【文豪転生】人間失格の文豪 令和時代に転生スル

響ぴあの

人間失格の文豪 恥の多い生涯を送ってきました

「あなた死のうとしていますね。できれば死なないでください」

 女子高校生である紗千香は飛び降り自殺しようとしている男に声をかけた。その男の容姿は20代から30代くらいで、どこか雰囲気に違和感があった。

 こんな時、ありきたりな道徳論を叫ぶことは意味がないのかもしれないと紗千香さちかは思った。だから、なるべく丁寧に言葉を選んで話しかけた。


「そのとおり。君は実に鋭い。たった今自殺したはずなのだが、どうやらまた死にぞこなったようだ。もう一度自殺しようと試みているところなんだよ」

 妙に偉そうな態度で正々堂々としている。不可解なことを言うなと紗千香は驚いた。本当に心から落胆した様子の男は、瞳に覇気がなく、大正時代のような香りがする。

 黒い和装姿の男は良く見ると端正な顔立ちをしており、どことなく教科書で見た文豪に似ていた。今時のコスプレイヤーは文豪の格好をしたりするのかと思う。手には何やら大切そうに薬品の瓶を所持している。


「あなたの名前は?」

 見ず知らずの男に関わっていいのかはわからなかったけど、これも何かの縁だと思う。

「恥の多い生涯を送ってきたので、名乗る名前はない」

 ため息交じりの男の顔色は青白い。病気を患っているのか体は痩せており、頬はこけ、目の下にはくまがある。

「恥の多い生涯? どこかで聞いたことのあるフレーズね」

「私は物書きをしている。きっとどこかで私の作品を読んだのだろう」

 ため息交じりに男は諦めたような顔をする。

「あなた、人間失格の作者の太宰治のコスプレしてるんじゃない?」

 ふと書店にある表紙にアニメが描かれた本を思い出した。

 書店の夏のフェアで、読書離れの若者たちの興味を惹きつけるために漫画家がイラストを書き下ろしたものだ。紗千香は漫画好きだったので、そのイラストに見入っていた記憶がある。


「コスプレとはなんだ? ちなみに私は太宰本人だが」

 真面目な顔で視線を合わせる。

「痛い奴なの? 気の毒ね」

 思い詰めたコスプレイヤーを見たのは初めてだが、本人だと名乗るあたり滑稽に思えた。

「自殺しようとする人に気の毒だと言うのは最高の褒め言葉だ」

 少し誇らしげな顔をする。やはり変な人だ。独特な哀愁を纏う男はかなり独特な雰囲気だった。

 この時代に和装というのも浮いているし、髪型もそこらへんにいる若者とは違う。

 言葉づかいは丁寧で声質はいいと感じる。声優のような低くて通る声。

 育ちは良さそうで、人たらしのような甘い微笑みを時折浮かべる。

 顔に穴が空くほど見つめられると紗千香は悪い気がしなかった。

 それは大人の色気を漂わせた美男子だったからなのかもしれない。


「こんな格好してるあたり、あなた変態なの?」

「私は変人であって変態ではない」

 妙に落ち着いた様子で男は否定した。

 変人という自覚はあるらしい。

「まあ、本人だと言うなら信じてあげてもいいけど、死んじゃだめよ」

「私に死ぬなというのは愚の骨頂」

 偶然とはいえ、文豪のコスプレをしている男に会ったのも何かの縁だ。本物の太宰治のはずはないが、いい男であるのは間違いない。


「一緒に死なないか」

 一緒に死のうと提案する男。

 初対面の女子高校生に向かって死にましょうというぶっとんだ思考はかの有名な文豪に似ているようにも思えた。


「あんた、物書きなんでしょ。私は漫画家志望なんだけど、一次審査落ちでデビューなんて夢のまた夢。挙句の果てに大学も入れそうな大学もないし、人生詰んだなって思ってたところ」

「つまり死にたいってことだな」

 この男はどんな話でも死にたいと持って行ってしまう極論の持ち主のようだ。

 男は一緒に死んでくれる人を渇望しているように思えた。

 一人で死ぬのは寂しいのか心細いのだろうか。

 成人しているのに、ヘタレの極みに思える。


「少しあなたの話を聞かせてよ」

「私は明治42年6月19日生まれだ」

「明治? 今は令和だよ」

「令和とは?」

 本当に知らないようだ。記憶喪失か何かなのだろうか。

 見た感じ病んでいるようだから仕方ないのかもしれない。

 男はおもむろに瓶の蓋を開け、錠剤をかじり始める。

「お菓子?」

「精神安定剤や睡眠薬などのブレンドだよ。このブレンドはなかなか香しい」

 コーヒーの香りでも楽しむように、瓶の中の香りを嗅ぐ。ラムネでも食べるかのようにおいしそうに食べる様子。控え目に言って変態だ。


 スマホで一応検索してみる。

 まさかの文豪太宰治と同じ生年月日だった。

 太宰ファンならば、生年月日くらい覚えていてもおかしくはない。


「太宰治ファンのコスプレイヤーですね」

「コスプレイヤーとは理解不能だが。先程から、何を見ているのだ?」

「これはスマホ。スマートフォンを知らないの?」

「知らん。初めて見る」

 じーっとスマホを見つめる男。

 スマホを知らないことがあるのだろうか。


「コスプレ文豪さんは変わった格好をしているよね」

「コスプレ文豪とは滑稽なあだ名だな。ちなみにこの格好は普段着だよ」

「誰かの真似で着てるんでしょ?」

「普段着だが、何か?」

 どや顔の男。コスプレイヤーな自殺志願者なんて大変に奇妙な人間に関わってしまったらしい。でも、好奇心旺盛な紗千香にとってはワクワクする代物だった。


「おまえさん、名前は?」

紗千香さちか

「さちか……懐かしい名前だ」

「さちかっていう名前の知り合いがいたの?」

「さっきまで一緒にいた女性のあだ名がさっちゃんだったんだよ。おまえさんのことを敬意を込めてさっちゃんと呼んでもいいかい?」

 男の瞳がとてもまっすぐで優し気でつい吸い込まれそうな気がした。

 不思議なカリスマ性を持つ男。

 黒い髪がサラサラ風になびく。

「好きに呼んでいいよ」

「さっちゃん。最高の死に向かうための手伝いをしてほしいんだ」

「何それ?」

「何度も自殺を試みているのだが、失敗続きでね。二人で一緒に死のうとしたんだが、いつも女性だけ死んでしまうんだよ」

「女だけ死なせて、あんただけがのうのうと生きてるなんて。それが本当ならあんた人間失格じゃん」

 紗千香は笑う。

 その言葉に反応した男が鋭い瞳で睨み、紗千香に近づく。

「なによ、睨むなんて。ちっとも怖くないし」

 その言葉にメンヘラ文豪は拍手をした。

「素晴らしい。さすがさっちゃんだ。私の作品名でなじるなんて、頭の回転の速い気の強い女は嫌いじゃない」

「私の作品? 書いたのは昔の文豪でしょ」

「昔の文豪? 私は今現在作家なんだ。サインが欲しいなら私が生きているうちにもらっておくんだな。それにしてもここは変な地面だな。固い」

 下駄を履いた足でトントンしている。

「初めてこんな固い道路を見たよ」

「アスファルトを知らないの? スマホも本当に知らないの?」

「知らぬ」

 偉そうに腕組みするコスプレ男は背が高く顎がシャープで顔は小顔で女性に人気があるのがわかるような気がした。何かを持って生まれたというオーラを持っているような気がした。

「実は、謎が解けなくて困ってるの。あなたが本物の太宰治なら解けるんじゃない?」

 おもむろにメモを差し出す。

「最近、誰かに見られている感じがして、下駄箱にこんなメモが入っていたの」

「下駄を履いてないのに下駄箱があるのか?」

 足もとを見られる。

「たしかに。メンヘラ文豪さんは下駄を履いてるけど、私はスニーカーを履いている。でも、この時代でも靴を入れる場所は下駄箱って呼ばれているのよ」

「ほぉー面白い話だ。メンヘラ文豪だと? 新しい日本語、いい響きじゃないか。気気にいったぞ。これからはメンヘラと呼んでくれ」

 満足げな顔をして、あごを触りながら納得しているメンヘラ文豪。

 なぜかコスプレよりメンヘラのほうが気に入ったらしい。

 意味をわかっているのだろうか。

 意味をわかっても、メンヘラという言葉は自分を体現しているとでも言いそうな気がした。

「ちなみにペンを入れるケースも筆箱って呼ばれていたりするんだよね。筆を入れる箱じゃないのに」

「ほぉー。私は筆を使うが、さっちゃんは何を使ってるんだ?」

 物珍しそうに覗き込む。

「私はシャープペンとかボールペンを使ってるよ」

 実物を見せると、不思議そうに手を取る。

「初めて見る代物だ」

「こうやって押して芯を出すと書けるのよ」

「ほぉー。実に不可解な代物だ」

 そう言うとおもむろに持っている錠剤を一粒口に入れた。

 ポリポリと美味しそうに噛む。

 本人曰く薬品らしいが、本当なのかはわからない。

 お腹がすいたらお菓子を食べる感覚なのかもしれない。

「今日の精神安定剤はイチゴの味がするな」

 しみじみと味わう。

「やっぱり変態だわ」

「私は変人であって変態ではない」

 変態ということはあくまで否定するようだ。


「これなんだけど」

 謎のメモを見せた。

『銀河鉄道の夜 (カム)パネル↑ラ』

               ウ

 カムパネルラのルとラの間に矢印があり、下にウと書かれている。


 「銀河鉄道の夜は私が一番大好きな物語で、それをモチーフにした作品を絵画でかいたことがあったんだ。それが受賞して、その作品が市民図書館に飾られているんだ。」

「さっちゃんは絵描きだったのか。その絵のことを示しているのかもしれないな」

「カムパネルラは銀河鉄道の登場人物なんだけど、↑とウの意味がわからないなぁ」

「私の推理によると、そのまま、裏と読めばいい。カッコ内は省略すれば、パネル裏だろ」

「メンヘラなのに頭いい!!」

「生まれて、すみません」

「なんで褒めてるのにネガティブ思考になっちゃうわけ?」

「つい、いつもの癖だよ。人間失格だからね」

 本当にダメな男だと思うが、そういう人の方がなぜか惹かれると紗千香は感じていた。完璧じゃないほうが人間らしい。でも、時折見せる格好良さにドキリとする。


 メンヘラ文豪と紗千香は市民図書館に向かう。

「さっちゃんにとって銀河鉄道の夜が一番好きな作品ということは私の作品は二の次ってことなのか」

 とても残念そうな顔をする。

「今、ヤキモチ妬いたでしょ」

「別に」

 素直じゃないなと紗千香は思う。

 そんなところがかわいくて憎めない。


 二人は思いのほかすぐ到着した。

 市民に開かれている場所なので二人で入ってもとがめられることはない。

 和装の男性は取った珍しいけど、ここら辺は人が少なく田舎のためあまり問題はなかった。


 早速、銀河鉄道の夜をモチーフにした絵画の裏を見る。

 子供の頃に全国区のコンクールで金賞を取った絵だ。

 群青色の空にきらめく星が金色に散りばめられ、電車が空を飛んでいた。

 子どもが描いたわりには大人びた絵だった。

「さっちゃんはさすがだ。芸術センスがあるな」

 腕を組んでメンヘラ文豪は見入る。

 彼が面と向かって褒めることは珍しいので、紗千香は照れる。

 背の高い文豪が絵画の裏に手を延ばすと、またメモ用紙が挟んであった。


『羅生門』

 これは芥川龍之介の名作の題名だ。

「きっとこの図書館にある書籍の羅生門を開くと何かわかると思う」

「羅生門を選ぶとは、ナイスチョイスではないか」

 あまり表情を変えないメンヘラ文豪の口角が上がる。

 

「結構本がたくさんあるな。我が尊敬する師匠、芥川」

 なにやら文豪がつぶやく。

 

 羅生門が置いてある場所はすぐ見つかった。

 羅生門が一冊だけ置いてあった。

 開いて見ると、メモ紙が挟んであった。

『らぬき しょう→せい の場所で待っている』

「奇妙な文章だな。果たし状か何かなのか」

「私は、きっと恋の告白なんじゃないかって思ってるんだよね」

 もしかしたらと密かに期待している紗千香。

 脳内お花畑状態な紗千香を見て、あきれ顔のメンヘラ文豪。


「さっちゃんは彼氏はいないのか?」

「絶賛大募集中なんだけどね」

「メンヘラ文豪はどうなの?」

 少し遠い目をするメンヘラ文豪。

「今まで運命の相手だと思っていた人は何人かいたんだが、どうも違ったらしい。運命ならば、一緒に死ねたのだろうからな。赤い糸はその時のために手首につけているんだ。本当に運命の人に出会ったら、片方の糸を相手の腕に巻きたいと思ってる」

 彼の両腕には赤い糸が巻かれていた。糸とは言ってもひものような太さだ。

 案外一途でロマンチストなメンヘラコスプレイヤーらしい。


 話を戻す。先程の謎解きだ。

「らぬきの場所って何だろう」

「簡単なことだ。羅生門の「ら」をぬけばいいだろ」

「なるほど。「ら」を抜いたら生門(しょうもん)だよね」

「このあたりにしょうもんと呼ばれる場所はあるか?」

「この図書館には正門せいもんしかないけど」

「なるほど。正門は(しょうもん)とも読めるな。(しょう)を(せい)と読む。つまり、正門で待っているということか」

 メンヘラ文豪は無駄に頭の回転が速い。


 図書館を出て、正門へ向かう。

 すると、そこで待っていたのはシロツメクサの草冠を頭に乗せたかわいい感じの少年だった。多分年齢は二十歳前くらいだろうか。

「はじめまして。やっぱり来てくれたんだね。僕の名前は宮沢賢治だよ」

 あの有名な作家の顔が浮かぶが、目の前にいるのは写真で見た文豪とは全然違う容姿だった。

「実は、紗千香さんの絵をこの図書館で知って、是非僕の童話に絵をつけてほしいなって思ったんだよね」

 視線の正体はこいつだったらしい。

 華奢で背は低めの女顔。男性アイドルにいてもおかしくはない容姿だ。


「子どもの頃にまぐれで絵画の全国大会で金賞とったんだよね。私の絵でいいの?」


「紗千香さんの絵は実に優しくて僕の世界観に合うなって思ってさ。君を探していたんだ。そして、転生した彼がそろそろやってくると知って、ちょっとした謎解きで試させてもらったよ。ネットで太宰ちゃんのことは調べてあるから詳しいよ」


「私の到着を知っていたのか」

「転生した者同士、気配でわかるんだよ」


 紗千香を見つめながら、脳内のお花畑の花を摘む。

「残念ながら、恋の告白じゃなかったらしいな」

 メンヘラ文豪は突っ込む。

「別にかまわないよ」

 恋の告白じゃなかったけど、絵を認められたことはすごく嬉しいと思った。

「そのシロツメクサの冠、かわいい」

「あ、これね。僕は植物について転生前に学んでいたから、常に何かしらの草冠をかぶりたくなっちゃうんだよね」

 年齢不詳の不思議な美少年。


「私は太宰治。本名は津島修治だ」

「うわぁ。本物の太宰ちゃんだぁ。なんて奇遇なんだろう。同じ治という字がつくね。修治と賢治、こんな題名の歌があったよね」

 かなり前に流行った曲が頭をよぎる。

「JーPOPも聞くの?」

「動画はよく見るからね。パソコンとタブレットは僕の商売の必需品だから、この世界に来てから使い方をひととおりマスターしたんだよね。いまやIT機器を駆使して年商何億と稼いでるんだけどね」


 恋の告白を期待していたが、どうやら違うらしい。

 きゃぴきゃぴしている賢治。

 それとは対照的にメンヘラ文豪はため息交じりに煙草をくわえる。

「私は最高の死を求めているんだよ」

 自己紹介がこれとは目の前の文豪はなんたるメンヘラなんだろうか。


「僕はほんとうのさいわいを探してるんだ」

 中二病な発言をする賢治。

 たしか、銀河鉄道の一節だ。

 この人も宮沢賢治を愛する変人なのだろうか。

 文豪は変人が多いと聞くけど、本当なのかもしれないと思う。


「ところで、宮沢賢治さんはあの有名な作家さんと同じ名前だよね」

 紗千香が聞く。

「僕、なりすましじゃなくて賢治本人だよ。病気で死んだあと、この時代に転生しちゃったらしくてね。見た目も性格も変わっちゃってたんだよね。ちなみに妹のトシも一緒に転生して同居中。妹ラブなんだよね」

 まさかのシスコン。思考が固まる。

 妹思いとは聞いたことがあるけど、なんだかドン引きだ。

 宮沢賢治ことラブリー文豪は転生とか言ってるけど、目の前のメンヘラ文豪も転生してきたってことだろうか。

 もし本当ならば、本物の宮沢賢治の童話に絵を描いてほしいと言われるなんてねがったりかなったりだ。


「私の場合は、見た目も性格も変わらずに転生とやらをしたらしい」

 メンヘラ文豪は煙草の煙を空に向かって吐く。

 疲れているような哀愁を漂わせる。

 背中がどこかさみしげだ。


「太宰ちゃんは一度死んでるからね。そのままの姿で転生したんだと思う。僕はちゃんと人生を全うして死んでるから、若返って美形になれたってわけ」

 転生後のラブリー文豪の性格は微妙なのかもと思う。

「私は元々美形だから問題はない。君、先程から何度も私に向かってちゃんづけは失敬だぞ」

 やはりモテてきただけあって、メンヘラ文豪は自信家のようだ。ちゃんづけなのは、賢治の距離感が近すぎるからなのだろうが、太宰のほうは気にしていたらしい。


「こう見えて、僕は太宰ちゃんより歳上。ちゃんづけでもかまわないじゃん?」

「好きにしろ」

 メンヘラ文豪の煙は円を描きながら空に消える。


「実は僕、ここで生きるために農業の傍ら、よろずや相談所をしてるんだよね。当初は探偵事務所を構想してたんだけど、困りごととか家の手伝いとかばっかりのよろずやなんだよね。太宰ちゃん、行くところがないなら、僕の会社で働こうよ」

 ウインクするラブリー文豪。


「私は農業などの肉体労働は無理だ」

 秒で断るメンヘラ文豪。

「農業とはいっても、ITを駆使してスマート農業を取り入れつつ、ネットで野菜を販売してるんだよね。野菜ジュースやジャムが結構もうかっちゃって。僕がダザイちゃんに頼みたいのはよろずやのほうだよ。一応探偵のような仕事もあるから、是非太宰治のブレインが欲しいんだよね」

「無理だ。私は近々死ぬからな」

 またもや死ぬ気満々のメンヘラ病を発揮する。


「そういわずに、ほんとうのさいわいを探そうよ」

「なんだよそれ」

「太宰ちゃんは宿なしなんじゃない?」

 それを聞いて、メンヘラ文豪は固まる。図星だ。

「お金ないと生きていけないと思うよ。うちにはお酒もあるんだけどな」

 メンヘラ文豪は振り向く。金と酒という言葉に敏感なようだ。実に本能に忠実。

「我が妹のトシにはいくらかわいいからと言って手を出さないでよ。女たらしで有名なんでしょ。ダザイちゃんのことは、ネットで検索済みだよ」

 シスコンぶりを発揮するラブリー文豪。


「私にはさっちゃんがいるから、心配無用だ」

 実に正々堂々とメンヘラ文豪は紗千香を見る。


「はぁ? あんた何歳よ? かなり歳上でしょ?」

「愛に歳の差なんて関係ないではないか。現に賢治は若返る前は歳は今より取ってたんだろ」

「さっちゃんってどうせ元の世界の女のことでしょ」

「いや、私のさっちゃんは紗千香、おまえしかいない」

 ちょっと決め顔の歳上メンヘラに一瞬ときめく紗千香。

 瞬時に我に返る紗千香。

「意味わかんないし。私はメンヘラ男と死ぬつもりはないわよ」


 そんなことは構わず、おもむろにメンヘラ文豪に手を握られ、手首に赤い糸を巻き付けられる。手は大きく、背も高いなと思う。男の人という感じがした。

「私も手首に赤い糸を巻いている。これで一緒だ。いつか心中しよう」

 彼の腕には赤い糸が結ばれており、お揃いだった。

「どんな口説き文句よ」

 あまり笑わない瞳に少しばかり覇気が蘇る。

 青白い肌が透き通るように美しく思えた。

 じっと紗千香を見つめ手を握る。


「実に不思議な気持ちだ。この世界に来て、死への執着と同時に生への執着が芽生えた。この世界はなかなか面白い。ネタに不自由することはなさそうだ。私は一作家だからな。死んでも物書きは辞められないらしい」

 おもむろに胸元からメモを取り出し、何かを書くメンヘラ文豪。


 死にたがり屋の変態コスプレ野郎だと思ってたけど、本物の太宰ならば、それもいいかもしれない。横顔を見ると胸がきゅっとする。好きだ、元の世界に戻らないでほしいという気持ちが紗千香に芽生えていた。もう、元の世界のさっちゃんのことを忘れて自分を見てほしい。


「今日も死にぞこなったな。さぁ、次はどんな方法で一緒に死のうか、さっちゃん」

「勝手に心中相手にしないでよ」

 メンヘラの死にたがり屋は相変わらずだ。

「一緒に死のうという言葉は最高の口説き文句であり、永久の愛を表した言葉なんだがな」

「できれば普通の口説き文句でお願いしたいんだけど」

「どうせ恥の多い人間だ。恥の上塗りで、失格の烙印を押されようと、この世界でもう少し生きた証を残そうかと思うよ」

 メンヘラ文豪はネタ帳を開くと、思いついたことをメモする。

「私にとって執筆はこの世界に我が遺伝子を残す作業なんだよ」


「僕も作品を残すのは、想いを残す作業なんだよね。作品を生み出すことは出産と同じなんだよ」

 ラブリー文豪の信念があるらしい。


 彼の死にたいの裏には生きたいという意味が含まれているんだろう。なんて不器用でどうしようもない人だ。こんなめんどくさい人、金輪際出会えないだろう。転生だかなんだか知らないけど、太宰治という文豪が令和の時代に蘇ったらしい。

 そして、宮沢賢治まで令和の時代に存在している。

 死にたがり屋の文豪とさっちゃんたちの物語は令和に紡がれる。



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【文豪転生】人間失格の文豪 令和時代に転生スル 響ぴあの @hibikipiano

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