第2話 ギルティビースト


 ギルティビーストの世界観サークルにセルフの意識が潜っていく。

セルフは<マイン>を展開した。

マインはギルティビーストの世界における狩人のジョブを持っていた。

世界観サークル世界観サークル内部で職業が固定されていることが非常に多い。

固定されていない場合もあるが、キャラクターのプロフィールが詳細に記されているキャラクターシートには、何もしてないにしても大抵何らかの役割が付されていることが多い。現実のように、キャラクターがホームレスだとしてもそこには理由を付すことができるのだ。

ギルティビーストの舞台トワイライト・タウンの街並みが見えてくる。

黄昏の街は薄暗闇の中いつも霧に覆われており、黒光りする石畳の上にはモンスターが跋扈し、ガーゴイルを象った雨どいが見下ろす巨大な大聖堂の元、煤けたガス燈の明かりを頼りに狩人達がモンスターを狩る。

マインは大聖堂の上、ガーゴイルの隣に立って街を見下ろしていた。

セルフは、その更にはるか高みで、ギルティビーストの世界を俯瞰している。

通りには狩人達が行きかっていて、独りのサイバークラフターが、セルフに対して思考を流して来た。

ビジターと言う名で、ギルティビーストの中でビジターとセルフはうちよそを組んでいた。同じ世界観サークルの中で、サイバークラフターは複数のキャラクターを使って複数のうちよそを組むことが出来た。

セルフもギルティビーストで複数のキャラクターを操っている。

作成済みなのは、今展開しているマインと、イオだった。ビジターのキャラクター、オトロとセルフのキャラクター、イオは恋人同士だった。

ビジターはオトロを既に展開していて、オトロに関しての思考を寄こして来た。

「イオは元気?オトロとイオがキスをする時、彼女達は幸せに包まれるだろうね」

セルフはイオを展開させながら、ビジターに返事をした。

「オトロ!イオはキスをして幸せほ感じると共に、狩人同士の明日をも知れぬ命にふるえてオトロを失いたくないと思うだろうね!」

ビジターの歓びはしゃぐ思考がセルフの中に飛び込んでくる。

それはセルフの中で花開いて、パチパチと弾けながらセルフのシナプスを刺激した。

セルフの中に、満足感が広がり、染みわたっていく。

恋愛交流はやっぱりやめられない。

ビジターが満足して去っていく。セルフはイオの展開を止めて、再びマインに集中した。

マインの肩で切りそろえた黒髪が街の冷たい風に煽られる。

取り出していた銃をホルスターに仕舞う。

マインの赤い瞳が輝いて、ストレンジャーを探し始めた。

ストレンジャーはモンスターのジョブを持つ巨大な異獣だ。

彼は銀色の毛並みを持つ二足歩行の人狼だった。

ストレンジャーはアザーというサイバークラフタ―が作り出したキャラクターだった。

セルフとアザーは、マインとストレンジャーを恋人同士にする物語を紡いでいた。

二人はモンスターと狩人と言う敵対する立場同士で出会い、戦いの中心を通わせて来た。

ストレンジャーとマインを、恋人同士にしたい。

セルフの思いは日に日に膨らんでいった。そして、セルフはアザーに猛烈な思考を送信した。


@セルフ

『こんにちはアザーさん、セルフです。

ストレンジャーさんについて質問です。

ストレンジャーさんは、今、恋人関係を模索しているキャラクターはいますか?

と言うのも、マインがストレンジャーさんに大変お世話になっていますよね。

マインとストレンジャーさんは、今まで沢山の試練を二人で乗り越えてきました。

二人は最高のバディです。

でも私は、マインとストレンジャーさんをもっと確固たる関係にしたいと思うのです。

どうか、マインをストレンジャーさんの恋人にしていただけないでしょうか。

ストレンジャーさんが大好きです。』


ややあって、アザーから返事が来た。


@アザー

『ごめんなさい。考えさせてください。』



セルフは、内心戦々恐々としがら、アザーを気遣うDMを送った。


@セルフ

『まったく問題ありません!

どうかじっくとりお考えいただければと思います。』


数時間後、アザーからの返信にはこう書かれていた。


@アザー

『セルフさん、お申し出嬉しく思い、お受けしようと思います。

将来的な恋人関係を組みましょう!』


セルフは歓喜で爆発しそうな思考を押しとどめて、アザーによろこびの握手を求めた。

アザーがはにかむ様に笑った。

それが、マインとストレンジャー二人の関係のターニングポイントだった。

メタコネクションを通じて、セルフは思考をギルティビーストに流し込んだ。

マインとストレンジャーが、一緒に紅茶を飲んでいるシーン。それはふわふわと漂いながらタイムラインに発現した。

その思考をアザーが感知し、彼の認識ランプが付いた。アザーは何事か思考しているようだが、それはセルフ側には伝わってこなかった。

メタコネクションは思考をたれ流せるツールではあったが、自分と他人の思考が100パーセント筒抜けになることはない。

伝えたくない思考は伝わってこないか、さもなくば【もし、だったら】として思考の後ろにくっくだけで正式な歴史にはならない。

セルフはじっとギルティビーストを俯瞰しながら、アザーからの返事を待った。しばらく待ったが、返事がないので、セルフはギルティビーストから出て、他の世界観サークルへ体を浸しに行くことにした。

マインを残したまま、セルフはギルティビーストから体を引き抜いた。

セルフはきょろきょろと辺りの世界観サークルを物色した。

少し考えて、セルフはホワイトスプリングスの世界観サークルを目指すことにした。

ただ片足だけはギルティビーストに残すことにした。アザーからの返答を待つためだ。

セルフは世界観サークルの間を縫い、ホワイトスプリングスの前までやって来た。

ホワイトスプリングスは、美しく優しい世界観を保ったままそこにあった。

龍と天女の意匠を象ったホワイトスプリングスの門を、セルフはゆっくりと潜る。

しばらく行くと、森と花畑に囲まれた泉が見えて来た。

(ミーティング・プレイゼスを久しぶりに展開させようか?いや、別のキャラクターを出すか)

ぼんやりと世界を俯瞰しながら、セルフはそんなことを考えていた。

行けのほとりには誰もいない。セルフは揺れる水面を見つめながら、ギルティビーストからの返答を待っていた。

しかし、アザーからの反応は無く、静かな沈黙だけが続いていた。

沈黙が、セルフの中に冷たく差し込む。思考無いに入り込んだ沈黙が、セルフの胸に奇妙な焦りを呼び起こす。


「何で、返事くれないの?」


セルフはメタコネクションを通じて、再び短い思考をアザーに送った。


「ストレンジャーは、今何処にいる?」


その問いかけにも返答はなかった。

ホワイトスプリングスの風景が穏やかであればあるほど、ギルティビースト側で何かが壊れかけているような予感がセルフを不安にさせた。

その時、メタコネクションに新しい通知が届いた。

それはアザーからの思考DMだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る