伝えたいことを???

今日は、夢を見なかった。

終わったのか、と思うと

安心すべきことのはずなのに

ちょっぴり寂しくなった。

蒼先輩と毎日会えていたのに、

今日からそれがなくなってしまう。

テストは大変だったけど

なんだかんだで楽しかったな、

最後に満点を取ったところを

蒼先輩に見て欲しかったな。

そんな願いも叶わずスマホを開く。


一叶ちゃんからみんなへ

連絡が入っていた。

成山ヶ丘高校に集まってほしい、

と言うもので、

学校は年末が故入れないよう

閉鎖されているはずが、

一般用の扉が開いていた。


七「えっと…。」


冬休みだからと

持って返ってきていた上靴を並べて履く。

指定された教室に向かうと、

私が最後から2番目だったみたい、

詩柚ちゃんの姿だけが見えず、

他のみんなの視線が私に刺さる。

花火の時には来ていなかった

湊ちゃんと悠里ちゃんの姿もあった。

皆後ろの方に並んでいる。

が、誰1人として話していない

異様な空気感が伝わってくる。

生唾を飲んで部屋に入った。


一叶「だいたい揃ったね。」


詩柚は来れないらしいから、と溢す。

教卓の前に一叶ちゃんと

蒼先輩が並んで立っていた。

蒼先輩の表情も明るくなく、

何か嫌な予感がした。


彼方「何で集めたわけ?こんな時期にわざわざ。」


一叶「蒼のことについて皆に共有するためだよ。」


これは皆も知っておく権利があるから、と

一叶ちゃんは話した。


そして戸惑う私たちをそのままに、

蒼先輩は過去に亡くなっていること、

未来の親の願いで

クローンとして生まれたこと、

生まれた上で現代に流されたこと、

今日で契約が終わるため

未来に戻らなければならないこと、

現代で生きるにしろ

死ぬまで待つしかないことを

淡々と話した。

ただ、過去に亡くなっている理由について

…藍崎探偵事務所の事件については

隠したままに話してくれた。


訳がわからなかった。

蒼先輩が未来の人で、

人間っていう意味では本物…だけど、

蒼先輩かと言う意味では

偽物とも捉えられて。

けれど、確かに18年生きてきた青い先輩は

本物というしかなくて。


蒼先輩は受け入れてかのように

一叶ちゃんの隣で俯いたまま話を聞くだけ。

驚くこともなく。

きっといつからか知っていたのだろう。


杏「一叶、そ」


七「……何それ?」


話が終わって、

言いたいことはたくさんあったけれど

抑えなきゃと思った。

だって私は蒼先輩じゃないし、

この件についてどう思っているのかも

話してくれなきゃわからない。

でも、勝手に悲しさを覚えたのだ。


七「説明されて、そうなんだ、で受け入れて…蒼先輩とばいばいしてねってこと?」


蒼「…。」


七「そんなのやだよ。」


嫌だ。

嫌だ。

蒼先輩が未来に帰っちゃうのも、

今の…現代で生きて、

いずれどこかで亡くなっちゃうのも。

蒼先輩の気持ちを

全部無視するようなことばかり。

そんなことしないでよ。

蒼先輩だって生きてるんだよ。


昨日、蒼先輩は

『いつまで生きていたいですか』

という質問に

『できる限り長く』って

書いてくれたんだよ。


七「そんなの…っ!」


一叶「そこで…最後の選択だよ。」


七「最後のって」


一叶「七が決めて。」


一叶ちゃんが指をさす。

真っ直ぐ、私に向かって

指が向かっている。

周りのみんなが

振り返っているのが

視界の隅で見えている。


一叶「蒼を現代に残すか、私に任せて未来に戻すか。」


七「…っ、私じゃなくて、蒼先輩本人が決めるべきことでしょ!」


一叶「蒼との話でそうなったんだ。」


七「何で!そんなの嘘だよ!」


蒼「嘘じゃないわよ。」


七「…っ!」


教室に入って初めて

蒼先輩が口を開いた。

その場を制すような冷たい響き。

いつもの蒼先輩なのに、

その冷たさの奥に暖かい感じがしない。

凍えるほどの、声の棘。


先輩が顔を上げる。

迷いのない眼差しだった。


蒼「藍崎さんに決めてもらうことにしたの。私の提案。」


七「自分で、決めなきゃ」


蒼「疲れたのよ。」


七「…っ。」


蒼「自分で決めたら何かが変わるかもと思って、できる限り選択してきた。変えようとしてきた。けれど、周囲の環境が原因でどうにもならなかった。」


七「……で、も」


蒼「きっとこれからもそう。自分で決めたってどうにもならないなら、最後まで環境に振り回される方が楽じゃないって思ったの。」


七「諦めちゃ駄目だよ!だって蒼先輩、生きたいって思ってるんでしょ!?」


蒼「できる限り、で十分よ。」


蒼先輩は自分で決める意思はもうないようで、

全てを私に委ねる姿勢で話をしていた。

蒼先輩は楽な方を選ぶ人じゃない。

辛くても、ちゃんと立ち向かう人だ。

そう思っていたのに。

ただの私の幻想だったのだろうか。

蒼先輩だってたった1人の人間で、

辛い時やどうにもならない時には

諦めてしまうと知らなかったから、

こんなにも悔しい思いで

いっぱいになってしまうのだろうか。


だって、現代で生きるには

住む場所もないし学校にも通えない。

未来に戻るにしても

窮屈な場所で幽閉されるだけ。

どこにも行けず、惰性で生きる。

蒼先輩はそうしてまで

生きていたいのだろうか。

蒼先輩の思う「生きる」って

ただ呼吸をしていることなのかな。

きっと違うはずだ。

自由に、やりたいことができて

思うがままに経験できる

日々なんじゃないかな。

それに、存在自体が良くないと言うのなら

もしかしたら…なんてことも考える。


七「……そうだ。ならさ、現代に残って…誰かのお家で匿ってもらおうよ。働けないかもだけど…そのお家の人を頼って…内職だっけ…とか、して。お勉強も…資格は取れないけど…本読んだり…ほら、ネットの講座とか受けたりできるし」


蒼「人様に迷惑かけてまで過ごすつもりはないわ。」


七「…!」


蒼「もし現代に残るのであれば、遠く離れてひっそりと1人で死ぬ。」


一叶「さっきも話したけれど、監視の目をつける。何かが変わってしまわぬよう、手を尽くすよ。」


七「でも…じゃあ、契約を伸ばして」


一叶「再々話しているけれど、これは消費期限なんだ。これ以上は伸ばせない。」


七「どうにか現代で…蒼先輩が自由に生きる方法は」


一叶「ない。」


七「…っ。」


一叶「現代に残すと言ったってすぐ死ぬ訳じゃない。いくらかは生きるよ。」


七「でもそれは現代で生きるって言わないよ。」


一叶「それは七の「生きる」の基準となる時間が長すぎるからだね。」


七「…でも…っ。」


でも。

だけど。

反対したいのに言葉が出てこない。


一叶「現代で生きることはできても、現代で生き続ける方法はないと前々から話していたのに。」


一叶ちゃんは

誰に伝えるでもなく

そうぽつりと呟いた。


現代で生き続ける方法はない。

でも、蒼先輩の言う「生きる」を

尊重するのであれば。

尊重、するなら。


彼方「待った。」


一叶「何かな。」


彼方「まずこれまでの話、大概は訳わからないし飲み込めてはないけど…園部さんが未来に戻ったとして、すぐ死ぬの?」


一叶「……すぐ、ではない。」


彼方「現代に残すのと一緒?」


一叶「悪いようにはしないよう、善処する。」


彼方「だって。」


七「……。」


彼方「まぁ信用なんないよね。こいつ、他人の命令で人殺すし。」


七「…っ。」


杏「ごめん、口挟ませて。」


悠里ちゃんの隣にいた杏ちゃんが

僅かに震える声をあげた。


杏「一叶は…今、こうして悪いようにはしないって言ってるじゃん。それは信じていいと思う。」


彼方「根拠もなしに信じれる?」


杏「信じるよ。友達だから。」


彼方「なら話になんないやつだ。おしまい。」


彼方ちゃんは向き合うのをやめ、

背後のロッカーに背を預けた。

悠里ちゃんも何か言いたげだったけれど、

拳を作って我慢しているようだった。


杏「……一叶。悪いようにはしないって…すぐには死なないって、どういう意味かはっきりさせてほしい。」


一叶「すぐには死なない。戻ってからは、蒼とその両親の意向によって決める。両者が生きるよう望むなら無論生きるし、すれ違うなら話し合いの場を設ける。」


杏「もし、両者が……。」


一叶「想像の通り、だね。」


杏「……!」


蒼先輩は生きたいとは言ったけれど、

それが実験施設の中でも

思い続けていられるかは不明だ。


杏「……後…。」


七「…?」


杏「……その未来は……蒼の帰る未来っていうのは…30年後…?」


一叶「どうだろうね。」


杏「でもあの時…うちらが話し合った時…あの場所は未来にあるところだって言ったよね。それが、30年後くらいだって。」


七「…?」


杏「もし、その一叶たちのいる実験施設が30年後に存在しているなら……蒼が未来に戻る方にしたら、会えるんじゃないの?」


七「…!」


いろは「…よくわからないけど確かにー。私たちは30年待つけど、園部さんに取ってはあっという間だったりー?」


杏「会いに行けばいいじゃん。それで話したり…できることは少ないだろうけど遊んだりしてさ…それでいいじゃん。」


蒼「…。」


とても、魅力的な話に聞こえた。

そっか。

一叶ちゃんに任せて未来に帰ったら

いつか会えるかもしれないんだ。

実験施設に入れてもらえるなら、

今は蒼先輩と離れてしまっても

再開することができるんだ。

私たちが遊びに来ることが

生きる理由のひとつになれば。

……。


…けど、それは続かないよね。

私たちが遊びに行っても、

結局は外に出られないままで。

1人で…もしくは誰かがいたとしても

私たちと離れている時間は

どうしても長くなる。


蒼先輩を。

蒼先輩のことを思うなら。


一叶「さて、どうする?七が決めて。」


七「……蒼先輩は……本当にそれでいいの?」


蒼「いいわ。」


七「だって、私のことあんまりよく思ってなかったんじゃ…それに、やっぱり自分で決めないのは悲しいじゃん。」


蒼「……ここ数日関わって、藍崎さんならいいと思ったのよ。」


七「な、んで」


蒼「まともな理由なんてないわ。何となくよ。」


最後の最後に

蒼先輩は「何となく」で決めたりしない。

だから先輩がその後に

「客観的に判断してないなんて馬鹿ね」と

自嘲したのも嘘だってわかる。


わかるよ。

だから…蒼先輩が選んでくれたなら、

私が選ぶよ。


七「…………じゃあ。」


蒼先輩の願う「生きる」の方向へ。

どうか、少しでも傾くように。

どうか、僅かでも自由で…

身軽でありますように。

長いつまらないよりも

短い楽しいのほうが

きっと、きっと価値があるから。

それにもしかしたら

どこかで会えるかもしれないから。

生きるかもしれないから。


七「……っ……現代に、残ってほしい。」


一叶「その答えでいいんだね?」


七「うん。」


一叶「わかった。」


その瞬間、

一叶ちゃんは蒼先輩の背後に周り、

口元にハンカチを当てた。

すると、蒼先輩から

みるみるうちに力が抜けていくように

目を閉じてその場に

座り込んでしまった。


七「何をっ」


一叶「動かないでね。」


七「…っ!」


声に凄みがあり、

先ほどの会話まで明るかった声色が嘘のよう。

でも、一叶ちゃんに

掴み掛からなきゃ。

そう思ったのに

腕を引かれて前に進めなかった。

掴んでいるのは

近くにいた湊ちゃんだった。

思っている以上に

強い力で制止される。


湊「危ないよ!」


七「でも蒼先輩がっ」


一叶「殺した訳じゃないよ、少し眠ってもらっただけ。ちゃんと呼吸しているのがわかるでしょ?」


七「…!」


確かに、よくよく見てみれば

きちんと肩が上下している。

ほっとして足を止めると、

私の腕を掴む力が弱まり、

自然と湊ちゃんと手は離れて行った。

その時、窓の外に

人の影が見えた気がするも、

すぐに目の前の出来事に集中する。


安心して胸を撫で下ろすも束の間、

一叶ちゃんは何故か

座り込んだ蒼先輩の髪をまとめた。

そして、何があったのだろう、

火傷した後のような茶色に変色し、

皮膚が集まって盛り上がった

手術後のような傷跡があらわになる。


刹那。

息を呑む音がした。


一叶「悠里。」


声が、どんな刃物よりも

鋭く刺さる。

深く。

深く。


一叶「これが何か、わかるかな?」


悠里「…っ!?」


ぐら、と急に視界が揺れた。

何かと思えば、

悠里ちゃんが私の方を引いて

退かしたようだった。

その力があまりに強くて、

私のことなんて

まるで1ミリも見えていないみたいに

怒りに燃えた瞳だった。


悠里「お前…っ…どれだけ私らのことを侮辱すれば気が済むんだよっ!」


杏「…どういうこと?何でそんな怒って…」


一叶「悠里の妹、どうして亡くなったと思う?」


悠里「ふざけんなっ!」


教室が唸るようだった。

人によっては方を縮めていたのに、

その声を指されている一叶ちゃんは

全く同じていなかった。


何も言わず、目も逸らさない

一叶ちゃんに向かって、

悠里ちゃんがだん、と

1歩大きく踏み出し突っ込んでいく。

一叶ちゃんの目が酷く

座っているのが見えた。


もしかして。

身の毛がよだつほど

嫌な予感がした。


七「駄目っ!」


金切り声が響く。

見ていられなくて、

咄嗟に目をぎゅっと瞑る。


しかし、次に聞こえてきたのは

大きな衝突音。

近くの机が盛大に崩れる音。

それから、足元に大きな衝撃。

思わず尻餅をついて

床に倒れ込んだ。


湊「大丈夫っ!?」


誰かが。

数人が、駆け寄ってくるような音がして

漸く目を開いた。


一叶ちゃんが悠里ちゃんを

突き飛ばしたよう。

悠里ちゃんは床に転がり、

息をしているものの

動く気配がない。

整列していたはずの周りの机は

喧嘩があったのではと思うほどに

ぐちゃぐちゃになっている。


一叶「意識を失うようにしただけ。命に関わるような怪我も出血もしてない。心配なようなら目を覚ますまで待ってあげて。」


さも当然のように口にする。

それから、と

私の方を見やった。


一叶「今回は……今日のテストはなし。」


今回は、と言ったことが

それとなく引っかかったけれど、

テスト話と宣言する一叶ちゃんは

悪い人に見えてしまった。


もう自分か関係ないと言ったように

眠ってしまった蒼先輩を抱えて

「時間をとってくれてありがとう」と

だけ残して教室を後にしてしまった。

皆、唖然として

その場に立ち尽くす。


僅かに間があったあと、

倒れた私と悠里ちゃんの周りに

人が集まってきた。

「大丈夫?」

「怪我ない?」

そう、言われてたはずだ。

しかし、私はいてもたってもいられず

その場を立ってみんなを置き去りに

一叶ちゃんを追った。

止められるようなことを

言われた気がする。

けれど、耳にはひと言も届かなかった。


廊下に出て左右を見ても

既に一叶ちゃんの姿はない。

予想もつかないが校舎の玄関の方へ

全力で走って向かう。

階段を転びそうな勢いで駆け降りる。

足がもつれる。

校舎内は寒いはずなのに、

背中からはだらだらと汗が流れた。

どうか、間に合って。

まだ言いたいこと、

伝えたいこと、何にも話せていない。

なのに。


校舎の玄関までたどり着く。

そこには。


そこには、蒼先輩を

抱えたままの一叶ちゃんと、

今日はここに来れないはずだった

詩柚ちゃんの姿があった。

詩柚ちゃんと確実に目があったのに

まるで私がいないかのように話し出す。

突っ立っているわけにもいかず

咄嗟に靴箱に身を隠した。


詩柚「…みーちゃった。」


一叶「…。」


詩柚「いいや、違うかあ…見せてた、の方が合ってるかもね。結構乱暴なことするなあ。」


一叶「詩柚、来たんだ。」


詩柚「まあね。それにしても随分と酷なこというねえ。それ、悠里ちゃんの妹さんの遺体だとか。」


いなかったのにどうしてわかるのだろう

と思ったが、そういえば

人影が一瞬見えたことを思い出す。

あの時から廊下でこっそり

見聞きしていたのかもしれない。


詩柚「でもさあ、違うよねえ。」


詩柚ちゃんは冷静に、

静かに言った。


詩柚「それ、悠里ちゃんの妹さんの遺体じゃないでしょ。」


一叶「どうかな。」


一叶ちゃんはそう言うけれど、

確かに思えば

蒼先輩の過去の話と一致しない。

今の蒼先輩はクローンとして生まれたと

話していた気がする。

それが、悠里ちゃんの妹さんの

ご遺体だとすれば、

小学生時代の話あたりで

大きく矛盾が生じる。

しかも、悠里ちゃんの姉妹も

蒼先輩も未来の人であるのなら、

妹さんが亡くなって…

蒼先輩になって…だと時間が足りない。


詩柚「傷なんて同じようにつけれるし、体つきも違えば髪の長さも違う。」


一叶「常識に囚われすぎると、どうしても信じたくないものって出てくるみたいだね。」


詩柚「予測と妄言を誤っちゃいけないと思うんだよねえ。ね、津森さん。」


一叶「…。」


詩柚「どうしてあんな嘘をついたのかなあ。傷つけるような、つく必要もない嘘を。」


一叶「……今回悠里はボクを敵に回すことになった。なら、最後までとことん敵でいてくれないと。」


詩柚「…。」


一叶「ボクのことを嫌ってくれていた方が、半端に同情されるよりいいから。」


詩柚「好きで大切にしたいのに引き剥がすみたいなことをするんだねえ。」


一叶「人のこと言えないと思うよ。」


詩柚「……そうかもねえ。」


後付けの理由かもしれない。

物音を立てないように、

どくどくなり続ける心臓に手を当てた。


詩柚「その子、どうするの?」


一叶「家まで送り届けて、契約に関する出来事を全て片付ける。そしてあとは良くも悪くも自由の身。」


詩柚「本当に酷いことするよねえ。そもそも、何でみんなを集めて白状するような真似を?」


一叶「七が向き合ったから。」


詩柚「…。」


一叶「自分の過去から逃げずに向き合って、彼女がたどり着ける限界の場所まで来たから、こうしたんだ。」


詩柚「へえ……。」


一叶「あの子は真実を暴くことを趣味とし使命とし、いずれ生業にする子だよ。」


詩柚「何が言いたいのかなあ。」


一叶「その行為は当たり前だけど未来を対象に行われるものじゃない。決まって過去なんだ。言いたいことはわかる?」


詩柚「…あは…困ったなあ。津森さんはどこまで知ってるのかなあ。」


一叶「…。」


詩柚「……もう、全部…だよねえ。その感じ。」


一叶「詩柚。ちゃんと向き合って。」


どういうことなのだろう。

覗き込みたい欲を抑えて、

耳を澄ますだけ。


詩柚「…ここまで来たんだよ。もう無理だと思うけどねえ。」


一叶「何度考えてもその結論に行き着く?」


詩柚「状況が悪くなっちゃった。気分も悪いし、今日は帰るよ。」


一叶「詩柚。」


詩柚「…。」


一叶「誰とどんな向き合い方をするか、考えておきなよ。」


その時。

玄関の方から強い風が吹き荒れた。

突然のことで驚いて、

風も収まっていないのに

様子を見に飛び出した。


風はすぐに止んだ。

顔を守るように腕で隠している

詩柚ちゃんの姿だけが見えた。

蒼先輩を抱えていたはずの

一叶ちゃんの姿はなかった。


七「……一叶ちゃんは。……蒼先輩は…?」


詩柚「……いなくなっちゃったねえ。」


七「……。」


まだ、何も言えていないのに。

手に自然と力が入る。

俯いていた先に、

風に乗って1枚の紙が

ふわりと足元に舞い込んできた。

見覚えのある紙で

思わず手を伸ばし拾い上げる。


詩柚「……?それは……?」


詩柚ちゃんが近寄ることもなく、

距離を保ったまま聞いた。

聞かれた、から、答えなきゃ。

そう思ったのに、

目の前の言葉に、

たった1行の手書きの言葉に

目を奪われてしまって

動くことは愚か

何か発言することもままならなかった。




『藍崎七に伝えたいことを

目一杯ご記入ください』。


そして。


『よく頑張りました』。


と。





°°°°°





七「ねーねー、蒼先輩!私が満点取れるようになったら、お願い事何かひとつ叶えて欲しい!」


蒼「私は神様でも七夕でもないのだけど。それに理不尽か不可能なことを言い出すのでしょう。嫌よ。」


七「ひーとーつーだーけー!たくさん褒めて欲しい!」


蒼「どうして私が。その行動に何の価値も意味もないでしょう。」


七「蒼先輩だからいいの!蒼先輩がいーいーのー!」


蒼「ああもう、近くで大声出さないで。」


七「じゃあ…よくやった!だけでもいいから。」


蒼「それ以上は求めないわね?」


七「うう…。そのとき次第とか…。」


蒼「今ここで宣言してちょうだい。」


七「………よくやったって言うだけ…お願いします…。」


蒼「それならいいわ。」


七「ほんと!?わーい!」





°°°°°





私、まだ伝えたいことたくさんあるよ。

まだ、まだ、たくさん。

たくさん、ありがとうもごめんなさいも

大好きも伝えられてない。


七「……いかなきゃ。」


詩柚「……え?」


七「いかなきゃ。蒼先輩の家、行ってみる。」


会わなきゃ。

伝えなきゃ。

ちゃんと全部。

後悔ないくらい全部。

これが会える最後の機会とは

思ってもいないけれど。

どこかでまた会えると、

近日中であれば会えると

思っているけれど、

後悔したくないと思っていたら

いつの間にかは知っていた。


走って、

電車に乗り込んで、

蒼先輩の家まで向かう。


冬らしからぬ汗の量で、

額からつう、と流れゆく。

インターホンを鳴らす。

何度も。

何度も。

何度、も。


七「お願い…お願い、出てよ、蒼先輩…っ。」


お願い。

どうか。

一生に一度のお願い。

どうか、どうか。


七「蒼先輩っ…。」


しかし、どれだけ願っても

扉は開くことはなかった。












好奇心の獣 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好奇心の獣 PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ