一話 封緘の銀 其之二

 モミジの拠点たる離れ『砂糖楓宮さとうかえでのみや』に強面の男性が足を運び、居住まいを正してから扉を三度叩く。

「モミジ殿下、お呼びとのことでヒイラギが参上いたしました」

「今日は鍵が空いてるー、入ってきてくれー」

「畏まりました。失礼します」

 扉を開けては一礼、大きな音を立てないよう扉を閉めて敬礼をした彼はヒイラギ=芯鉄しんてつという陽前軍の軍人だ。階級は上級曹長じょうきゅうそうちょう

「今日呼び出したのは他でもない、俺の仕事である違法魔導具の解体封印作業にて、想定外の代物が紛れ込んでいたことの報告、それとこれが作られたであろう背景を知りたくて陽前軍に連絡をした」

 机に置かれたのは鳥の形状をした金属細工と、やや粗雑に魔法陣が刻み込まれている魔晶。そのどちらにも封印魔法が施されており、目を凝らして見れば僅かに魔法陣が揺らめいている。

「こちらは…?」

向精神性こうせいしんせい反応陣晶はんのうじんしょうと専用の魔導具だ」

「ッ!」

「未だ齢七つの俺に対する気遣いだと思うのだが、この離れに運び込まれる違法魔導具は『何処でどういう使い方をされていて、どうして摘発押収されたのか』なんていう情報は一切入ってこない。然し、こんなもんが市井に出回っているのであれば、俺とて黙っては居られない。今まで親父が治めてきて、これからは兄貴が治めていく、この陽前でこんな違法魔導具が流行っていい理由がない。…情報を寄越せ」

「そちらの回収は我々の隊が行った物ではありませんので、先ずは陽前軍を通していただけなければ、ッ!」

 王城の敷地内という温室で育った子供とは思えない、心の底が凍てつくような視線に、ヒイラギは嘘を付くことが出来なくなり、堪らえようと口を噤んだ。

「…。情報を御耳に入れた場合、御心に留めては」

「ああ、留めておくさ。俺は口外なんてしない、それは保証する」

「…」

「まあ何、葉先を切り刻んだところで効果が薄い事は重々承知しているが、手入れをしなければ大切な花が枯れてしまう。そうは思わないか芯鉄上曹?」


―――


 時が少し遡り半時1時間程前、一〇日程掛けて箱に詰まった違法魔導具の解体封印、魔晶を用いて運用する原理武装の封印作業を終えようとしていたモミジは、箱の奥底の鈍い輝きに視線を向けて手に取る。

(見慣れない違法魔導具だな。鳥形状の魔導具に青紫の魔晶、表面の粗雑な魔法陣は丸々全部擬式ぎしきで)

「『ひらけ瞳の光泉こうせん仙眼鏡せんがんきょう』」

 詠唱を終えるとモミジの右目を起点に魔法陣が浮かび上がり、魔晶の内側に刻まれた魔法陣を読み取り、解体、脳内で再構成、そして結果を理解する。

(精神に作用する魔法陣。精神病や神経症、不眠症に対する治療魔法の一環だったものか。何処にあったか…)

 離れ内を移動し図書保管庫でいくつかの本を手にとって中身を検めていく。

「青紫系、精神作用、擬式が施されていることを考慮すると直接的な医療目的ではない。抑々そもそもが違法品だから向精神性作用のある品物か、成る程ね。『封臥印ふうがいん』」

(二〇年以上も前に副作用の影響から破棄された陣をさらい上げて違法転用、…)


―――


「上官へ相談を行いたいのですが」

報連相ほうれんそうは大事だ」

 モミジに離れの入口を手で指されれば、いつの間にか硬直していたヒイラギの身体に自由が戻り、一礼を行ってから離れを出る。

(詠唱をする素振りはなかったのに身体の自由が奪われていた。それも私に気取られることなく)

 齢七つとは思えない頭抜けた魔法技術に冷や汗を流しながら、連絡の魔導具を手にとって上官へ繋ぐ。

「もしもし、ヒイラギ=芯鉄ですが―――」

 斯々然々かくかくしかじか、モミジの仕事にとある違法魔導具が混入していたこと、それを解析されてしまったことを告げると、魔導具越しにも目頭を抑えて顔をしかめる上官の顔がまじまじと想像でき、余計な言葉を噤み返答を待つ。

『王子殿下に』

「現在は王弟殿下です上官」

『ああ、そうだった。モミジ王弟殿下が芯鉄上曹を呼び出した以上、既に必要な情報の大方は引き出されていると見るのが無難だ。止めたところでところで無意味、情報提供を行う他無いだろう』

「承知しました」

『情報提供を終えてたら不要な詮索はせず、ただちに砂糖楓宮から離れるように』

「はっ」

 魔導具越しに敬礼をしたヒイラギは通信を終えて、踵を返して離れへ踏み込んだ。

「どうだった上級曹長」

「お話しする許可が下りました。仔細、情報提供を行います」

「助かるよ。悪徒をのさばらせては無辜の民に被害がでるのは、気に食わないのでな」

「…。押収した場所はバレイショ区の裏路地で、あまり目立たない大人しそうな青年が販売をしていました。ただそれは末端も末端、何処で作られているかも、大本が誰なのかも分からず、魔導具本体を四個と魔晶を一二個を現物回収しただけです」

「それが綺麗に一式。意図して混ぜていたら…態々上官に伺いたてをしたりしないか」

「完全に此方の落ち度となります」

「責任の所在を追求する予定はないから安心していい。…というか警察局じゃなく、軍務局が主体となっていたのは理由が?」

「…、ここ最近『地下楼ちかろう水蛇みずへび』という犯罪集団が動き回っていまして、それらの調査と捜索に出ていたのです」

(地下楼の水蛇、ねぇ)

(表情を貼り付けていますが知っている口、なんでしょうね…。モミジ殿下は軍務局われわれや警察局でも預かり知らぬ所で手駒を動かしているということですが…、どういった手口で対処しているのでしょうか)

「助かったよ。もう下がってくれて構わないが、他に伝えることの有無は?」

「有りません、私の持ち得た情報は以上です。…それでは失礼しますが、……お気をつけください、モミジ殿下の身に何かあれば国中が悲しみに暮れてしまいます」

「はて、何のことやら。俺はただ、これらを押収した経緯と周辺情報を欲していただけだ」

 くつくつと笑うモミジへ不信感を抱きながら、ヒイラギは足早に離れを後にした。


―――


 数日して。

(地下楼の水蛇、何度か交戦したことがあるが然程厄介とは感じ得ない相手だった。けれども、軍務局が動くだけの相手であれば、その規模は中々のものだろう。……お灸を据えやらないといかんな)

「『封臥印ふうがいん』」

 離れの入口に封印魔法を施したモミジは、二階へと上がっていき窓を開けては周囲に誰もいないことを確認する。

 この砂糖楓宮には、不要な場合には近付いてはならないという暗黙の了解が敷かれていた。理由は簡単でモミジが魔導具で遊んでいたり、新作を作り出しては実験を行っており危険だから。そして、彼の仕事を邪魔しない為だ。

 特に理由もなくやってくるのはサクラくらいなものだが、正面の扉が開かれない限り彼女が離れに入ることはない。そういう約束を父ヒノキとしているからだ。

(やはり動いたか…)

 遠くから望遠鏡で様子を覗っていたのがヒノキ。軍務局から情報が回ってきた辺りで全てを察し、休憩がてら眺めていたのだ。

(まあモミジに首輪なんて付けたところで、杭を引っこ抜いて遊びに出てしまうし、外泊の禁止はしっかりと守ってくれているから良いとしよう)

 国王の地位を付いだヒノキは、無事にモミジが戻ってくることを祈り、職務へと戻っていく。


 何処にでもいそうな小翼竜が小さな翼を羽撃はばたかせて向かったのは、くだんのバレイショ区…ではなくシマツナソ区。人目に付かない路地裏へと着地し、銀の瞳を輝かせては黒髪蒼眼、齢一五ほどの青年へと姿を変えた。服装はやや地味めなのだが、腰には刀をいておりやや浮いた風貌。

 入り組んだ路を一切の迷いなく突き進み、裏町でも人気の多い通りへと出ては道脇の占い師を尋ねた。

「手相占い、頼めるか?」

 机へは代金たる紙幣と、掌が見えるように右手を置けば、占い師の老父は虫眼鏡を手に手相占いを行う。

「最近、悪いことがありましたかね?」

「なんだ、凶相でもでているのか?…悪いことってと、…あーあった、青味がかった鳥を呑み込み、喉をつまらせた蛇が庭に転がってて不気味の何の。しかも親父が育ててた薫衣草くんいそうの近くで、ありゃ悪いことだわ」

「ふむふむ。手相にも出ていますがね、暫くの間は忙しくなるやもしれません。追加の料金が発生しますが、棒札占いなんてのもウチはやっているんですが、如何でしょう?詳しく占えますよ」

「そうだなぁ…、悪いことがあってから『なんで占い師を頼っとかなかったんだ!』なんて叫びたくないし、追加で頼むとしよう」

「ありがとうございます、お客さん」

 差し出された金子を受け取った占い師は、机の下から板状の棒を何枚も取り出しては手の中でかき混ぜ、机へと無造作に落とす。

「…『から馬鈴薯ばれいしょ』『歪な雛』『夕焼けの塔の影』『一二枚の鱗』『腐りかけの大根』、……占った私がいうのもアレなのですがね、宜しいとは言えない結果です。……気休め程度ですがお守りもご用意しているのですが?」

「占い師ってのは他人に不幸を吹き込んでお守りを売りつける商売なのか?」

「不要であれば構わないのですが」

「買うさ買う。これで足りるだろ」

「ええ、十分に御座います」

 占い師は机の下から小さい巾着の首飾りを取り出しては、モミジに手渡して歪な笑顔を露わにした。

「どーも。これで運が良くなるといいんだがなぁ」

「なりますよ、絶対に」

 モミジはお守りを衣嚢に押し込んで、その場を後にする。


(バレイショ区は空で、スズシロ区の時計塔で夕刻に影になる場所。『一二の鱗』はその場の構成員で、『歪な雛』は…なんだ?…まあいいか、お守りの中に地図が…あった)

 占いという形で提供された情報を素にしないと理解できない地図を目に焼き付けては、スズシロ区上空へ飛んでいき場所の割り出しを行う。

 大まかに目星を着けては建物の屋上から階下を眺めていると、モミジの変身している小翼竜よりも更に小さく好奇心の強い翼竜である緋端嘴ひばしが、彼の周りを飛び跳ねる。翼竜種は他の翼竜種を捕食するのだが、天敵とは見た目と様子の異なるモミジを品定めする為に彼らも彼らで情報収集しているのだろう。

 コツン、と緋端嘴を口先で啄くと一度驚いたように距離を置くが、また近寄ってきてモミジの脚を軽く啄いてから脚元で丸くなり日向ぼっこをしていく。竜というより翼の生えた蜥蜴とかげだろうか。

(外からじゃ様子を確かめられないが、アイツが言うのなら確かなんだろう。……他人ひとのことは言えないが、どうやって情報を得てるんだ?事前連絡はしているけども)

 余計な詮索をしない方が自身の為になると意識を改め、バサリバサリと羽撃いては建物を移り、今度は守宮やもりへと姿を変えては隙間から侵入をした。青年の姿になっては上階を探ってみるもこれといって成果はなく、…いやもぬけの殻で順調に階を下っていくと、一つだけ扉に封印が施されておりこれを怪しいと魔法の構成を検める。

(結構気合の入った擬式に、重ね陣まで使っているけど、魔法陣そのものの構造は簡単。となるとこのあたりに…あった、解除された際の通知を行う仕組み、三格級封印魔法ってところか。戦闘時は一応警戒して真っ先に潰さないとな)

 扉に施された魔法を難なく解体し、気配を隠すことなく堂々たる足取りでモミジは先へと向かう。扉の先は階段となっており、薄明かりの下で進めば歓談の声が聞こえてきて。

「誰か来たぞ」「あ?そんな予定ないだろ?」

「どうも、実は道に迷ってしまってな、道案内をお願いできるか?」

「ははっ、迷子だってよ!」

「お笑いだ。封印まで解除してくる迷子が何処にいるんだよ」

 扉を守っていると思しき二人の男、片方は剣を構え、もう片方は短杖を構えて攻撃の準備を整えた。

(ここは地下、水や炎の魔法は使うなよ)

(わかっている)

 刀持ちが前へと迫り出し、杖持ちを護るように陣取っては、魔法の準備が行われた。現代に於ける戦闘の大半は魔法攻撃に拠るもので、近接持ちは精々が露払いと相場が決まっている。

「『大いなる騒乱そうらんの風よ、風颶戴天ふうぐたいてん』!」

(魔法そのものは悪くないけど、使用する場所と相手の練度が宜しくない。制御も疎らな高威力魔法を、地下空間で行うなんて…泡銭で雇われた使い捨ての駒、かな)

 魔法など意に介した風もなく、腰に佩く刀に手を向けるでもなく、ただ佇んでいるモミジへ風の魔法を放とうとした杖持ちは、バチッと静電気が爆ぜるような音を耳にした瞬間に、自身の作り出した魔法陣が崩壊、そして霧散した事に眼を丸くする。

「なにが…―――!まさかお前、魔法殺しの義賊衆か!?」

「なにそれ?」

「空惚けても無駄だ。一年前くらいから姿を見せ始めた、違法魔導具の製造現場に現る、対魔法、対魔導具の専門家集団!そうだろ!?」

(顔をいくつか使い回してたが、そんな集団として認識されてたのか)

「知ったこっちゃねえ。大人しくお縄に掛かってくれ」

 タン、と足音が聞こえたかと思えば、下衣の衣嚢に手を突っ込んだままのモミジが二人の斜め後方へと瞬間移動しており、魔法師の脇腹へ膝蹴りを入れて吹き飛ばし、刀持ちへは足払いを行ってから相手の身体を宙に浮かせ蹴り上げて天井へ叩きつける。

「命は奪わない、洗い浚い吐いてもらわなくちゃ困るんでね」

 扠、扉の外で楽しく賑やかしていれば、奥からは一〇人もの徒党が姿を見せて、有無を言わさず各々武器を構えては攻撃へと移っていく。のだが、魔法はその悉くが不発となり失敗、頭を傾げるも間もなく魔法師を主に刈り取られていった。

「くっそ、魔法殺しか」

(魔法殺しねぇ。…、擬式も組み込まないで単純な式を構成、使用するなんて、こちら側から弄ってくださいって言ってるようなもんだろ)

 魔法師の処理を終えたモミジは、腰に佩く刀の柄に手を置いて迫りくる近接持ちへと刃を振るう。抜刀の一撃、そして刃を返して一撃、計二撃で相手の武器は粉砕されて、相手は怯えの表情を露わに尻餅を突いていた。

 鞘に刀を納め、自身を見上げる悪徒の一人を蹴飛ばして。

「ば、化け物!?」

「そう、化け物。死にたくなかったら大人しく気絶してくれる?」

「なにを――――」

 鞘に納まったままの刀で悪徒をぶん殴り、全員をしては手頃な縄で縛り上げ、床に転がしながら地下室の調査を行う。

(結構な数の在庫がある。木っ端郎党のたむろする仮拠点かと思っていたんだが、…思った以上に大きい。………組み立てなんかはしている形跡はないから、発送拠点みたいな感じか)

 次に繋がりそうな証拠の類いを漁っていき、目星いものは写しを作り上げて懐へ。原本は分かりやすい位置に安置しながら、部屋の奥へ進んでいく。

 すると唸り声めいた息遣いが聞こえ始め、佩刀手を掛けては警戒を露わにしながら躙り進む。

 ガチャンガチャン、ガチャンガチャンと金属に何かで叩くような音が聞こえ、視線を先に向ければ体高二尺60センチ程の鼠が檻で暴れていた。

如何物いかもの?…なるほど、魔晶の取引で足が付かないのは、自前で繁殖させていたからか。製造そのものはしていないが、場所の有効利用で如何物の世話を、よく考えるものだ)

 如何物。八〇〇年程前に大断層と共に現れるようになった、動物とは異なる異形の存在。大断層周辺に多く見られるが、それ以外の場所にも湧いてでてくる特性上、対処が難しく世界中の国々が手を焼いている敵性生物である。

 近づく程に嫌な鉄臭さを感じ取り、明かりを点ければそこいらに人体と思しき部位の数々。餌は龍人、陽前国民であろう。

 そしてこの如何物という存在は体内に多くの魔晶を蓄えており、鉱山からしか得られなかった重要物資の魔晶を、多く手に入れる手段の一つともなっている。

(見たところ裏路地の行き倒れなんかを喰わせていたみたいだが、気に喰わねえ)

 さっさと鼠の如何物を処理し最大限集められる情報を集めてから、拘束してある悪徒の拘束へ封印魔法を適用、強固な拘束へ変え建物を後にする。


―――


「ここであっているのか?」

「“匿名”からの情報ではありますが…」

 一時2時間の時が流れて現場へとやって来た陽前軍のヒイラギらは、正式な武装を着用して建物へと踏み込んでいくのだが、悪徒既に強固な封印魔法で拘束されており肩透かしを食らう。

 証拠物品の押収、集団の連行、部屋の奥で転がる如何物の死骸の後処理。面倒な仕事だけを押し付けられた気分になりつつ、この場を収めた人物の聞き込みを行った。

 結果は、黒髪蒼眼の青年一人。陽前軍でも掴んでいる情報にも同一人物と思しき者が、悪徒の巣を潰したなんて報告が上がっている。

(『魔法殺しの義賊衆』、高位の封印魔法を修めている武装集団。傭兵系冒険者かと思っていたが、それらしき人物が登録している節はなく、こういった現場でしか目撃が上がらない。……モミジ殿下の子飼いと考えれば納得のいくが、どうやって齢七つの少年がそこまで)

芯鉄しんてつ上曹、証拠の回収は終わりました」

「なら向こうの如何物処理に手を貸してやれ、…悪いな汚れ仕事を請け負ってしまって」

「芯鉄上曹のせいではありませんよ。…ただ」

「ただ?」

「何者なんでしょうね、魔法殺しの義賊衆って連中は」

「さあ、上はアレらに対して行動を起こそうとしない。そういう相手に対して私たちは首を突っ込まないのが長生きのコツ、なんて教わったな」

「成る程。私も胸に刻みます」

(そういう私は気になって仕方ないが…)

 ヒイラギらは地下室での任務を遂行し、速やかに撤退していった。

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