1-2.

*****


 すたすたすたすた、早足だ。昨日、村に入る際に通った門のほうへと向かう。避難する村人らとたびたびすれ違う。途中、大きな広場があって、そこに緑の肌の集団がいた。デモンが知る限り、連中は基本的に背が低い。腕も脚も細いのに腹だけはぽっこり出ている。頭髪はなく、見るからに下品な顔をしていて、よくわからないし知りたくもないが、なんらかの欲望が抑えきれないらしく、口の端からよだれを垂らしている者が少なくない。下半身は丸出しだ――モノは屹立したところでどれも小さく、そこは大いに笑ってやるところかもしれない。


 少なく見積もっても、二十匹はいるわけだが――。


「そこの、黒ずくめのおまえ、代表を連れてこい。シド村長だ」


 なかなかに渋い声でそんなふうに口を利いたのは、リーダーだろう。ねずみ色の兜をかぶり鎧をまとい、性器も剥き出しではない。知性が感じられる。とりわけ背が高い。狼のそれのような顔のかたちをしている。ゴブリンにもいろいろいるらしい。他の奴らとは明らかに一線を画する。


 黒ずくめのおまえ。間違いなく自分のことだろうと思い、デモンは「わたしが代表では不服かな?」と訊ねた。


「不服もなにも、おまえが誰であるのか、俺は知らない。この村の者ではないだろう?」


 なるほど、やはりフツウの評価、判断くらいはできるらしい。まさに理知的だ。だったら、話を進めたほうが話が早い。


「わたしはデモン・イーブルだ。おまえの名は?」

「答えることに何か意味があるのか?」

「知りたいんだが?」

「ザギだ。兵長を務めている」

「では、ザギ兵長」デモンはくいっと顎をしゃくってみせた。「お仲間を連れてお帰り願えるかな?」

「なぜ、村のニンゲンでもないおまえがそれを言う? 俺が間違っていなければ、俺たちが争う必要はないはずだ」


 もっともな言い分だ。

 ゴミのくせにと感心したくもなる。


「おまえたちを追っ払えば、わたしは村から金を巻き上げられるだろう?」

「たったそれだけの理由で事を構えるのか?」愚かだなとザギ兵長。「こと腕力においては、ゴブリンはニンゲンよりずっと上だ」

「なんにでも例外はあるものだ」デモンは顔を歪めるようにして、皮肉交じりの笑みをこしらえた。「わたしはね、壊したいんだよ。なにもかもをぶち壊すことで、極上の悦を得たいんだよ。安っぽい言い方をすると、メチャクチャイキたいのさ」


 訝しむように「なにを言っている?」と問うてきた。


「わたしは途方もなく暴力を振るいたい。ザギ兵長、立ち合いたまえ」


 ザギ兵長は苦笑したように見えた。


「おかしいな。俺は女を集めに来ただけなんだが」

「一週間、早いと聞いたが?」

「『王』はわがままなんだよ」


 さっと右手を上げた、ザギ兵長。すると雑魚ゴブリンどもが左右に割れる格好で退いた。ザギ兵長は身を翻すと歩いていく。十分に離れたところで、向き直った。


 開始の合図などない。


 デモンはてくてく無防備に前進する。ザギ兵長は背負っていた大振りの剣を手に地を蹴り勢い良く突進、あっという間に距離を詰めてきた。ごつい両手剣だが右手だけで軽々と振り上げる、振り下ろす。腰の鞘から素早く抜刀したデモンは、その一撃を頭上で受けた。右手一本で止められたのだ。さぞ驚いたことだろう。目を見開いたのがわかった。ザギ兵長は握りを両手に変え、強引に斬ろうとする。だが、なんてことはない。先方にとっては誠に残念なことながら、デモンは規格外のニンゲンだ。


 後ろに飛び退くようにして距離を取った、ザギ兵長。剣を一振りしただけなのに、はあはあと肩で息をしている。額に浮かぶのは冷や汗に違いない、それを左腕で拭った。「敵は強い」と察知し、「これはヤバい」と本能的に悟ったのだろう。


「あいにくとわたしは剛力の化身でね。この刀もえらくいい物だ。そう簡単に折れたりせんのだよ」


 ザギ兵長がすぅと深く息を吸い込んだ。右の肩に剣を乗せ、左の手のひらを前に向ける。デモンを中心として周回する――左方から襲いかかってきた。さっきより速い。振り上げ、振り下ろす。今度は最低限退き、ギリギリのところでよけてやった。また後方へぴょんぴょんぴょん、ザギ兵長は離れる。非常に慎重な戦いぶりである。作戦としては悪くないが、戦闘行為をアートとして解釈した場合、見映えはじつに良くない。


 また右肩に剣を乗せ、左の手のひらを前へ――そのまま下がった。下がったところであらためて勢い良く地を――蹴らせない。ザギ兵長の両脚が瞬く間に氷で包まれ、地面に固定された。強制的に足止めを食わされた格好だ。そのとき、デモンも左手を前に向けていた。


 凍らせたのは――手を下したのはデモンだ。

 それくらい、わけないのだ。


「ザギ兵長、おまえの武器は腕力ではなく機動力だったんだな。となると、足を封じられてしまってはおしまいだ」

「まさか、魔法を使えるとは……」諦観したように、ザギ兵長。「おまえ、ひょっとして“掃除人”なのか?」

「ご名答。そしてザギ兵長、貴様もまた、“ダスト”だ」


 くそっ!

 吐き捨てるように言うと、ザギ兵長は剣を投げた。

 もちろん、当たってやらない。

 サッと半身になり、かわした。


 再び、てくてく前進するデモン。

 ザギ兵長の目の前に立ち、自分より少し背の高い彼のことを見上げる。


「言い残すことはあるか?」

「それは――」

「残念。あっても吐かせんよ」


 一閃、デモンはザギの首を刎ねたのだった。


 堰を切ったように、雑魚ゴブリンどもが逃げ出す。

 全部ぶち殺してもよかったのかもしれないが、追うのが面倒なのでやめておいた。


 さて、これからいったい、事態はどう転ぶのか――。


「腹が減ったな」


 そう呟き、デモンは宿に戻るべく身を翻した。


 今日も、そこそこ暑い。



*****


 次の日、夜のことだ。

 宿の食堂にて紅茶を飲んでいると、そこにシド村長が怒鳴り込んできた。


 王は激しく怒っているぞ!!

 デモンの正面の席に着くと、そう声を張り上げたのだった。


「デモンといったか! どうしてくれるんだ、今までうまくやっていたというのに! 王は必ず兵を寄越すと言っているぞ!!」


 シド村長には、とことんまで奴隷根性が染みついているらしい。

 ティータイムを優雅に楽しみながら、デモンは「哀れすぎて言葉も出てこんな」と、なかば呆れてしまった。


「な、なにを言うか! おまえなんかにこの村の何がわかるんだ!!」

「わかりたくもない。ただ、言えることはある。尊厳まで売り払うようなら自殺したほうがいくらか有意義だ」

「じじっ、自殺だとぉっ!?」

「おまえの振る舞いは、ほんとうに村人の総意なのか?」


 悔しそうにも見える表情――シド村長は目を逸らし、俯いた。


「今までうまくやってきた。それはおまえにとって都合がよかったのだと言い換えることもできるのではないのか? おこぼれに与ってきたんだろう? うまいメシを食うこともあれば、若い女を抱かせてもらうこともあったんだろう? そうやって手なずけられてきたんだろう?」

「だ、だから、わしはみんなのことを考えて――」

「くだらん」デモンは切って捨てた。「村人とゴブリンとの仲介役としての能力は評価してやる。だが、おまえがちょうである限り、この村の将来は決して明るくないぞ」


 いよいよ口惜しそうに、シド村長は「ぐっ」と歯噛みした。


 二人きりだったところに、アレンが入ってきた。たたと駆け、近づき、シド村長に向かって「意気地なし!」と言った。とても大きな声だった。シド村長はびくっと身体を跳ねさせたくらいだ。


「どうして助けようとしないんだよ! 僕の姉さんだって、他の女のヒトだって、なにも悪いことなんてしてないじゃないか!!」


 弱気になったと見える、シド村長。


「ア、アレン、わかってくれ。全部全部、みんなの幸せのためなんだ」

「僕は幸せじゃない!」

「それは、そうかもしれんが……」

「僕は戦う! 戦うんだ!!」


 シャツの袖で涙を拭うと、アレンは走っていった。


 無言の空間。

 しばらく経ってから、シド村長は肩を落として出ていった。



*****


 部屋に戻り、ランプに火を入れた。温かみのある炎が柔らかにあたりを照らし出す。窓を開けてやると、待ちかねていたのか、すぐにオミが入ってきた。テーブルに陣取り、「リンゴが食べたいんだ」と言う。つくづくわがままなカラスだ。「朝食まで待て」と突き放しておいた。


「ゴブリンは強かったかい?」


 デモンは椅子に腰掛け、脚を組みつつ、「見ていたんじゃないのか?」と問うた。「じつは見ていたんだ」と返ってきた。


「ザギ兵長の動きは理に適ってっていた。弱くはなかったように思うんだ」

「となると、どうして負けた?」

「まさか魔法を使うとは考えていなかったんだ」

「ならば、観察眼がぼやけている、となる」

「そういうことなんだ」オミは相変わらず賢人ぶってみせる。「ゴブリンは群を成して攻め込んでくるよね?」

「そうらしい」自明の理だろうとデモンは言い。「だが、わたしはなんとも思わない。連中が村を殺しにきたところで、わたしはまるで、痛くない」

人非人にんぴにんがすぎると思うんだ」


 うるさいカラスだ。

 ニンゲン様に意見するなと言ってやりたい――無駄な労力なので言わない。


 コンコンコン――。

 部屋の戸がノックされた。

 入っていいぞと返事をした。

 おずおずと入ってきたのはアレンだった。


「どうした?」

「話を、聞いてもらいたくて……」


 デモンは顎をしゃくって、ベッドの端に座るよう示した。

 アレンは言うことを聞いた――ちょこんといった具合、肩をすぼめる。


「僕は、戦いたい、です……」


 下を向いたまま、あるいは勇気を振り絞るようにして、アレンは言った。


「意気は買う。だが、無理だ。わかるな?」

「はい……。だから、助けてください……っ」

「金を持ってこい」

「お金はない、です……」

「冗談だよ。ガキから何かをもらおうとは考えてない」

「だったら――」

「反抗の意思を持つニンゲンくらい、この村にだっているだろう? もっと言えば、貧弱ながらも、それは組織として存在しているはずだ」


 アレンは目をぱちくりさせ――。


「どうしてわかるんですか?」

「あたりまえのことだからだ。なお、敬語はよせ、普段どおり、無邪気にしゃべれ。命令だ」

「う、うん、わかった」大きく頷いた、アレン。「いるよ。戦おうっていうヒトたち」

「動かないのではなく、動けないんだな?」

「そうだよ。自分たちが負けるのはしかたないけど、その結果として、他のみんなに迷惑がかかるのは嫌なんだ」

「その観点で言うと、わたしは盛大かつもろに迷惑をかけることになったわけだ」はっはっはとデモンは笑った。「つくづく愉快だよ。危険を伴う事象に他人を巻き込むのはかくも愉快なことなのかとはしゃぎたくもなる。恨まれてしまうことも蜜の味だ。どうだ? わたしは嫌な奴だろう?」


 アレンが呆れたような顔で「自分で言わなくても……」と言うのはわからくもない。しかし、デモン・イーブルは、なにせ自分本位の身勝手なニンゲンなのである。許容しろとは言わない。受け容れろとは思う。


 とはいえ――。


「おまえはどうしても戦いたいのか?」

「うん。戦いたい」

「有望だな」

「えっ」


 デモンは目を閉じ、小さく二度、頷いた。


「言ってみれば、レジスタンスだな」

「レジスタンス? 抵抗するみんなのこと?」

「そうだ。リーダーくらいいるんだろう? そいつのところに連れていけ。明日の朝がいい。ゴブリンどもがいつ押し寄せてくるか、わからんからな」


 はつらつと「わかった」と言うと、アレンは立ち上がり、右手を突き上げ、「やったーっ!」と飛び跳ねた。


 少年の願いを聞く。

 崇高な行為としか言えないだろう。

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黒き邪心に薪をくべろ XI @XI_0

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