一話 封緘の銀 其之三
ジネンジョ区に存在する学びの園、
「よっす博士!」
「おや、コウヨウ君じゃないか。今日は何の用事かな」
二〇代後半程の博士と呼ばれた女性は、モミジをコウヨウと呼び眼鏡を僅かに持ち上げる。
「碌でもない事をしている阿呆がいたから、情報の提供にってね」
「また危険な事をしていたのかい?感心はしないな。学術院に忍び込んで勉学に励んでいることは知っているし、能力も確かだ。それ故に正式に学術院に入院し、確実な成果を積み上げることを私達は楽しみにしているのだよ?」
「そんなヘマはしないし、時が来たら正式に顔を出すさ」
「……。時が来たらねえ、というかコウヨウ君は何歳なんだい?みたところ一六くらいだから、そろそろ入試を受けられるようになると思うのだけども」
「歳は聞きっこなしだぜ」
「そうかい」
「んで情報提供なんだけど、陽前の薄暗い場所で
「向精神性作用、流入経路は?」
「不明。だが、俺の雇い主がとある
「毎度ながら優秀な雇い主だね。…ならば魔晶の取引経路から製造場所は割れそうだけども」
「残念ながら地下施設で如何物の飼育と繁殖を行っていた。貧民や浮浪者を餌にな」
「自給できると」
「そ。んでさ、街の薄暗いところで魔物の繁殖がされてるとなれば、学術院の方で対如何物広域捜索を行える魔法、若しくは魔導具の研究要請が来ると思うから、周囲へ扇いでほしんだ。勿論、
「それは…君の雇い主の意向かい?」
「そんなところ。まあ、他所さんから何も言ってこなかったら、この話はなかったことにしてくれて構わない。こっちでなんとかするから」
「記憶に留めておこうか」
「有り難い」
にしし、っと笑うモミジに、博士は彼に子供っぽさを覚えて、尚更危ないことへ踏み込んでほしくないと思う。
(軍務でも警察でもない独自の組織、この子の雇い主というのは一体全体誰なんだろうね)
「折角来たのだし、お茶でもしていくかい?他の面々もそろそろ戻って来るだろうし」
「あー、いや。今日はさっさと帰る、色々あって長居はできないんだ」
「そうかい。気を付けて帰るようにね」
「おう!じゃなあ博士、皆によろしく」
佩刀した青年は屈託ない笑顔を露わにしながら、部屋を出て忙しなく走っては学術院を後にする。
―――
「以上が顛末と」
「そー。兄貴の方でそれとなく学術院に情報提供するように根回ししといて、…ふあぁ」
長椅子に横たわり肘掛けに足を乗せた行儀の悪いモミジは、少し眠そうに欠伸をしてヒノキへの報告を終えた。
齢七つとは思えない能力と思考力は今に始まったことではなく、祝福の銀眼を持つ者の特性なのだと納得しているヒノキは、疑問も抱かずにモミジから頼まれた根回しを念頭に置き、職務を進めていた手を止める。
「色々とすまんな」
「んぁ?別にいいよ、俺と兄貴の仲だろ。腹違いで瞳の都合上王位を奪いかねない俺を、殺そうとも追い出そうともせず、弟として扱ってくれるし守ってもくれてたろ。モミとイヌマキと違ってさ。……、一生涯王族なのは確定で臣属できないのは厄介だが」
「上手く御せば治世安楽の国を築けるという打算があってのものだがな」
「俺だってそうさ、兄貴に付いていけばある程度の自由は担保されると確信があったんだ」
相互に悪い笑みを浮かべてみるも、互いの顔が面白くモミジとヒノキは吹き出していく。
「魔導具で遊んだり、新しいものを作ったり出来るのは兄貴のお陰だ。これからも宜しくな」
「ふっ、どういたしまして。あー、そうだ。モミジが戴冠式に出なかったことが、
「えー…」
「ミモザの誕生日でいいからさ」
「あぁーミモザの誕生日か、それならいいぜ。大歓迎だ」
「忘れるなよ?」
「忘れないさ、可愛い甥っ子の誕生日なんだから」
よし、とヒノキは手帳に覚え書きを走らせて、モミジの出席を確定させる。
「ミモザも直きに六つかぁ、子供って
「七つでなんでそんな
「へへ」
「だがミモザも六つ。産まれて直ぐは
「そういや、ここ半年は風邪も拗らせてないか」
「ああ、これからは元気に育ってくれることを祈るばかりさ」
くつくつと笑う二人は楽しそうで、腹の違い、歳の違いなど気にすること無い仲の良い兄弟である。
「ふあぁ…、ちと寝るから少ししたら起こして」
「分かったよ」
(忘れ勝ちだがモミジも未だ未だ子供なのだな。…………、龍神の祝福により廃されず、龍神の祝福により母から愛されず、龍神の祝福により子供になりきれず。俺はせめて、モミジの兄であろう)
頭部から伸びる枝角を優しく撫でた後、ヒノキは職務を再開した。
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