勉強でトップをとれたら告白しよう

烏川 ハル

勉強でトップをとれたら告白しよう

   

 クラスメートの多くが、校庭に出て遊んだり、教室でワイワイ騒いだりしている昼休み。

 窓際の一番後ろに座る僕は、外の青空に目を向けることもなく、いつものように一人で勉強していた。

 数学の問題集だ。公式や解法パターンを丸暗記しただけでは解けない、大学受験レベルの問題ばかりが載っている。でも、だからこそ解けた時には気持ちがいい。

 パズル感覚……といったら大袈裟だけれど、それに近い気分で、僕は鉛筆を動かしていた。

 運動も苦手だし、これといって特に趣味もない。特技のない僕が唯一、自信を持てるのが勉強だった。ただし……。


「おい、見ろよ。ガリのやつ、またガリ勉してるぞ。せっかくの昼休みなのになあ」

「だけど、あんなに勉強ばかりしてるのに万年2位だろ? 恥ずかしい話だぜ」

 教室の前の方から、僕の噂をしている声が聞こえてくる。僕の名前は刈谷かりやだが、一部の連中が「ガリ勉の刈谷かりや」という意味で「ガリ」と読んでいるのは、僕も知っていた。

 数学の問題に集中しているはずなのに、何故かこういう雑音は耳に入ってきてしまう。

 しかも彼らの言う通り、僕は勉強に自信があるものの、この学校で一番ではない。いつも決まって2位なのだ。


 学年トップは、隣のクラスの太嶋たじまで、勉強だけでなくスポーツも万能。スタイルも良いイケメンで、周りの女子からキャーキャー言われるほどだ。「天は二物を与えず」のことわざとは異なり、二物どころか三物も四物も持っているやつだった。

 心の中で、つい太嶋たじまを妬んでしまう。おそらく顔にも出てしまい、少し眉間にしわが寄っていたのではなかろうか。

 そのタイミングで、横からポンと肩を叩かれた。

「気にすることないよ、刈谷かりやくん。言いたい人には言わせとけばいいよ」


 ハッとしてそちらを向けば、隣の席に座る吉田よしださんだった。女の子にしては背が高く、体はスラリと痩せ型だが、顔はふっくらと可愛らしい。

 学業も悪くはなく、僕や太嶋たじまには及ばないものの、いつも学年10位から20位あたりを彷徨さまよっている。大袈裟にいえば「才色兼備」という言葉が当てはまる女性だろう。


「ああ、うん……」

 彼女の言葉に、適当に頷いておく。

 どうやら彼女は少し誤解しているらしい。「言いたい人には言わせとけ」というのだから、前から聞こえてきた悪口で僕が気を悪くした……と思っているのだ。

 いや、それで気を悪くしたのも間違いではないにしても、僕が表情を歪めた理由のメインは、太嶋たじまに対する妬みの方だ。それを彼女に見透かされるのは何だか恥ずかしいし、その点は少しホッとする。


刈谷かりやくん、いつも頑張ってるもんね。はい、これ差し入れ!」

「えっ?」

 吉田よしださんは、手にした缶ジュースを僕に差し出してくる。

 確か彼女は、友達と一緒に学食へ行っていた。そこでお昼を食べてきたはずだが……。

「間違えて一本多く買っちゃってね。貰ってくれるかな?」

「うん、ありがとう!」


 友達のいない僕にも、いつも吉田よしださんは優しく声をかけてくれる。

 そんな彼女の優しさに、いつのまにか僕は惚れてしまい……。

 心の中でひそかに「試験で1位になれたら『付き合ってください』と告白しよう」と決意しているほどだった。


――――――――――――


 10月半ばの放課後。

 一階廊下の掲示板に、秋の実力テストの結果が張り出されていた。

 個人の成績表は当然それぞれ個々に手渡されるけれど、それとは別に、成績優秀者上位100名はこうして公表されるのだ。


 今度こそ太嶋たじまに勝って「万年2位」を返上して、吉田よしださんに告白するぞ……。

 そんな気合いを込めて臨んだ実力テストだったが、結果はいつも通り2位。

 しかし驚くべきことに、太嶋たじまの名前は一番上ではなく、上から三番目のところに書かれていた。

 では、誰が今回のトップだったのか。なんと、それは吉田よしださんだったのだ!


「……」

 目を丸くしながら立ちすくんでいると、後ろからポンと肩を叩かれる。

 振り向けば、笑顔の吉田よしださんが立っていた。

「残念だったね、今回も2位で。刈谷かりやくん、トップを狙ってたんでしょう?」

「ああ、うん。だけど……」

 吉田よしださんは僕を慰めているつもりだろうか。しかしトップをとった彼女に言われると、なんだか嫌味にも感じてしまう。

 それでも一応、僕の方からは賛辞を述べておく。

吉田よしださんこそ、凄いね。学年1位だよ。おめでとう!」

「うん、ありがとう。ちょっと今回はね……」

 はにかむような表情を浮かべながら、彼女は言葉を続けた。

「……『勉強でトップをとれたら』って自分に願掛けしたことがあって、それで頑張れたの!」

 そんな「願掛け」ならば、僕だっていつもやっている。それでも無理なのが学年1位なのに……。

「ところで刈谷かりやくん、ちょっと時間ある? ここじゃなくて二人きりで、話したいことがあるんだけど……」


 複雑な気持ちのまま、吉田よしださんに連れて行かれたのは校舎裏だった。

 そこで彼女の口から飛び出したのは……。

「ずっと前から好きだったの。刈谷かりやくん、私と付き合ってください」


「……!」

 絶句してしまう。返事もできないほど驚いたが、自然に僕の顔はニヤけていた。

 僕が全く気づいていなかっただけで、どうやら彼女は僕と同じ気持ちだったらしい。




(「勉強でトップをとれたら告白しよう」完)

   

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