二話 首鼠両端 其之一

 モミジという王弟殿下は砂糖楓宮さとうかえでのみやという王城の一角にある離宮にて、一人暮らしている。母テンサイは健在なのにどうして一人なのかといえば、彼が母に対して気を使った結果だ。

 テンサイという女はマツバの後添あとぞいであり、祝福の銀眼を持つモミジを産んだ誉れ高い女性でもある。…だが彼女は妻にはなれても、母親になることはできなかった。

 産まれてから意識がはっきりとし、思考力を持っていたモミジは非常に手の掛からない赤子で、そういった姿を不審に不気味に思う者が度々現れた。最初は乳母、次いで世話係の使用人、そしてテンサイだ。

 皆一様に赤子ながら知性の宿る瞳に見つめられると臆してしまい、次第に距離を置くようになった。テンサイも最初は愛する努力をしていたのだが、愛する事に努力が必要な相手なのだと悟った時に、心が変調をきたし身体の方も悪くなってしまった。

 とはいえ相手は祝眼の王子で、捨てる事も殺める事もできない。

 離宮にて距離を置いて生活をしている二人を見兼ねたヒノキが、庇護という名目で離れを用意し、遊び場として、母と離れて生活出来る場として住まわせたのだ。

 転生していることを誰にも告げていないモミジは「俺が産まれた罪か…」と曖昧に笑いながら、テンサイに深々と頭を下げて言葉を発することなく離宮を離れた。

 それから少ししてテンサイの体調は上向き、王城内で顔を合わせれば挨拶する程度の関係を築いている。親子として正しい形と言えないが、お互いにこの形に納得し互いを傷つけずに済むが故、これが最適な関係なのだろう。

 さて、朝日が部屋に差し込むとモミジはゆったりとした動きでまぶたを持ち上げ、天井を見つめながら大きく呼吸をする。

(母さんの夢を見ていた気がするな)

 モミジからすれば愛する母。少しばかりの寂寥感せきりょうかんを覚えるのは確かだが、国王の地位から退いたマツバと仲良くしてくれればそれでいい、と平穏無事な生活を願い、寝台から出て朝の支度を行う。

 髪を手櫛てぐしけずり、衣服を着替えれば離れの封印魔法が解除されたのを感じ取り、のんびりと階段を下っていく。

「おはようございます、モミジ殿下。本日の朝食をお持ちしました」

「ご苦労、机に置いといてくれ」

「承知しました」

「仕事を終わらせてあるから、回収に来るよう伝えてくれ」

「はい」

 離れの入り口に施されている封印魔法は、一定の実力があれば解除できるようになっており、実力の伴った城仕えは入宮が適い掃除や食事と仕事道具の配達を行っている。

 因みにモミジの寝室や私室には、非常に強固な封印魔法が施されている為、余っ程の実力者でなければ部屋への侵入は敵わず、そもそも部外者が離れに近づくのは中々に難しい。

 今朝の献立は、白米、焼き魚、御吸物おすいもの、葉物野菜の酢油すあぶら掛け、梅干し、と落ち着いた食事だ。椅子に腰掛けモミジは箸を手に取り朝餉あさげを食んでいく。

「ミモザに会いに行こうと思うんだが、何時頃が良いと思う?」

「公的な面会でしょうか?」

「いや、ちっとばかし顔出しがてら遊びにいくだけだ」

「なら明日以降であれば問題ないかと。連絡をいれておきましょうか?」

「任せる」

「では明日、ミモザ様とお会いになるということで」

「いや、やっぱ明後日で」

「畏まりました」

 食事を終えたモミジは食器を小さく纏め、片付けを任せては部屋を移る。

(さぁーて今日は何をすっかなー。昨日ぶっつけ本番で使った、『透籠とうろう』は中々に使い勝手が良かったな)

 『透籠』とはモミジが悪徒との戦闘で用いた瞬間移動に近い挙動を出来るようにする魔導具。

 見た目は竹籤たけひご状の金属を編んで作られた紡錘形ぼうすいけいの籠。内部に専用の魔晶を投入し、力強く握りしめることで、短距離をまたたく間に移動できる。移動距離が極く短い為に屋内戦でしか役に立たず、本来であれば使用に多少の訓練を要する魔導具なのだが、モミジは初見で使いこなしてみせた。

(有効距離はせいぜい三間5.5メートルから三間二尺6メートルでそこそこ移動できるが…、三回使ったら魔晶が砕けた馬鹿燃費なのは問題だよな。一回の戦闘であれば三回も使用できりゃお釣りが来るが、毎回毎回補給できるとは限らない。とりあえずで何度か使ってみて、説明書と照らし合わせてみるか)

 透籠を持ったモミジはきゃっきゃと楽しそうに離れの前の庭で、魔導具の使用感を改めて試す。

(魔力調整云々でどうにかなる類いじゃなくて、三回がこの魔晶の限界ってところか。距離もしかり、企業努力を感じられる。……ここまで詰め込んでいるにしては使い手が少なそうなのが謎なんだよな、えぇと……翡翠塔かわせみとう社、……老舗魔導具製造社で堅実な商品、生活基盤系魔導具や魔晶生産が主だった筈、こんなおもしろ商品もやってたんだなぁ)

 魔晶は一〇個/箱で販売されているようで、ヒノキから提供されたのは二箱。先日使用した一個と試しで使った六個で残りは一三個。実用性のある魔導具と魔晶であるため、残り三個を使用して一箱残すことにした。

 この透籠を使用した際の移動には、視点を素に座標認識を行い飛ぶ使用になっているのだが、壁や相手等のいない空間で使用する場合は距離上限まで移動してしまいやや使い悪さが表に出る。かといって視点を落として地面を見ていたのでは、相手に攻略の起点を与えてしまう。

 モミジは彼是考えながら反復練習していれば、残り回数は一回。

 最大距離の半分である一〇尺3メートルを飛ぼうと意識して集中、透籠を強く握りしめたら…四尺120センチ程度しか飛べておらず、完璧に使いこなそうとすると難しい魔導具なのだと悟った。

(兄貴に頼んでもうちっと仕入れてもらおう)


「朝っぱらピュンピュン飛び回ってなにしてるの?」

「サクラか、おはよう」

「おはよ」

「兄貴が包んでくれた魔導具に短距離を瞬間移動するあってさ、それを試してたんだよ」

「しゅんかんいどう…?」

「見てたらなわかるだろ。甲から乙へ瞬きする間もなく移動するんだ」

 甲乙を両手の人差し指で示しては点から点で移動するのだと説明をしてみれば、サクラも合点がいったようで頷く。

「やってみるか?」

「いいの?」

「いいぞ。ただし、説明はしっかりと聞いて、俺の見本もしっかりと見るように。いいな?」

「うん!」

 二つ上のサクラに魔導具の使用法を訓える為、モミジは色々と準備をしていく。子供用の膝当てや肘当て、そして安全帽。一式を侍女に手渡せば手際よく着せていった。

「こんな感じに―――、握りしめると少しの距離を移動する。上を見ちゃうと、高いところに行って危ないから、目は真っ直ぐ前を見ながら握るんだぞ。いいな?」

「大丈夫!」

 サクラは良い子ちゃんで、しっかりとモミジからの言いつけを守って、真っ直ぐ前を見据えながら手に持った透籠を握りしめて瞬間移動を行う。

「わぁ…。本当に少し進んだ…。モミジー、もう一回いい?」

「もう一回しか出来ないし、使っていいよ」

「やった!」

 小さく跳ねたサクラはもう一度、今度はモミジを見つめて透籠を使用し、目に前に移動してから満面の笑顔を見せた。

 年下の叔父と魔法で遊ぶのが楽しいのだろう。

「結構難しい魔導具らしいが、サクラは軽々と使ったな」

「モミジはどうだったの」

「普通に使えたな」

「なら実は簡単なんでしょ。作ってるとことが使用者をおだてようとおべっかしてるのね」

「成る程ね」

(……、多分そんなことは無いはずなのですが…、サクラ様も随分と優秀な才をお持ちなのでしょうか)

 侍女はサクラに感心しながら、二人の遊びを眺める。


「ねえモミジ!私にも魔法を教えてよ!」

「俺が?サクラに?」

「嫌なの?」

「嫌というか、他人に教えられる程の身分じゃないって」

「お父様はモミジのことさいきょうっていったけども」

(それは最強じゃなくて、最凶とか最恐だろうよ)

 モミジが悪徒との戦闘で相手の魔法が不全を起こし、一方的に殴られ伸されていく場面があった。アレは相手側の不調ではなく、彼が相手の魔法陣へ細工を行った結果なのだ。

 『魔法殺し』そう呼ばれるのはモミジが編み上げた封印魔法による産物で、相手の魔法陣が浮かび上がった瞬間に構成を暴き、根幹となる箇所へ封印魔法を施すことで、魔力が行き場をなくして崩壊するという仕組み。

 彼のように簡略魔法や無詠唱魔法を行える相手には効果が無いが、相手に陣を発現させる魔法を躊躇させるだけの圧力が有り、戦闘を行う場合は魔法が主体となる現代では厄介極まりない最となる。

「習った部分をモミジ殿下とおさらいするのは如何でしょうか?」

 侍女の提案にサクラはパッと笑顔を輝かせ、期待が多分に籠もった瞳を向けられれば、モミジもそうそう断りきれない。

 仕方ないという体で溜息を吐き出し。

「お浚いだけだぞ。余計な事を教えて、サクラに悪影響を与えたくないんだ」

「ご安心を、私が内容の監修を行います。サクラ様へ勉強を任されている立場ですので」

 「お前かい」と心の内でツッコミをいれるモミジであった。

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2024年12月20日 01:00
2024年12月21日 01:00
2024年12月22日 01:00

祝眼王弟の変身譚。【封緘の銀】が目指す天下泰平! 野干かん @yakan90

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