青夜の灯台守
2121
闇オークションは新月に
扉を開きまず俺を迎えたのは息を止めたくなるような匂いだった。油絵の具の匂いに、今すぐ逃げたくなるような匂いが混ざっている。嫌いな奴の匂いだ。しかし俺は今からそんな嫌いな奴に会いに行かなければならない。
扉が開いていれば家に入っていいと言われていたから、俺はその通りにしつつ一応「お邪魔します」と儀礼のように言っておく。多分居場所はいつもの三階のアトリエだろうと、俺は窓から日の降り注ぐ螺旋階段を上っていった。
元は灯台として使われていた建物を改装してアトリエにしているのだという。最上階の見晴らしのいい場所でそいつはいつも絵を描いている。更に上には灯台を灯す設備があり、光は灯そうと思えば灯せると聞いていたが、絵にしか興味のない灯台守が灯すことはまず無いだろうと思った。
アトリエの入口には扉がない。一歩入るとガタイのいい男が窓際の椅子に座り、その体にはあまりに似つかわしくない程の細い筆を持ってキャンバスに向かっている。同じくゴツい手は一見すれば人を殴る方が向いているだろうとも思えるのに、俺はその手が繊細なタッチで色を引くのを知っている。
来訪に気付いた男が筆を止め、眠そうな目をこちらへ向けた。
「ん? 金策か?」
「コエル、助けてくれ……」
こいつのことは嫌いだった。嫌いだったけれど、俺はもうこいつくらいにしか助けを求められる人がいない。
「妹がオークションに出品される」
ふーん、と感情の分からない返事をしつつも、そいつは近くにあった椅子に足を引っ掛けて側へと寄せた。座面をパタパタと叩いて、座れと促してくる。話を聞いてくれる気はどうやらあるらしく、キャンバスに二人で向き合うような形で俺は勧められた椅子に座った。
キャンバスには下書きの上に下塗りをしたところのようだった。うっすら見える下書きは、ここから見下ろした海の景色だ。
「カザリの妹が商品になると?」
「二週間ほど前に家にいたところを襲撃された。そのたき家にいたのは妹だけだった。俺は家を出てるから詳しい状況までは知らない。俺がいれば……」
悔しさに歯噛みしていると、「まぁまぁ」と宥められた。
「起こったことは仕方ないさ。ただ頼られるのは嬉しいが、俺にやれることはあまり多くない」
「最後の防波堤になってほしい。それとオークションに参加できるよう口利きしてほしい」
「ほぼ全部」
「コエルは金もあるし顔も広いだろ?」
「オークションの参加ならどうにかなるとは思うが」
「最悪の場合、妹を落札してほしいんだ」
「価格次第ではあるが、そもそも俺の金はお前の金ではないんだが?」
「返す」
「何年掛かるだろうな? まぁ条件次第では返さなくてもいいよ」
余るほどの金持ちはさもなんでも無いことのようにそんなことを言う。
しかしながら、無償で大金を出してくれるような奴ではないし、相応の対価を求められることは分かっていた。だから、コエルは言葉を続ける。
「俺に借りを作るということは、分かってるよな?」
脅すような口調で口許を吊り上げながらコエルは意地悪そうに笑う。こいつが俺に求めることは、一つだけだ。
「ああ……好きなだけモデルにして構わない」
コエルは俺をモデルに絵を描きたがっており、あまりに金がないときにはたまにモデルをしに来ていた。会ったときに「金策か?」と聞いたのもそんな理由だ。破格の値段なので頻繁に来たいがやはり嫌ではあるので、やむを得ないときにだけ小遣い稼ぎに来ている。
「どんな状態でも?」
「いいよ。殺される以外なら」
「覚悟が決まってるねぇお兄ちゃん。善処しよう」
「善処……」
「冗談だよ」
冗談めかして言うけれど、冗談でもあまり洒落にならないところが怖い。
「ちなみに妹の相場ってどのくらい?」
「聞き方が酷すぎる……一千万から三千万円くらいだと思う。出品される前に助けるつもりではあるけど」
「そのくらいならいいよ。ノった」
「そのくらい、か」
俺にとっては何年も頑張らないと稼げない金なのに、コエルにとってはその程度の金ということらしい。コエルの絵は高値で売買されていて、その界隈では知らない人はいないくらいには有名な画家なのだ。コエルの名前は知らなくても、広告や本の表紙にも使われているから絵は目にしたことくらいあるはずだ。名義もいくつかあると聞く。
「お前のことだから、大体のことは調べてあるんだろう?」
「もちろん」
既に大体の算段は立てていた。コエルが承諾してくれたから、全ての駒は揃ったといえよう。
「出品されるのはレイトニー商会のオークションだ」
「ああ、レイトニー商会なら取引したことあるからどうにかなるな」
「お、さすが。レイトニー商会の表向きのオークションは四半期ごとに昼に開催されてる。そのオークションが新月に重なったときだけ、深夜に闇オークションも開催される」
「そこにお前の妹が出品されると」
「そう。元々レイトニー商会の昼のオークションは生体と生体由来のものを多く扱っていて、良血統のサラブレッドとか、輸入の珍しい動物とか、あまり捕まらない深海魚とかを主に扱う。だから闇オークションでは昼では売買できない、真偽不明の眉唾物の商品と人に類するものの商品が主に取引される」
「それでお前達の種族が狙われた、と」
「そう。――空を飛べる種族は多くないから」
俺は人であり、鳥だった。俺達の種は血に鳥類が混ざっているため、一見すれば人と変わり無いが背中から羽を出して飛ぶことが出来た。
「お前の種族は大変だね」
「あんたも大概だろ。だからこんな灯台で人目を憚って、画家なんていう最低限しか人と会わない仕事をしている」
同じくコエルも人であり人ではない。種族までは分かっていないのだが、臭いからして俺の天敵であることだけ分かっていた。
「俺がオークション会場に侵入して妹を助ける。俺も妹も飛べるから、解放さえ出来れば後はどうにかなると思う。近くには父さん達も待機する予定だし」
「あまり無理はするなよ。――妹、何もされてないといいな」
不意に肩に重さが掛かり、見れば俺の肩にコエルが頭を預けていた。あまり重さは感じない辺り、こちらのことを慮ってくれていることが分かる。慰めてるんだろうな、とは思うがどうしても不快さが勝りゾワリと鳥肌が立った。
「商品だし生きてる方が価値は高いから、何もされてないと信じたいんだけど……んー」
「不服そうだ」
「困ってるよ」
「そうだろうな」
くすりと耳元で笑い声が聞こえて肩は軽くなり、暖かさも一緒に逃げていく。安堵に息を吐き、コエルを向くと眠そうな目が俺を見下ろしていた。
「アボカド買っといたけどけど食う? サンドイッチにでもしよう」
「食べる!」
「じゃあ下行くか。その後は前金代わりにモデルな」
「うわぁ」
「もうちょっと詳しい話も聞きたいし、ついでだ。お前も話しながらの方が気が紛れるだろ?」
「あー……まぁ話はしやすいし、前金代わりなら仕方ない……」
「嫌そうだな」
「嬉しそうに言うな!」
言葉とは裏腹に、普段は仏頂面の顔を嬉しそうに綻ばせながらコエルは言う。本当に俺のことを描くのが好きなんだなと思うと悪い気はしないが、それでもやはり気は進まないのだった。
オークション会場は開発が進み観光地になっている無人島のテントで行われている。普段はサーカスの演目が行われており、オークションの日にだけ会場を貸しているのだという。
身形のいい紳士淑女がテントの回りに集まってきている。俺も恥じないよう、コエルがどこぞのブランドで買ったらしいそれなりの服を着ていた。これをタキシードというのかモーニングコートと言うのかは定かではない。分かるのは、この服の着心地が異常に良いことだけだった。
下見のために俺達は会場に来ていた。これから昼のオークションが始まるところで、入場の前になんてことは無いかのようにコエルからチケットを受け取った。チケットの名前はコエルではなく別名義のニグラと書かれている。座席は指定で、どうやら一番いい席で取られているようだった。
「こんな席をどうやって」
「知り合いに頼んだらすぐに手配してくれたよ」
「コエルの人脈どうなってんの?」
「直接人に会いはしないが、繋がりは多い。何かと便利だし、人自体は嫌いじゃないからな」
手荷物検査の後にチケットを切り、テントに入る。嫌いな臭いがそこかしこから漂っているのは、闇オークション参加者が昼にも多く来ているせいだろうか。
座席には番号札が置いてあり、[125]と書かれていた。この札を掲げて値段を言うことで落札するらしい。
俺はコエルの同伴者ということになっていたから、隣に座った。
「レイトニー商会はレイトニー家の六人兄弟が運営をしている。今司会をしているのは長兄だ」
オークションが始まり、髪をくくった色素の薄い男が前に出て挨拶をしていた。爽やかに客にお辞儀をする姿は好青年に見えるのに、どこか目が笑っていないところは後ろ暗い側面のせいだろうか。
昼のオークションが始まり、商品の紹介が始まった。サラブレッドの馬や食用の牛、絶滅した昆虫の標本、時には別所で待機させているクジラの映像を流しそれが落札されることもあった。
「あんたは何か落札するのか?」
「良いものがあればとは思ってたが」
そんな話をしている最中に、台の上に絵の具のセットが置かれてコエルはそちらを向いた。
「森の宝石、モルフォ蝶の鱗粉を採取し練り込まれた偏光の油絵の具! 色名は『モルフォニウム』。絵の具一本につき、一千匹の蝶から取れる鱗粉を使用した絵の具で――」
「あの絵の具、良い色だな」
説明を聞いたコエルは言いながら札に手を伸ばしたから、俺はその手を
「いった」
「馬鹿じゃないのか」
「え?」
「あんなの偽物に決まってる」
よく分かっていないらしいコエルは手をさすりながら首を傾けた。
「モルフォ蝶の翅は構造色だから絵の具になんて出来るわけがない」
「なるほど。……つまりどういうことだ?」
「モルフォ蝶は照らす光があってこそあの色になるんだ。実際の鱗粉の色は黒色で、絵の具にするために水分を入れればあの青色には発色しない」
「じゃああれは偽物か?」
「そうだろうな」
「たまに偽物の商品も混ざってるとは聞いてたから、そうなんだろうな……丁度使えると思ったんだが」
「気持ちは分かるが残念だったな」
そうか、と名残惜しそうにその絵の具が落札されるのをコエルは見ていた。やはり破格の値段で落札されていた。
「じゃあ俺は闇オークションの下見に会場回ってくるし、コエルはもしものときの落札よろしくな。また全部終わったら会おう」
「いってらっしゃい。あんまり無理するなよ」
気合いを入れるようにコエルは俺の背を叩き、思いの外それが強かったから躓きかけながらもしっかりと前を向いた。
搬入口から会場までの経路は大体確認できた。新月にオークションが行われるのは、搬入の際になるべく人目に付かないようにするためらしく、商品を置く場所も多くはないためギリギリに搬入される。商品を受け渡す場所にはレイトニー商会の次男がおり、そいつなら檻の鍵を確実に持っているだろう。
妹は目玉商品のはずだからおそらくオークションの最後に出品される。次男から鍵を奪い、搬入する瞬間に妹を解放できれば成功だ。
会場スタッフの服を拝借し、商品の受け渡し場所へと進む。
そこには次男がいた。短髪でノリの軽そうなタイプだった。
「……? 何か匂いが」
「お疲れ様です」
あろうことか、ばっちりと目が合った。なので愛想良く挨拶しておく。挨拶をしておけば、少しくらい誤魔化されてくれるはず。
「お前の顔、バイトの面接で見てねぇなぁ!」
しかし次男にはそんな俺の甘い思惑は届かず、すぐに臨戦態勢に入ってしまった。
先手必勝。俺は鳥だから、身軽なのは取り柄だ。壁に手を付き、遠心力を使って次男の頭を横から蹴り倒した。その時、チャリという音が上着のポケットから聞こえたから、俺は即座に手を突っ込んで鍵を掴んだ。
「くそが!」
胸元に付いたマイクに向かって、次男が無線の向こうにいる誰かに叫ぶ。
「おい、そっち行った。あとは頼む!!」
次男は追っては来なかった。
「うちの末っ子を舐めるなよ」
吐き捨てるように聞こえたそれは、どこか自信に満ちた声色をしていた。
時間から考えて、闇オークションはそろそろ終盤に差し掛かる頃の筈だった。搬入されるなら、そろそろだろう。このまま向かえば、丁度妹の搬入を狙えるはず。
外から搬入口へと向かうと、大きな鳥籠が暗闇の中でテントに入れられているところだった。運んでいる男は二人。不意を突くしかない。二人の頭を勢い良く蹴り飛ばし、鳥籠に呼び掛けた。
「キヌ!!」
妹の名前を呼ぶと、妹は顔を上げて俺の姿を捉えた。
「お兄ちゃん?」
「良かった、生きてた! すぐに鍵を開けるからな」
「恐かった、もうダメかと思った……」
妹が檻の鉄棒を握りながら泣き声で言う。俺はすぐに鍵を開けたが、背後から声が掛かった。
「へぇ、兄妹で仲が良いんですね」
掛けられた言葉とは裏腹に、声音は憎悪でもするかのようにぞっとする程冷たい。ヤバい奴に見付かったかも知れないと、俺は急いで妹の腕を取り外へと出した。
「飛べ!!」
言われた通り妹は背中から翼を出して闇夜へと羽ばたいた。俺も背後を振り返らないままに飛ぼうとしたら、タンと言う足音が聞こえたと思ったら次の瞬間に首の後ろを掴まれていた。
「鳥なら大人しくくびり殺されてください」
そのまま鳥籠の檻へと頭を打ち付けられる。目の前が明滅し、体勢が崩れそうになるが男が強い力で首を掴んでいるから倒れることはない。なんだこの、小柄なのに異様に力の強い男は。
「これはこれは、まさかの収穫ですね」
この狐目の男は確かレイトニー家の末っ子だ。小柄な体型と言葉の丁寧さとは裏腹に、やること為すことすべてが過激だと聞く。
「あなたには今日の目玉商品になってもらいます。妹さんの代わりなら喜んで受けてくれますよね?」
「やめろ!!」
「メスでもそこそこの値は付くからいいかなと思っていましたが、まさかオスも釣れるとは。こういうのをエビでタイを釣るって言うんですっけ? 違うか」
押さえ付けられたままなんとか首を捻って後ろを見れば、男の手には注射器が握られていた。針を保護する蓋を歯で取り、俺の首筋に針を刺す。
「お前……何を……!?」
「ああ、死ぬ薬でも、苦しむ薬でもないから安心してください。商品をより良く見せるための薬です」
意識がぼうっとして、脈打つように体が熱くなってくる
「服が邪魔ですかね。脱がせておきましょうか」
上半身の服を脱がせられた。力も抜けていき、俺は鳥籠の中へと入れられた。
「己のことを誇ってください。いい商品になれますよ」
手塩に掛けて育てた食用の牛を送り出す農家のように、男は俺に向かって優しく言った。
「今宵はレイトニー商会の闇オークションへのご参加ありがとうございます。今宵は選ばれた方々にお越しいただいております。ここで行われたことはくれぐれもご内密に」
昼と同じく、レイトニー商会の長兄が前で挨拶をしていた。昼には結んでいた髪を今は下ろしていて、優雅に腰を折ってお辞儀をすると崖が緩やかに崩れるように髪が垂れていく。
『選ばれた方々』というのは、参加者の資産と職業の調査がありそこをクリアしなければ参加できないのだ。ただ、おそらくもう一つ選ぶ指標がある。会場に漂う臭いからして明らかに肉食の獣人が多いのだ。おそらく八割が肉食、二割が普通の人というところか。
そういう点でも、カザリが俺を頼ったのは英断だったのだろう。並みの人ではこの闇オークションには参加できない。
オークションは終盤に差し掛かり、
「今日の目玉商品は、なんとあの幸運をもたらすと言われるケツァールの羽を持つ獣人! 青い尾羽は美しく、その姿は息を飲むほど美しい! 狭い場所で飼えばすぐに弱り、野生でこそのみそのうつ自由の象徴がこの度初めて入荷いたしました! 飼うのも、食べるのも、慈悲深く外へと放すのも落札者の自由。」
しくったか。
「しかもなんと、この度はオスが入荷いたしました!」
「は?」
連れ去られたのは妹と言っていなかったか? 瞬時に過った嫌な予感は、鳥籠の布が剥ぎ取られ確信へと変わる。
狭い鳥籠には青く輝く美しい羽を絨毯のようにして、佇む一羽の鳥がいた。カザリだった。何かされたのか妙に大人しく、睨むように会場を……いや、俺という一点を凝視している。
「阿呆が」
待て待て待て、それはダメだ。それだけは。お前が出品されれば俺の総資産を持ってしても対抗できるか分からない。なんせ鳥の羽は大抵の場合、オスの方が美しいのだから。
布を取られた瞬間、スポットライトに目が眩んだ。それでも俺はまっすぐにコエルの方を向く。
入れられた薬は無理やり翼を出させる薬だったようだ。翼を戻そうにも戻せない。翼を見せた方が商品価値が上がるということらしい。
「まずはとりあえず百万円から始めます! お、いきなり一千万円! これはこれはお得意様ではないですか。お目が高い!」
一千万円を提示したのはコエルではなかった。
「えー、125番の方が一千五百万。刻みますね。おっと、次に82番さんが五千万! いいですね、もっと上はおられませんか?」
早くもコエルに言っていた相場を越えてしまった。
「125番、八千万! おっ、53番さんが一億! 今晩初めての一億が出ました!」
ついに一億を越えた。大丈夫なんだろうかと、コエルのいる方を見やるとそれに気付いたのか定かではないがコエルが札を上げた。
「125番、一億五千万!」
表情はどこか苦々しげになりつつある。そろそろ資産的にヤバいのだろうか。
「お、82番さん、三億! 三億が出ました! これより上を提示される方はおられますか?」
会場の一番奥、コエルの姿が黒い炎のように沸き立つのが遠目に見える。揺らぎが消えたとき、そこには黒豹がいた。
黒豹に姿を変えたコエルが一直線に俺の方へと向かってくる。嫌な予感がした俺は、鳥籠の奥の方へと下がった。コエルは俺のいる鳥籠に突撃して、腕を振るい鳥籠をこじ開けた。
「思ったより脆い鳥籠で良かった」
目の前で金色の瞳が揺れる。
「あんたの力が強すぎるだけでは」
会場には嫌な獣の臭いが籠っていたけれど、いつも嫌いだと思いながら嗅いでいたその臭いは慣れ親しんだ臭いだったから、今はどこか落ち着いた。
「で、だ」
警備員達がやってきて取り囲まれた。皆一様に俺達に銃を突き付けている。
「お行儀の悪い猫ちゃんが紛れ込んでたみたいですね」
レイトニー商会の長兄が緩やかにやってくる。拳銃の安全装置を外す音がした。
「なぁ、飛べるか?」
「馬鹿が!」
俺はコエルの前肢の脇の下に手を入れ、俺は翼を広げて飛んだ。
警備員といつの間にか集まってきたレイトニー商会の面々が俺達を撃ってきた。しかし威嚇のために撃つことはあれど商品を撃つことは無い。それに尾羽は長いから、コエルを守る盾にもなる。
「なぁ、テント破れる!?」
「造作もない!」
コエルが手を振るうと鋭利な爪でテントは紙のように引き裂かれて、夜空と夜の空気が俺たちを迎えた。そのまま高度を上げていくと、テントの明かりが段々と小さくなっていく。
「お前のその綺麗な羽って目立たないか?」
「大丈夫だよ。俺の羽も構造色だから、新月の今ならばただの黒い羽だ」
「ああ、お前の羽がそうだったのか」
「いつも描いてんだから知ってると思ってたけど、あの灯台明るいから知らなくてもおかしくはないか。それより重い!! 早く戻って」
「戻っても体重は変わんねーんだよな」
「持ちやすさは変わるから」
「あー確かに。戻りたいところではあるんだが、服がなぁ」
「あーダメだな」
「どうせこのまま灯台までは無理だろ? 人目につかないところで一回下りようか。お前もその姿のままだと不便だろうし」
「そうだな」
無人島を出て海上を飛び、しばらくしてくると
「この薬どのくらい持つのかな……」
「そう長くは持たんだろ」
「だといいんだけど」
「お前三億もしたんだなー」
「俺、意外と高いみたい。モデルのバイト代上げてくれよ」
「考えとくよ」
「まさか強行突破するとは思わなかったな……」
「即金三億はさすがに無い!! 俺、金はあるけど中金持ちくらいだから……」
「そっか」
「どうにかなったんだからいいだろ!?」
「うん、ありがと。むしろコエルの方がかなりやからしたことになってるけど大丈夫?」
「ああ、うん、多分……名義が一個消えるかもしれないくらいで」
「なんかごめん……」
「いいよ。お前と比べれば安いもんだし」
そんなことを不意に言ってくれるものだから、満更でもない気持ちになってくる。
「なぁ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
改まってコエルが聞く。
「なに?」
「……お前俺のこと苦手なのに、頑なに言わないよな。態度にはちょっと出てるけど」
「今言う!? 正直に言えば本能的に無理だよ。今だって落としてしまいたい」
「落とすなよ?」
「落とさないって。……いや、落とさないように頑張ってる。本来は捕食者なんだから、嫌いなのは仕方ないだろ」
コエルのことは、ネコ科のことは嫌いだった。臭いを嗅ぐだけで本能が警鐘を鳴らし、脳も身体も逃げろと言ってくる。
ただ本能的に苦手ではあるが、この人の温度や掛けられる情などの居心地の良さは正直なところ嫌いではなくて、甘んじて受けてしまいたくはあるのだ。
「嫌いではあるけど、あんた自身のことは嫌いじゃないんだ。だから言わないよ」
「あんまり無理はするなよ」
「あんたはあんたで、俺のこと結構気に入ってるよな」
「そりゃあ、食物だからいい匂いするし? 羽も綺麗だし。描いて残しておきたいくらいには」
結局俺がケツァールという鳥だから気に入ってるんだな、と言うことなのだろう。前から薄々分かっていたことではあった。
「三億円あれば使うのを惜しまないくらいにはお前自身のことを気に入ってる。じゃなきゃあんな博打はうたない」
「金さえあればどれだけでも出したって?」
「金で買えないものだからこそどれだけでも出すんだよ。天敵なのになんだかんだ懐いてくれる奴なんて、可愛いに決まってるだろ? 頼ってくれるのも嬉しいし」
コエルが笑い混じりに言う。
「また何かあってもいいように、三億貯めとくわ」
「もしものときはよろしくな」
青羽は闇夜を撫でるように、風を切って進んでいく。
青夜の灯台守 2121 @kanata2121
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