聖なる夜のサンタの恋

ろくろわ

今晩は。そしてお休みなさい。

 歳の差は幾つまでがセーフで、幾つからがアウトだろうか。例えば私が二十歳のとき、十の歳が離れている十歳の子に恋愛感情を抱くとしよう。

 うん。駄目だ。人を好きになる事は素晴らしいのだが、何だかこれは駄目だ。

 なら、私が三十歳のとき、二十歳の子に恋愛感情を抱くのは?

 これは何となくだが、大丈夫な気がする。このまま歳を重ね四十でも五十でも、歳の差によるアウトやセーフといったこの結論は変わらないだろう。つまり、大人が十歳に恋愛感情を抱くのはアウトなのだ。

 だが反対に、十歳の子が二十歳の私に恋愛感情を抱くのはセーフなのか?

 際どいラインだが、これは何だか許されそうだ。十歳の子の年上はたちへの憧れ。そう捉えられなくもないしな。

 会社の会議室で来訪者を待つ間、そんなどうでもいい事を考えてしまうのは「あんた毎年十二月二十四日クリスマスイブの予定だけは埋まっているのにね。早く相手の顔が見たいわ」と今年三十を迎え、未だに浮いた話一つ無い私を心配する、昨日の母からの電話を思い出したせいだろう。

 だが残念ながら母の期待には答えられそうにもない。だって十二月二十四日に予定があるのは毎年、『専属サンタ制度』になったサンタ業務のための予定を埋めているだけなんだから。


『専属サンタ制度』

 これは一人のサンタが沢山の子供を相手にしてきた結果、皆が代わり映えのしない同じ対応になってしまっている問題を解決するために始まった制度だ。

 とどのつまり、『一人のサンタが一人の子供の専属サンタとして面倒を見なさい』と言うことだ。この為、世界中で臨時サンタが募集され、私も普段の仕事とは別に、年に一回。十二月二十四日の晩にサンタになる仕事をしているのだ。


 煌びやかなイルミネーションが少しずつ明かりを灯し街を飾る。歩く人達の足も何だか軽そうなのに、私の気分は実に重く憂鬱だ。

 十二月二十四日。普段なら休みを取っているこの日、部長から私をご指名する急な面接対応を頼まれた。優秀な人材だという鼻息の荒い部長の話を半分に、今晩のサンタ業務と母からの電話内容を呆けーと考えていた。


 ◇


 十二月二十四日。

 時刻は十五時五十分。

 十六時からの面接まで後、十分。私は部長からさっき渡された本日の面接希望者の履歴書を眺める。今日の面接者の情報を今渡させれても困るのだが、部長の適当な仕事は今さらだ。

 私は急いで履歴書に目を通す。履歴書には綺麗な字で書かれた『星谷ほしたに すばる』という名前。あれ?何処かで見たことのある名前だ。

 ……歳は十九歳で十二月二十五日生まれ。履歴書に貼られたキリッとした目元に整った鼻をしたイケメンの写真。

 私は彼を知っている。彼こそ、私が専属で担当してクリスマスプレゼントを渡す相手だ。

 これはまずい。非常にまずいぞ。専属サンタには幾つかのルールがある。その中の一つ。サンタは対象者にバレてはいけないとあるのだ。

 私は慌てて席を立とうとしたが、時既に遅し。非常にも会議室のドアを叩く音と澄んだ声が聞こえた。

「失礼します。星谷昴です。本日は宜しくお願い致します」

 開いたドアの前にはイケメンがいた。


 ◇


「あのぅ~。面接をして頂いても?」

「あふぇ、あっはい」

 彼に言われて我に返る。焦る気持ちを落ち着かせる。

 大丈夫だ。プレゼントは彼が寝ているときに置いているのだから、彼が私を知っているはずがない。一方的に私が知っているだけだ。

「申し訳ございません。それでは本日の面接を担当します、十仲井となかい 燦菜さんなです。宜しくお願いします」

「昔から存じております。十仲井さんの事」

 うん?なんか気になる言い方だったが、一旦ここは話を進めよう。じっと私を見ている彼の視線が熱い。

「それでは、まず簡単に自己紹介と志望動機をお話しください」

「はい。星谷昴です。誕生日は十二月二十四日で明日、二十歳になります。貴女を志望したのは、私の気持ちを汲み取ってくれたその優しさや暖かい眼差し。ずっと側にいたいと思ったからです」

「うん?志望動機だよね?」

「はい、志望動機です」

 何だろう。今、何かしれっと貴女わたしを志望した理由を言ってなかったか?まぁ社風は顧客全てが家族である。が信条だ。優しさや暖かさを感じることは良いことだ。よし次だ次。

「それでは星谷さんの長所。アピールポイントは何でしょうか?」

「はい。私のアピールポイントは、昔から決めたことをやり遂げる強い気持ちです。そして貴女に相応しいスキルを沢山学んできました」

 私はそれを知っている。

 初めて彼の専属サンタになったのは私が二十歳。彼が十歳の時だ。その次の年、彼が十一歳の頃から、彼が欲しがったプレゼントはプログラミングの本や語学の本。そう言った我が社にとって必要なものばかりだ。

 履歴書には素晴らしい資格が沢山書かれていた。

 所々に洗濯検定二段とか、お料理検定師範とかも書かれているが、これは我が社には必要ない。

 と言うかさっきも貴女に相応しいって言わなかったか?

「成る程。素晴らしい資格を沢山お持ちで。それでは次に星谷さんの人となりを少しお伺いします。今まで星谷さんにとって嬉しかった事や尊敬している方はいますか?」

「はい。それでは私が一番嬉しかった事からお話しします。先程の自己紹介でもお話し致しましたが、私の誕生日は十二月二十五日です。この日は世間一般的には何があるがご存じですか?」

「えぇ。俗に言うクリスマスですよね」

「そうです。……私には誕生日が、或いはクリスマスがありませんでした。同じ日だったので、いつも合わせて祝っていましたから。今ではそうでも無いのですが、やはり子供の頃はそれがどうしようもなく寂しかったのです」

 私はそれも知っている。

 初めて出会った日、泣きつかれて寝ていた十歳の少年がサンタに願ったのはだった。

「十歳のクリスマスの日でした。朝起きたら、いつも一つだけだったプレゼントが二つあったんです。初めて誕生部プレゼントとクリスマスプレゼントを一つずつ貰えて。ちゃんと私を祝ってくれている特別な日。それがとても嬉しかったんです」

 彼は古びた小さなコインケースを取り出し、私に見せてきた。茶色い革で作られた女物のコインケース。十年前、私が使っていたコインケース。あの日、特別を欲しがった星谷少年にあげられそうな物はあれしかなかったのだ。

 まだ持っていてくれたとは。

「他の人からしたら、きっと何でもないことなんです。だけどその日から毎年二つずつ、プレゼントがあることが私は凄く嬉しかった。質問の続きですが、だから私の尊敬している人は、そんな特別をくれたサンタなんです」

 そう言ってまっすぐ私を見る彼の目は真剣だ。

「そうだったんですね。よく分かりました。そのコインケースも随分丁寧に使われているようで、星谷さんが大切にしている事がよく分かりました」

「有り難う御座います。あのクリスマスからずっと大切にしています」

 きっといい思い出になっているんだろうな。彼のそんな姿を見て、ちょっと専属サンタになってよかったと思った。

「では最後に星谷さんから聞きたい事や質問はありますか?」

「はい。では幾つか聞きたいことがありますが、まずは一つ目。十仲井さんは専属サンタ制度ってご存知ですか?」

「っはい?」

 突拍子もない質問に思わず変な声が出た。何故このタイミングで専属サンタの質問なんだ。私は彼を見る。

「えっとぉ。多分世間で言われている程度には知っていると思いますよ」

「そうですか。それでは専属サンタ制度ではプレゼントが貰えるのが二十歳までと言うことも」

「はい。勿論知っていますよ」

 専属サンタ制度では、対象者が二十歳を迎えるまでの間、プレゼントを渡すのが決まりとなっている。つまり彼がプレゼントを貰えるのは。

がプレゼントを貰えるのは今年。明日が最後なんです。言い方を変えると、に逢えるのは明日が最後なんです」

 今、十仲井サンタって言った?もしかして彼に私がサンタだったって事がバレてる?いや、十仲井燦菜となかいさんなの聞き間違いだろう。よし落ち着け私。

「そうでしたね。明日が二十歳の誕生日でクリスマスですもんね」

「はい。それで二つ目に聞きたいことなのですが『専属サンタは対象者にバレてはいけない』と聞いた事があるのですが、バレるとどうなるのですか?」

 何故ここまでまたサンタの話をするのだ星谷よ。いつの間にかと言っていたのがになっているぞ。面接モードはどこにいったのだ。

「それは面接で聞きたいことなのでしょうか?」

「はい。とても大切なことです」

「そうですか。まぁ我が社にはあまり関係の無いことのように思いますが。一般的に言われているのは、対象者にサンタであることがバレると、その担当を外されると聞いた事があります」

 これは本当だ。対象者と適切な距離を保つため、万が一、正体がバレてしまった場合は専属から外れるのだ。

「やはりそうでしたか。では最後の聞きたいことです。十仲井さんは、昔コインケースをあげた事がありますか?そしてコインケースを名刺入れの代わりに使っていた事は無かったですか?」

 何故コインケースを名刺入れ代わりに使っていたことを知っているのだ。と私が思うより早く、彼は一枚の古びた名刺を私に差し出した。

 名刺には『十仲井燦菜』の名前と会社名がしっかりと入っていた。

 そう。彼にあげたコインケースの中には取り忘れた名刺が残っていたのだ。

「僕はずっとあのクリスマスから、十仲井さんの事を知っています。この会社にいることも知っていました。だから僕は貴女のいるこの会社を希望しました」

 彼はまっすぐな目で私を見ている。自分の胸の鼓動がうるさい。

「えっとぉ。多分人違いじゃないかな?私はサンタじゃないし」

 苦し紛れの言い訳だ。

「えぇ。僕もそれはそう思います。十仲井さんはサンタじゃないですよ」

「えっ?」

 今の話の流れで、既に私がサンタだったのはバレているはずなのだが。彼は笑顔で続けた。

「そう。僕には誰がサンタなのか分からないんです。正体が分からないから、きっと今年の最後のクリスマスも来てくれる筈なんです」

 そう言うことか。私は思わず笑ってしまった。確かにそうだ。サンタの正体が分からなければバレたことにはならない。今年最後のプレゼントを私は届けなければならない。

「そうですね。今年もサンタが来てくれると良いですね。所で星谷さん。星谷さんは今年、サンタに何を願うのですか?」

「今年は決めてあるんです。今まで良くしてくれたサンタにお礼がしたいんです。ゆっくりとお話しもしたいし、僕の事も知ってほしい。だからいつもすぐに帰るサンタの時間がほしいんです」

「良いですね。でもそのサンタと星谷さんは十も歳が離れていると思うのだけど」

「それが何か問題でも?僕はもう十歳の子供じゃないんだから」

 そう言って彼は目を細めた。

「分かりました。それでは他にご質問などはありませんか?無いようでしたら面接はここまでにしたいと思います」

「はい。大丈夫です。本日は貴重なお時間を頂き有り難うございました」

「面接結果は後日ご連絡させて頂きます」

「宜しくお願い致します。それでは十仲井さん。聖なる夜にお待ちしております」

 彼はそう、一礼すると会議室を後にした。


 ◇


 星谷が出ていった会議室で、私は彼の事を考えていた。

 初めて会ったのは私が二十歳で彼が十歳の時。そこから一年に一度だけ会う関係。少しずつ大人になっていく彼を、私もずっと見てきた。

 彼に恋愛感情を抱いているかと言うと、まだ分からない。だけど、話をしてみたいと思ったのも事実だ。


 歳の差は幾つまでがセーフで、幾つからがアウトだろうか。例えば私が二十歳のとき、十の歳が離れている十歳の子に恋愛感情を抱くとしよう。

 うん。やっぱり駄目だ。何だかこれは駄目だ。だけど私が三十歳で、二十歳の子に恋愛感情を抱くのは?これは大丈夫だろう。では十歳の子が二十歳の私に恋愛感情を抱くのはセーフなのか?きっとそれはセーフで、その想いをずっと持っていてくれることは、きっと素晴らしい事だ。


 私は会議室の窓を開け外を見た。

 冬の夜はすぐに暗くなる。それを待っていたかのようにイルミネーションが街を飾り照らす。街を歩く人々の足は躍りを踊っているように軽やかに見える。冷えた外の風が心地よい。

 私はゆっくり窓を閉めた。その窓の奥には少し前髪の乱れた私が映る。


 何故だろう。その乱れた前髪が少し恥ずかしく思い、私はそっと前髪を手で整えた。




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖なる夜のサンタの恋 ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画