第10話 それはそうとお金は稼がなきゃ
「はあぁ……」
ヘイジは深いため息をつくと、自室のベッドに倒れ込む。街に戻りギルドで報告をしてから宿へと戻ってきていた。
時刻は正午を回ろうかというところ。今朝に意気揚々と街を出たばかりだが、ヘイジは既に何もする気が起きなかった。危うく命を落としかけたことを考えれば、仕方のないことであろう。
「あんなイベント、ゲームじゃ無かったぞ。一回きりの命なのに、ゲームより理不尽とかあんまりだ」
胸に渦巻く不安にヘイジは顔をしかめる。ハンターとして生きていく。それは自分が思っているよりも遥かに困難な道ではないのか。次に特獣と相対したとき、果たして自分は恐怖に屈さず戦えるのか。
ぐったりと天井を見上げるヘイジの脳裏に、二人のハンターの姿が浮かぶ。目に焼き付いたリタとオリヴィアの戦いぶりは尋常ではなかった。
「本当に、強かったなぁ……」
二人の姿はヘイジに衝撃を与えていた。活躍するハンターというのが彼女達のような姿を指すのであれば、それはヘイジにとってあまりにも高い壁に感じられた。
「……ハア、銃士かあ」
ヘイジは右手に出した拳銃をじっと見つめる。
「生きる為にハンターをやるんだ。あんな強さは要らないだろ」
ヘイジは自分に言い聞かせて、もやもやとした不安を振り払おうとする。ゲームの主人公のように活躍するなどと言う夢想は捨てて、あくまで生きるための手段としてハンターになるのだ。そう切り替えることで、ヘイジは少し気が楽になった。
翌朝、ヘイジは早朝の開門を知らせる鐘で目を覚ました。昨日は食事を取って早々に寝てしまったのだ。些か早いかとも思ったが、疲れからか結局鐘が鳴るまで起きることは無かった。
一階に併設された食事場で朝食を済ませると、自室に戻りベッドに腰掛ける。その表情は普段より五割増しで活力が感じられない。
「今日どうしよう……」
ヘイジの腰は重い。昨日の出来事は、長い睡眠をとった程度で乗り越えられるものではなかった。しかし、かと言って何もしない訳にはいかない。部屋も食事も当然無償ではなく、大して無い貯蓄は減る一方。そもそも他にすることも無いのだ。
「やるしかないよなあ」
ヘイジは両手で頬を強めに叩き、自身に活を入れる。筋力が一般人止まりのヘイジでは、大した痛みにはならない。
それどころかヒリつきもしない頬に虚しさを覚えながら、ヘイジはポーチを身に着けた。
「はあ、ギルド行こ」
ヘイジは部屋を出ると、ギルドを目指して普段よりやや緩慢に歩み出した。
到着したギルドのロビーでは、朝早から多くの人が行き交っている。喧噪と活気の有る様を見ていると、ヘイジは嫌でも背中を押された気分になった。
歩いたことで冴えてきた頭に、ヘイジは最後の一押しと深呼吸をすると、確かな足取りでロビーの一角にある大きな掲示板へと向かう。
掲示板には依頼書が幾つも張り出されており、それらを吟味するハンター達の表情は真剣だ。時折、依頼を決めた様子のハンターが受付へと歩いて行く。
「良いのあるかな」
ヘイジもここに依頼を受けに来たのだ。今後ハンターとして生きていくためには、特獣を倒し、能力を成長させ、新たなスキルや武器防具の獲得を目指す必要がある。
普通のハンターであれば武器や防具は購入することも出来るが、ヘイジはこの世界にただ一人の銃士であるが故にそれも叶わない。
素材さえどこかから調達できればスキルで武器と防具は作れるだろうが、そんな金をヘイジは持たないし、どのみち成長のためには特獣と戦わねばならない。どれだけ悩んでも結局のところ、ヘイジに出来ることは依頼を受けることしかないのだった。
少し緊張しながら掲示板の前をさまようこと数分、目当ての依頼を見つけることが出来た。
「お。あったあった」
見つけたのはヒメヤマトカゲという小型特獣の駆除依頼。ゲーム中で最初期に登場する特獣であり、最も難易度の低い依頼の一つだとヘイジは記憶していた。
「やっぱ最初はこういうのからだよな」
ロクシリュウの姿を思い浮かべながら苦々しく呟くヘイジ。昨日の遭遇で一時は心が折れかけていたが、そもそもあれが例外中の例外のはずなのだ。
ヘイジは今一度深呼吸すると、依頼を受注するために受付へと向かう。丁度クスミの受付が開いているので、待つ必要も無さそうだ。
「あの、依頼を受けたいんですが」
「おはようございます、ヘイジさん。昨日は申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げるクスミ。昨日ギルドへ報告に行った時も、自分が訓練場所を紹介したせいだ、とヘイジに詫びていたのだ。
「そんなそんな! そもそもクスミさんが謝ることじゃないですし、大丈夫ですよ」
当然ながらヘイジは、クスミやギルドの対応が悪かったとは思っていない。彼が昨日の朝ギルドを訪れた時点では、異常事態の情報は入っていなかった。むしろ即座にリタとオリヴィアを遣わしてくれたことで、ヘイジは救われたのだ。
クスミは顔を上げると、昨日はほとんど変化しなかった顔に僅かな笑みを浮かべる。
「そう言っていただけると幸いです。これからも疑問などございましたら、遠慮なくご相談ください」
そんな微笑みにヘイジは思わずドキリとする。初めて会話した時から、クスミは生真面目そうな表情を崩す事が無かったのだ。
ヘイジはクスミに冷たそうな印象を抱いていたが、これまでの対応を見ると意外に面倒見が良いのかもしれない、と考えを改めるのだった。
「ご依頼の受注でしたね。どのようなご依頼でしょうか」
突然キリっとした表情に戻ったクスミに、ヘイジはすこし遅れて口を開く。
「あ、はい。この常設依頼のヒメヤマトカゲの駆除なんですけど」
ヒメヤマトカゲはファシュマン周辺に生息する生物だ。人に被害を及ぼす特獣としては小型の部類であり、危険性を表す標準脅威度は最も低い一である。多少慣れてきたハンターにとってはさほど危険な相手ではない。
しかし一般人にとっては命に関わる存在である。比較的生息数も多いことから、街周辺の安全確保を目的として駆除依頼が常設されているのだ。
「ヒメヤマトカゲの駆除ですね。受注を承りました。駆除証明部位は左角です。ヘイジさんは初めての依頼ですので十分お気を付けください」
何かに記入するような仕草と共に、流れるように説明するクスミ。
「分かりました。えっと、じゃあ行ってきます」
あっさりと受注が完了したことにヘイジは若干拍子抜けしながらも、受付を離れて出口へ向かう。しかしギルドを出ようとしたところで、見覚えのある人物と出くわした。
「あら、ヘイジじゃない」
艶のある赤髪を揺らし、可憐な声で呼びかけるのはリタであった。ロクシリュウに対峙していた時と何ら変わらない態度に、ヘイジは眩しいものを見た気分になる。
「あ、リタさん。昨日はどうもありがとうございました」
文字通り命の恩人であるリタに、ヘイジはかしこまって礼を言う。そんな姿に、リタは紫色の瞳を驚いたように少し見開いていた。
「昨日の今日でギルドに来るなんて、アンタ意外と肝が据わってるわね……。当分ショックで寝込んでるだろうと思ってたわ」
「いやまあ、だいぶきつかったですけど。でもあれは特別運が悪かったわけですし、寝ててもお金は貯まりませんからね」
それは、ぐっすりと寝て起きたヘイジの素直な感想であった。
「普通、あれでハンター辞めてもおかしくないくらいよ」
リタはそんなヘイジの様子を見て、オリヴィアと同じタイプかしら、と顔を若干引きつらせながらぼそりと呟く。
ヘイジはオリヴィアがどんな人物なのかまだそれほど知らなかったが、昨日の様子を見る限りそれは心外な評価ではないかと思ってしまった。
「まあでも、そういうことなら一安心ね。せっかくのハンターの卵が腐っちゃったら残念だもの」
リタ嬉しそうに笑っているが、なんとも言えない表現にヘイジは苦笑してしまう。とはいえあのまま塞ぎ込んでしまうより、遥かにマシであることは間違いない。
「あと、リタでいいわ。そういう言葉遣いも不要よ。見た感じ年も近そうだし、そもそもハンター間でそういうのを気にする奴はあんま居ないわ」
「そうなのか。じゃあそうするよ」
「ええ、そうしてちょうだい。それと、あなたギルドの仮倉庫のことは知ってるわね」
「ああ、教えてもらったけど」
脈絡のない問いかけにヘイジは首を傾げる。仮倉庫は各ハンター用にギルドが管理している簡易倉庫のことだ。ギルドからの報酬が受け取れない場合などに、一時的に物品を保管しておくことが出来る。
「あなたの倉庫にロクシリュウの素材をいくつか入れといたから。武器でも防具でも新調するといいわ」
当然の事のように言うリタ。
「えっ。い、いいのか? 俺何もしてないぞ」
ヘイジはうろたえてしまう。
確かにロクシリュウにダメージを入れることは出来た。
しかし目や鼻を潰したところでそれが討伐に貢献したかと言われると、リタとオリヴィアの戦いぶりも見ればとてもそうは思えないのだ。
「いいのよ。あなたが引き付けてくれていたおかげで私達が迅速に討伐できたわけだし。新米ハンターの試練と言うには厳し過ぎたでしょう。ご褒美と思って貰っておきなさい」
「まあそう言うことなら。ありがとう、助かる」
ヘイジとしても素材が貰えるのは願ってもない事だ。討伐した本人が良いと言うのだから、と遠慮もそこそこにありがたく受け取ることにした。
火力のステータスが成長すれば、ヘイジの持つスキルで新しい武器や防具を作れるはずだ。
「そもそもあなた、武器は何を使うの?」
リタとしては世間話のような気分で聞いてみたのだろう。しかし思わぬプレゼントを貰って嬉しそうなヘイジは、笑顔のまま硬直する。
「えっいやぁそのぉ……。魔法?」
何とか絞り出された返答は全く答えになっていなかった。
ヘイジは自分の戦い方について極力秘匿だろうと考えている。明らかに異質な力であるため、無用なトラブルの種になることは避けたいのだ。
しかし同時に隠し続けることも難しいだろうとも考えていたのだが、早くもそのボロが出そうだ。
「なんで疑問形なのよ……」
リタは半目でヘイジを睨む。その瞳からは呆れと訝しみがありありと伝わってきた。
「いや、ハハ。自分でもなんと言ったらいいものかと……」
つまるところ、ヘイジは自分の能力に関する情報の扱いを決めかねていたのだ。突っ込まれた時の誤魔化し方も用意していない有様である。
リタはしばしヘイジを睨みつけていたが、不意に表情を緩めると面白いものを見たかのように微笑んだ。
「まあなんでもいいわ。頑張りなさいよ。それじゃね」
用は済んだとばかりに歩き出すリタ。ヘイジは揺れるポニーテールに声を投げかける。
「色々ありがとう!」
リタは背を向けたまま、後ろ手に手を振る。不思議と気障な感じは無く、相変わらず様になっているのだった。
リーサル・ハント!〜剣も魔法も使えない転生者。ユニークスキルで必死に日銭を稼いでいたら、最強チームにスカウトされました〜 苔川 古木 @kokegawafuruki
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