅からの道をたどり、あの白いネオンの元に辿り着いていた。


「STARDUST」


まるで誘蛾灯のように僕はそこから離れらない。


扉を押すと、煙と光の匂いが迎えてくれる。

ころんちゃんが用意してくれた甘いお菓子のような味。


深く息を吸い込み、煙を口に含む。


味はやわらかく、舌を満たし、吐き出すたびに視界を曇らせた。

その霞の向こうに、彼女の影を探してしまう。


座っていた席、笑った顔、青い傘。


もういないとわかっているのに、煙の揺らぎの中に、記憶が淡く重なった。


気づけば、2時間があっという間に過ぎている。


店内の時計が進む音すら届かない。


この時間だけは、まるで会えない恋人と再会しているように思えた。


「ただの習慣だ。疲れを癒してるだけ」



そう言い訳する自分がいる。


けれど心の奥では、違うことを知っていた。


僕は、萌に会う代わりに煙を吸っている。

店を出ると、冷たい夜気が肌を刺した。


白い息が吐き出され、街灯に照らされて揺らぐ。


その姿が、店内で見た煙と重なった。

思わず小さく笑ってしまう。



「……また会ってしまったな」

そう呟き、夜の道を歩き出した。

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さようならのあとに sazo @sazo

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