Assasin's Greed Shadows
畳は四角、春に稲刈り
プロローグ・天正十年 六月三日
天正十年 六月三日……一人の黒人奴隷が南蛮寺の一室の隅で膝を抱えていた。
「
それは前日の事、記憶はありありと文字通り焼き付いたかのような克明さで思い返せる。
天正十年 六月二日、後世において『本能寺の変』と呼ばれる日本の歴史の分岐点、その現場に彼はいた。
本能寺へ向けて多数の火矢を打ち込まれた際に回る火の手と少ない味方戦力を思い――敗色濃厚と判断した彼は白人宣教師の奴隷から解放され、新たに名前も与えられて一人の人間に戻してくれた織田信長への恩義を忘れて命惜しさに脱出を図ったのだった。
しかし戦国の世を武で治め戦乱に終止符を打ち太平の世にせん、と一大勢力となった織田家のなかでも有力で歴戦の明智軍が謀反の為に決して信長を逃がさず殺す為の布陣である……信長の権威を示すために側に置いていただけの、言ってしまえば珍しいからという理由だけの戦乱の時代基準で武勇に優れていた訳でも無い彼――『弥助』には切り抜けられよう筈がなかった。
「フー! フー!」
追い詰められパニックになった弥助は刀を抜いて振り回した……当時の平均的日本人に比べれば恵まれた六尺二分(約182センチ、戦国時代の男性の平均は155センチ程度とされている)の体躯であった弥助が刀を振り回せばそれなりの圧力が生まれる……が、それだけだ。
当然ながら戦へ向かう振りをしていて謀反を起こした明智軍は戦争用の武装をしている……槍はもちろんのこと弓や火縄銃も当たり前にそこにはあったのだ。
この軍勢を突破するにはそれこそ軍神と称され弾が当たらない程に毘沙門天の加護のある上杉謙信級の戦国の世でも上澄みも上澄みの武勇と運を持つ者でもなければ不可能であった。
「落ち着け、落ち着くのだ、武器を捨て降伏すれば命は奪わぬ」
明智軍兵士にそう促された事で彼は降伏し光秀の前に引っ立てられた。
明智軍本陣で弥助と向かいあった光秀は戦時と平時の違いがあれど印象に違いは……。
「(なんだ? 惟任日向守殿の瞳の奥に虹色の
そんな弥助の困惑を余所に明智軍に敵対した者としての沙汰を降そうと明智光秀は口を開く。
「こ……」
「……殿?」
ただ一文字発した後に光秀は目を閉じ奥歯を歯を噛みしめ、その様子に兵たちは戸惑いを見せる。
「(靄が強まった……いったいこれは!?)」
真っ正面からみていた弥助には光秀がその言葉を発しようとした瞬間に瞳の奥の靄が強まったように感じられ……再び開かれた時には靄は残っていたが弱まっている様に感じられた。
「黒奴は獣ぞ、何も知らず日の本の民でもない、印度のバードレの聖堂に置け(※)」
じっと弥助を見据え沙汰を降し連れ出される弥助を見もせず頭を振る……些事にかまけている時間はない、謀反を起こした以上は信長の首を取らねば自分達に未来はないのだから。
そうして南蛮寺に送られた弥助だが、待っているのは奴隷身分の復活である……当然ながら被征服民の黒人が征服者の白人集団の中で権利など得られるはずもない、今はもう弥助の名もない黒人奴隷の一人である。
「せめて、お館様の為に命をかけて戦えば名は残らずとも織田家の家臣、弥助として誇りを抱いて死ねたのであろうか……」
もしも、等はない……本能寺は燃え落ちその火の中に信長や共に居た森蘭丸らは消えたのだ。
ふらり、と国外に連れ出される前に本能寺跡を見たいと願う為に立ち上がり……宣教師らが寝泊まりする部屋で明かりが付いている事に気づく。
こんな夜更けに一体何を……と興味本位で足音を殺し部屋に近づき……。
『まったく、ブルック・ベノアも知らずとはいえ大胆なうえ面倒な事をしたものです』
『所詮、元は詐欺師の盗人ですからな、十字軍遠征時であれば警戒も少なかろうとサン・ピエトロ大聖堂から宝物を盗み出しシルクロードの先で売り捌けば足はつかぬだろうと考えるとはなんと浅はか、火刑にされてなお足りぬ愚行……』
『とはいえ、至宝は引き合うとされておる……再び我々の手に戻った上におまけまでついてきたのだ、せめて地獄の底におろうと多少の救い有れと祈ってやってもよいですな』
耳を澄ましたことで弥助にはその声の主が分かった……分かったのだが。
「(この声は……デーヴィッド・エビデンソン宣教師と確かトム・アス・ロックリー宣教師、だったか……だがロックリー宣教師はタカ派で天皇陛下のお膝元で布教すれば現地宗教である仏教と軋轢を興しキリスト教の排斥運動に繋がると危惧され九州での布教を任せられていた筈、なぜそんな人物がこんな夜中に密会をしている……?)」
人種が違うので顔を覚えるのは大変だったが、信長から宣教師と会う際に連れられ彼らが連れている黒人奴隷からも人となりや海外の情報を探るように求められていたので努力していた……そのなかでロックリー宣教師は上っ面だけ良い人物と黒人たちからは評判が低い人物として名が挙がっており、記憶に残っていた……。
『ノブナガ・オダも哀れよ――明を植民地にするには流石に祖国から離れすぎておる故に本国から連れてきては上手くはゆくまい』
『ならば近隣の強国を教化して乗っ取って先兵にしたてればよい、さすればこの国と明を我らに差し出してくれよう――そして布教には悲劇と救いが幾らあっても足りぬ故に戦乱を終わらせられては困るのだ』
『いかに志が高かろうと配下まで高潔とはいかぬ、乱世となればなおのこと……至宝の力で唆されれば盟友であろうとコロリと転ぶ、そうして我らは手を汚すことなく計画を進めこの通り至宝も集まる、と……』
『2人の英傑らの悲劇も裏から見れば滑稽劇と――彼らの純朴さに我々も胸を痛め神に祈りたくなったほどですな』
クツクツと笑うその醜悪な悪意に耳にしてしまった謀略に弥助はよろめき音を立ててしまう。
『――誰だ!』
即座に弥助は身を翻し南蛮寺を抜け出した……どこに逃げればいいのか、誰を頼ればよいのかなど考えはない、二条城は既に燃え落ち織田家の戦力はいないだろうし明智家に助けを求めた所で宣教師達の下へ送り返されるのが関の山、盗み聞きした情報が正しければ光秀は宣教師達の策に落ちておりそのまま殺されるかもしれない。
少なくとも京を離れこの事実を誰かに伝えなくては、御屋形様が守ろうとした日本の未来が故郷の様に白人に蹂躙される! ただその一念で走り、走り、走り!
「グッ⁉」
ストン、ストン……と弥助の背中を矢が射貫く。
倒れ伏しそうになる体を無理やり足を踏み出す事で支える、もう倒れてしまえと囁く弱音を更に踏み出す事で置き去りにする。
弥助が一瞬首を後ろに向けると弓を構える者たちが5人程見えた……これなら何とかなる、と意味をなさない叫びをあげて逃走を続ける。
城が燃えるほどの謀反劇、そこで銃声などあれば落ち延びた者らを探して京都一帯に散っている明智軍に立ちどころに包囲され弥助に逃げ切られかねないため銃と比べれば静かな弓で追いかけているのだ……それも真夜中を追いかけながら、少数でという悪条件のおまけつきである。
誇りを持って命を懸ける戦場には戻れない、しかし後悔をせぬよう意地を張って命を懸ける事くらい弥助は覚悟して走っている……しかし、現実は非情である。
「ッ⁉」
肩を射抜かれ、奥歯を砕かん程に嚙み締めた口から息が漏れる。
最初の2本は弥助の単なる不運、しかしその傷は弥助から体力を奪い足を鈍らせ追手が実力で当ててくる距離まで迫っていた。
だから弥助には取れる手段はそう残っていなかった……。
「(日本の八百万の神々よ、異郷の神の使徒の謀略より日の本を守らんが為に我に加護を!)」
鴨川をかかる橋から川へ身を投げたのである……幸か不幸か古来より暴れ川とされた鴨川で更に上流が雨だったのか常より水量が増していた川の流れに弥助の体はあっという間に攫われていく。
『クソ! 追え! 死体で構わん、何としても探し出せ!』
そんな声が川に流されている弥助に聞こえる筈もなく、弥助は遠くへと流されてゆく……。
――――
―――
――
明くる朝、某所の浅瀬に力尽きた大男が流れ着く……背中には矢が刺さっており先日の謀反劇の犠牲者であろう、戦乱の世とはいえ京の都近辺では珍しい……とはいえ暴れ川の鴨川下流、足を踏み外したり川の氾濫に巻き込まれたりという矢のない土座衛門なら決して珍しくもない。
故に誰にも供養されなければ野犬やカラス、あるいは熊の腹にでも収まるのが珍しくもない終わりである。
「叔父様、この者はまだ生きております! あと肌が黒いです!」
しかし、たまたま通りがかった少女が肌が黒い土座衛門に興味を持ち、しかし土座衛門ではなかったのは珍しいだろう。
「京の謀反に肌の黒い鴨川上流からの漂流者、生きとるということは謀反劇の後にこうなったのか……奇貨居くべしとも言ったもんだ、おいお前ら回収してやれ――もしかしたら大当たりかもしれんぞ」
京を遠巻きにしながら情報を探っていた伊賀者に拾われるとなれば更に珍しいだろう。
※村上直二郎「阿蘇会の日本年報」一五八二年十一月五日ルイスフロイスの報告
Assasin's Greed Shadows 畳は四角、春に稲刈り @kameria
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