第06話 泉の中の美少女

 リミアとの旅が始まってから数日後。


 ここ最近は、広い平原に一本道がずっと続いているという殺風景極まりない道中だったのだが……。


「森だな」


「森ですね」


 今まで歩いていた道の先にモリサマー……、ではなく森が出現した。そして、王都への道はその森の中へと続いている。


「この森の中って魔物が多かったりするんでしょうか?」


「そうだな。……今ざっと確認した感じだと、それなりに多いかな」


「えっ、どうやって確認したんですか?」


 おれの言葉にリミアが驚きの声を上げた。


「今のは魔力感知ってやつだよ。この世界の人間や魔物はみんな魔力を有しているから、それを魔力で感知する技術があるんだ」


「そうなんですね、勉強になります。……ちなみに、魔物が多くてもレインさんなら大丈夫ですよね?」


「ああ、余裕余裕」


 たとえ、この森の中で魔物が百体出ようが千体出ようが、おれにとっては散歩のようなものだー。


 おれ達は森の中に入り、歩みを進める。しかし、こうして森の中にいると師匠と暮らしていたあの魔の森を思い出すなあ。


 師匠との暮らしを思い出しながら歩いていると、ときどき魔物が襲ってきたが、その全てをワンパンか手刀で撃退した。


 ちなみに、魔物とおれとの実力差を分からせてやってるだけで殺してはいない。


 拙者は必要がない限り、人間はもちろん魔物でも殺さない不殺の流浪人でござるよ。いや、必要があれば魔物は殺すんだから不殺じゃねえな。人間に関しては不殺だ。


 さて、魔物の相手なんて片手間で余裕だし、またリミアと楽しくおしゃべりに興じよう。


「リミアってなんで魔法学院に入学しようって思ったんだ?」


「……えっと、わたしの住んでいた村ってずっと貧しい暮らしをしているんです。それで、その状況をなんとかしたいと思っていたとき、魔法を覚えて騎士団に入ったりすれば、たくさんお金が稼げるっていう話を聞いて。だから、魔法学院に入りたいんです」


 ………………な、なんて健気で良い子なんだ。あれか、この子は天使、いや、女神なのか?


 それに比べてどこのどいつだ、美少女とイチャイチャしたいとかそんな不純の塊みたいな理由で魔法学院に入りたいとか言ってた馬鹿は! 


 恥を知れ、恥を! そして、この女神の爪の垢を煎じて飲め!


 ………………あ、その馬鹿はおれだったわ。……てへぺろ☆


 そんな地に堕ちているおれに対し、天に立っている光の女神リミア様がなにかを思い出したように「……あ」と言った。


「どうした?」


「理由を話したら、お母さんに魔法学院に入学したいって話をしたときのことを思い出しまして」


「どんなことを話したんだ?」


「えっと、確か……」


 当時の記憶を思い出していたリミアだったが途中でおれの顔を見て、その後なぜかリミアの頬が朱に染まっていった。


「リミア、どうかしたのか?」


「い、いえ、なんでもないです! そ、それより、レインさんはなんで魔法学院に入学しようと思ったんですか!?」


 なにやら妙に慌てたリミアがおれの質問に答えず、それを誤魔化すようにこちらに質問をしてきた。


 というか、この質問はヤバい! ど、ど、ど、どうしよう!? ほ、本当の理由なんて言えるわけがない!


 しかも、あんな素晴らしい理由を聞いたあとでは、青春を謳歌したいという理由でも言いづらい。


 そして、マズイ。なにも答えないおれをリミアが怪訝な顔で見ている。いかん、なにか話さなければ。


「……えーっと、おれの住んでいたのはとある森の中でな」


 とりあえず、リミアの話を真似て、まずはおれの住んでいた場所の話を始めた。


 こうなったら不自然でない会話を続け、その中から理由をごまかす突破口を開くんだ。もうそれしかない……、僕ならできる。


 おれはとある美人のお姉さんに追い詰められた新世界の神になったつもりで、美少女のリミアとの会話を再開する。


「森の中……ですか。……なぜ、そんなところに?」


「……それは分からない。……なぜか、おれは気付いたら森の中にいたんだ」


「えっ!? 気付いたらって……。もしかして、親に捨てられたとかなんですか!?」


「……そ、そうかもしれない……」


「……そんな。ひ、ひどすぎます……」


 リミアはまるで、おれに起こった出来事を自分のことのように怒ってくれていた。


 その姿を見ていると、おれの心は少し痛むがまだ大丈夫だ。一応、今のところ、嘘は言ってないしな。


「……ま、まあ、そのあとすぐに師匠に拾われたからね。だから、全然大丈夫だった」


「良かった……。捨てられたのは辛かったでしょうが、代わりにとてもいい出会いがあったんですね……」


 いい出会い! ……これだ、……これを利用するんだ。


「ああ、師匠との出会いは本当に幸運だった。赤の他人であるおれをここまで育て上げ、さらに魔法など様々なことを教えてくれたからな。そして、おれはそんな大恩ある師匠に恩返しをするために、お金を稼げる人間になりたいんだ」


 よし、リミアの理由を真似て、良い感じの理由をでっち上げることができた。


 さて、リミアの反応やいかに……。


「そうなんですね……。とても素晴らしい理由だと思います……」


 おれの話に感動したのか、目を潤ませたリミアがそう言った。


 ……いやまあ、実際に師匠に恩は感じてるから嘘じゃないんだけど、家事や金稼ぎなどをずっとやっていて恩返しは充分したと思うから、嘘と言えば嘘なんだよな。


 駄目だ、リミアの純粋な瞳を見ているとおれの心が痛い。この痛みは回復魔法では癒やせそうにない。


 *****


 森の中を順調に進んでいると、途中で木が生えていない開けた空間があり、その中央には泉があった。


「わあ……、きれいな泉ですね」


 そんなリミアの感想に対し、おれはつい「お前のほうがきれいだよ」と言いたくなってしまった。


「この泉の水って飲めるんでしょうか?」


「んー、どれどれ? うん、大丈夫だな」


「今のも魔力感知や魔眼で確認したんですか?」


「ああ、そうだよ。ここの水にはかなりの魔力が含まれていて、そういう水は基本的に安全だ。なんなら美味い上に身体にいいまである」


 おれはその言葉を実証してリミアを安心させるために、両手で水をすくって飲んで見せた。


「うん、美味い」


「……本当だ、美味しいです」


 おれに続いて水をすくって飲んだリミアがそう言った。


 最近は道中に水場がなく手持ちの水分が尽きかけていたため、おれ達はこの泉でしばし休憩と水分補給を行い、先に進むことにした。


 まあ、おれの場合、いざとなれば水魔法で水を出せるんだけどな。まだ、大丈夫そうだったし、能力を隠してるからやらなかったけど。


 そして、泉を後にしてから数分後、リミアが疑問を投げかけてきた。


「さっき、泉で休憩していたときは魔物が全然襲って来ませんでしたけど、なぜなんでしょうか?」


「ああ、ちょっと魔力を放って周囲の魔物を威圧しておいたんだ。休憩中に魔物が来ると、落ち着かないと思ってさ」


「そういうことも出来るんですね……。…………ちなみに、あとどれくらいあの泉の近くに魔物が来ないかって分かりますか?」


「そうだなあ……。だいたい、あと二十分から三十分くらいかな」


 その話を聞いて、少し思案していたリミアがやや頬を赤らめながらおずおずと話を切り出してきた。


「……すいません。わたし、さっきの泉に忘れ物をしたみたいで……」


「そうなのか? じゃあ、取りに戻ろう」


「い、いえ、わたし一人で大丈夫です。だから、レインさんはここで待っていてください。すぐに戻りますので」


 そう言って、リミアは泉へと足早に向かった。


 ふむ。なにやらよく分からんが、リミアの言う通りにしておこう。美少女の言うことは可能な限り聞いておきたいしな。


 そう思い、リミアを待ち始めてから十分ほどが経過した。


 魔力感知で泉の辺りに魔物がいないかずっと見張ってるからリミアが安全なのは分かっているんだが、忘れ物にしては遅いな。


 ……! まずいな。泉の近くに魔物が向かっている。それもかなりのスピードだ。


 おれの放った魔力が薄れてきているとは言え、泉に向かってくるとはかなり強い魔物だな。もしかして、この森のボスのような魔物なのかもしれない。


 リミアに危険が迫っていることを察知したおれは、身体強化を発動して全速力でリミアの元へと向かう。そして、一分もかからずに泉へと到着した。


「リミア! ここに魔物が……」


 おれはリミアに向かってそう伝えようとしたが、視界に入ったリミアの姿を見て言葉が止まる。


 おれの言葉を止めたのは、泉の中で水浴びをしていた一糸まとわぬリミアの姿。


 全身は透き通るように白い肌。スラッと伸びた美しい脚に女性らしいくびれた細い腰。そして、そんな細い腰とは対極的に存在感を主張する大きな胸。


 ただでさえ美しい身体が今は水に濡れていて、その艶めかしさをさらに強調していた。


 そんなリミアの姿におれは言葉も思考も目も奪われ、リミアのほうはおれが突然現れたことに驚いたのか、動きが止まる。


 そして、数秒経って状況を理解したリミアが声を上げる。


「きゃあああああ!」


 そう叫び、おれに見られたくないところを両腕で隠そうとしたリミアだが、その大きな胸のほうは片腕では隠しきれていない。


 自身の身体を必死に隠そうとするその姿と、恥ずかしさから真っ赤に染まった顔のせいで、リミアは先ほどとはまた違う妖艶さを放っていた。


「……あの、レインさ――!  レインさん、後ろ!」


 そのリミアの叫びと後ろから迫ってきた足音でようやく思考を取り戻したおれだが、その足音の主に適切な対応をするにはわずかに時間が足らなかった。


 その結果、おれは大型の狼の姿をした魔物に、その鋭い牙と強靭な顎の力を持って激しく噛み付かれた。

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2024年12月18日 18:05 毎日 18:05

魔法学院の異常者 ~転生であらゆる魔法の無力化と模倣が出来るチートを得たので最強ですが、学院で気楽に青春を謳歌します~ アズト @azuto

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