渦をまいた湯葉ののった青皿と小魚たちの踊り場

かいまさや

第一話

 その日、私が目を醒ましたのは、どうやら小さな流動が群体をつくって、私の住まう納屋のトタン屋根の上をぴちぴちと鮮明な足音を立てて、小刻みな曲調リズムにあわせて踊っているためであった。


 しばらくの間、その振動で微弱に揺れてうごく天井を見上げながら、私は薄く延びた蓐に身体をおさめて、自分の腕を枕に、ぼうっとその音に耳を傾けていた。


 次の瞬間、讃頌は一斉にサビを迎えて、高く、低く、はじかれる音色が屋根のうえで懸命に舞踏するギラギラと鱗を煌めかせる小魚たちが、体躯を様様にくねったりして自らの生命を主張しているのを、私は微睡の中で想い描いて、瞳を閉じてみる。


 湿気につもる倦怠感のうちに、私は枕元のラジオのツマミまで手をのばしてそれを捻ると、音程を保った肉声が踊り場の喧騒と混じりあって、いくぶん心地のよい羽音にきこえてくる。その辺りで私の記憶はしばし絶えた。


 —湿って、やけに眩しく照った私の追憶に写ったのは、不自然にも青色の皿に渦をまいてのった生湯葉が、尾をひくように湯気をたてて、食卓にひとつ置かれている奇妙な情景であった。私はその湯葉の味見をしようと手を伸ばしてみたけれど、卓が大きく廻っていって、すっかり手の届かないところまで運ばれてしまった。


 —ラジオから鳴るノイズ音の内で私が意識を醒ました頃には、小魚たちはすでに閉会をすませた様子で、踊りつかれて息を切らした残党たちが、さいごに力なく跳ねると、屋根の傾斜にまかせて滑って軒下に静かに落ちてゆき、砂利をはじくのが私の耳までわずかに届いた。


 次の日から長らく、陽照りの日が続いて、それがまたおさまって木幹で蝉たちがかなりはじめた頃、私はようやっと納屋を出て水くさい外気を味わった。たくさんの小魚の残骸は束の間にすっかり影もかたちもなくなっていた。

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渦をまいた湯葉ののった青皿と小魚たちの踊り場 かいまさや @Name9Ji

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