第3話 揺れる心


@アザー

『やあ、セルフ。

このDMが君を傷つけるとわかっているけれど

言わなければならない。

君のマインが、僕のストレンジャーを壊している』


セルフは訳が分からずそのDMを繰りかえし読んだ。

壊している。壊している。壊している。

言葉が、冷たく脳内で反響する。

セルフの胸が氷でも投げ込まれたように冷たく凍えていく。

マインがストレンジャーを壊している?どういう意味だろう。


(とにかく、詳しく知らなければ)


セルフは、混乱したままアザーに返信を送った。


@セルフ

『どういうこと?』


アザーからの返答はすぐ返って来た。


@アザー

『君が思考を流すたびに、ストレンジャーが僕の意図から離れていく

やっぱりあの時の返事は間違っていた。

僕が描いたストレンジャーは、君の都合のいい恋人になるために存在している訳じゃない』


セルフは言葉を失った。これまで自分がうちよそ交流として楽しんで来たストレンジャーとマインの物語が、脳裏に浮かぶ。


マインとストレンジャーは敵同士だった。しかし何度か邂逅するうち、二人の間には恋心に近いものが芽生え始めていた。


「ストレンジャー、あなたがいてくれて良かった」


マインがストレンジャーの首に抱きついて頬ずりする。


「ああ……俺もだ……」


ストレンジャーがマインの細い髪を梳く。


二人は市街地で依頼をこなしていた。

依頼は、無差別殺人鬼を捕えて欲しいという、主催者が用意したイベントだ。

ストレンジャーに、ターゲットの反撃が襲い掛かる。

マインがストレンジャーの名を叫ぶ。ストレンジャーは、振り返らない。

ストレンジャーは、ターゲットの攻撃をわざと受け止める。

マインが、ターゲットの背後から打ち抜く。


「ストレンジャー!死なないで!」


マインが血塗れのストレンジャーに縋って泣く。

ストレンジャーは、マインの後頭部をそっと撫ぜた。



マインは、赤いドレスを着てパブでストレンジャーを待っていた。

ダンスパーティーのイベントのための衣装だ。

ストレンジャーが現れる。彼は、赤いスーツを身にまとっている。


「似合ってるわ」


マインが、ストレンジャーの胸を指先でつつく。

ストレンジャーが、はにかんだ笑みを見せた。


紡いできた物語、それはアザーにとってもセルフと同じ様に楽しいものだと思っていた。

だが、そうではないと言うのだろうか。

堰を切ったように苦しみと悲しみの感情が湧いてくる。

どうして?今までの交流は、嘘だったのか?上辺だけの交流だったのか?

セルフはふるえる手で精いっぱいの思考を絞り出し、アザーにDMを流した。


@セルフ

『でも……君も一緒に楽しんでいると思ってた』



セルフは、冷静に返信しようと、湧き出る思考を懸命にメタコネクションから除外していた。

アザーもそれがわかっているようで、認識ランプは消えたままだ。

長い沈黙が降りた。その沈黙は、ただの無反応ではなく、二人の断絶そのものを意味しているように、セルフには思えた。

セルフは、アザーとの過去のやりとりを振り返った。

アザーが何度か言っていたこと。ストレンジャーについてのこと。


「ストレンジャーは、他者に執着しないんだ」


「彼は孤高の存在で、孤独を恐れない」


「ストレンジャーは、誰にも媚びない」


「ストレンジャーは、こういうキャラクターなんだ」と、アザーが説明しようとしていたことを、セルフは軽く流してしまっていたことを思い出した。


「分かってるよ」


そう言いながら、セルフは思考に自分の好むマインとストレンジャーの物語を流し続けた。アザーが好むと、好まざるとを考えずに。

もしかしたら、アザーは言い出せなかったのかもしれない。二人の間には、キャラクター解釈の不一致が存在していたのかも知れなかった。

つまり、セルフが考えて、望んでいたストレンジャーと、アザーが考えていたストレンジャーとの間には、隔たりがあったのではないか?

セルフはそれに、半ば気が付いていた。だが、実際には自分の思い描く展開を優先していたのだ。


(興奮しすぎて、先走り過ぎた)


セルフは激しく後悔した。今までこんな事態になったことはなかった。

避けられるトラブルは回避してきたはずだ。自分はわきまえている。そう信じて来た。

けれども、気持ちが暴走することは、往々にしてあることだった。セルフもまた、完璧な人間ではなかったし、個々の他人に対しての感情にはバラつきがあった。

セルフは、アザーの作るストレンジャーを愛しすぎていたのだ。

泉のほとりで、セルフはそっと目を閉じた。

自分が楽しんでいたうちよそは、本当に<共作>だったのだろうか。

自分はアザーのストレンジャーを、都合のいい様に扱っていたのではないか?

その時、ホワイトスプリングスの泉が揺れた。

泉の水面に、ストレンジャーの姿が映り込む。

その姿はかつての威厳を失い、どこか傷づいた様子だった。

セルフは、その姿を見つめて、胸の奥に鋭い痛みを覚えた。心が締め付けられるようだ。


@アザー

『僕のストレンジャーは、君の物語の中で生きるために生まれた訳じゃない』


再び、アザーの思考DMがメタコネクションを通じてセルフの中に響いた。

その声は冷静で、どこか遠くで木霊しているようだった。


@アザー

『すまない。うちよそは、もう続けられない』



その言葉を最後に、アザーの認識ランプが完全に消えた。

絶望が、セルフの脳を覆う。セルフは泉の水面を見つめながら、静かに息を吐いた。


「続けられない……か……」


セルフは初めて、自分がアザーのストレンジャーというキャラクターに対してどれほど無神経だったかを痛感した。

自分の楽しみのために、セルフはアザーの創作を浸食していたのだ。

ホワイトスプリングスの平和な風景の中で、セルフは深い孤独を感じていた。


(何故?)


それの問いは、アザーとの断絶に対してだけでなく、自分自身の創作に対する疑問でもあった。

セルフは、パソコンの前からゆらりと立ち上がると、部屋から出た。

階段を下り、玄関から外へでる。

ブレインインターフェイスはつけっぱなしだった。

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うちよそバウンダリー~FD型SNSでキャラ同士を恋人にしたいんだけど、相手の作者が思ったより本気だった~ アガタ @agtagt

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