うちよそバウンダリー~FD型SNSでキャラ同士を恋人にしたいんだけど、相手の作者が思ったより本気だった~

アガタ

第1話 人間の頭の中には


 

 人間の頭の中には、一人一人の独自な世界観が存在している。

セルフはパソコンの前に座り、メタコネクションを装着した。

ちらりと日付を確認する。パソコンの立体画面には2155年12月15日と表示されていた。

間髪入れず、メタコネクションが小さな音を立てて起動する。

メタコネクションとは、昨今巷で大人気を博している家庭用ブレインインターフェイスである。

もしかしたら一家に一台はあるかもしれない。そうでなくても、セルフのような人間には今や必需品とも言えるだろう。

セルフのような<創作>をする人間には。

メタコネクションがセルフの思考を読み取って、サイバースペースの扉を開いてくれる。

扉が開かれ、気が付くとセルフは沢山のサークルに囲まれて浮遊していた。

サークルは泉のように点在し、セルフの周りを漂っている。

インフィニット・センス・マジック・サークル、通称ISMC……イズムック……は、無限投影型感覚拡張SNSだ。

そこには様々な世界観サークルが存在する。SNSの参加者は、イズムック内部を回遊し様々なサークルに浸り、その中でうちよそを体験する。

セルフもうちよそに耽溺している一人だ。

うちよそと言う言葉は、元々日本のある小さなコミュニティの共通用語だった。

どう言った内容かと言うと、平たく言えば、自分の創作したキャラクターと他人の創作したキャラクターを、会話させたり、戦わせたり、友情を育ませたり、キャラクター同士を恋させてセックスさせたりする行為を言う。

イズムックでは世界観サークルを共有し同一世界観サークルにキャラクターを住まわせ、その中でうちよその関係を構築することが出来る。

<うちよそ>という言葉が世界的に使われ始めたのはいつ頃のことだったか、セルフは知らない。

随分大昔だと人づてに聞いてはいたが、ただそんなことより、今はうちよそという行為自体が楽しくて仕方なかった。

セルフの様なイズムック利用者はサイバークラフターと呼ばれていた。

セルフがイズムックを利用し始めて、サイバークラフターの一員となったのはだいたい一年前のことだ。

セルフは元来内向きな性格で、小さな頃から絵や文章を作ることが好きだった。

しかしそれはあくまで自分の世界観に留まった行為だった。

ロースクールの時もハイスクールの時も、文章や絵を作っていると言うだけで鼻で笑われたものだ。

だから、いつしか創作していると、他人に明かすことも止めてしまった。

孤独に絵や文章を書き、キャラクターを創作していたセルフにとって、初めて触れたうちよそはまるで麻薬のようだった。

いや、時に麻薬より強い刺激だった。セルフが最初に<脚を浸した>のは、ホワイトスプリングスという世界観サークルだった。

ホワイトスプリングスは、異人と人との婚姻が主題の世界観サークルだった。

その世界は製作者によってごく優しく管理、統治されていた。

ルールは緩く、キャラクターを作るにあたっての許容範囲も違反やちょっとした間違いにも寛容だった。

そこでセルフは、試しにキャラクターを創作し、キャラクターシートにしてホワイトスプリングスに置いてみることにした。

キャラクターの名前は、その時読んでいた<渚にて>に乗っていたT・S・エリオットの詩の一片から取って、ラスト・オブ・ミーティング・プレイゼスと名付けた。

イラストも何枚が描いた。

その時、そのイラストに目を止めて声をかけてくれたのが、シィンだった。

シィンはセルフのイラストをいたく気に入ってくれた様子だった。数日後セルフの元に一通の思考ダイレクトメールが届いた。シィンからだった。

それはこんな内容だった。


@シィン 

『セルフさん、お世話になっております。

セルフさんの描かれるラスト・オブ・ミーティング・プレイゼスちゃん、

とても好きです。

セルフさんのイラストや文章も私は大好きです。

良ければうちのキャラクターのネイブルと恋人関係を組んで欲しいのです。

どうでしょうか?』


セルフは有頂天になって思考DMにキスをし、ハートを付け加えた。

これが世に言う申請DMというものなのか。どう返せばいいだろう。言葉よりも早く、ハートはシィンに届いたようで、シィンは少し恥ずかしそうに大きなハートを返してくれた。

セルフは急いで思考ダイレクトメールをしたためた。


@セルフ

『よろこんで!

こういったお話しをいただくのが初めてでどうお礼を言っていいかわかりませんが

ありがとうございます。

これからよろしくお願いいたします。』


シィンからの返事はすぐ飛んできた。


@シィン

『ありがとうございます!』


セルフはドキドキしながらミーティング・プレイゼスのことをタイムラインに流してみた。

ミーティング・プレイゼスの性格や、好きなもの、今いる場所、様々なセルフの思考が情報となってシィンに伝わる。

シィンがその情報を読み取って、今度はネイブルがどうしているか返してくれた。


「ネイブルは、ミーティング・プレイゼスちゃんをずっと影から見守って、独占し続けています」


セルフは喜色満面でその思考の断片を保存した。後でDMと一緒に画像データにしてとっておこう。

それからセルフの日常は変わった。寝ても覚めてもうちよそのことが頭から離れてくれないのだ。

一度関係を組むと、そのことを考えるだけで心の底から悦びが湧いてくる。

セルフはイラストを狂ったように描いた。セルフの描いたイラストは、イズムック内で展開され、実際の風景のようにシィンを包む。

シィンはそれを見て感嘆する。

シィンの関心した思考が流れて来て、セルフは満足のため息をついた。灰色だった世界が色づき、まるで自分が受け入れられたようにすら感じる。


(恋愛うちよそをするとこんな気分になるのか)


勿論うちよそは恋だけが重要な楽しみになるのではない。だが、サイバークラフターにとって特に恋の部分は大きなウェイトを占めていて、セルフもそれを経験した今、病みつきになってしまったと言わざるを得ない。

だが、セルフはわきまえていた。

心の何処かで、暴走する自分を留めるおくゆかしさを持っていた。

そのおかげで、セルフは道を踏み外すことは無かった。

つまり、あまりに没頭し熱中しすぎることが、良くないことだとセルフは解っていたのだ。

だからセルフは、気を紛らわすために他の世界観サークルにも足を浸すことにした。

それから、セルフは様々な世界観サークルを渡り歩いて回った。

軍隊の兵士になって戦うミニタリーの世界観サークル

巨大ロボットを操る少年少女の世界観サークル

聖職者と悪魔の世界観サークル

学校でただ暮らすだけの世界観サークル

……それぞれの世界観サークルは、企業主体のものもあれば、個人が運営しているものまでさまざまだった。

セルフはその中で、新たにシィン以外とのうちよそを獲得していった。シィンに対する強烈な<うちよそ相手>という感情は、次第に薄れて言った。

うちよそは節度を持って組むもの。

そのことはうちよそ初心者のセルフにとっても暗黙の了解だった。

セルフにも、そしてシィンも現実の生活があった。

それを侵してうちよそに没頭してしまうことは、相手に対しても負担になる。

うちよそに没頭しすぎないことは、サイバークラフターたちの間でマナーの一つと目されていた。

うちよそには、このように暗黙のルールが沢山存在している。

それを守れなければ、うちよそは破綻して行く。

幸運にも、セルフは、それを思考の流れから良く察知することが出来ていたのだ。

時折度を越してしまう者もいるが、セルフの場合シィンの持つ他人との一定の距離感にも助けられて、それを回避することができていた。

イズムック内では、今日も様々な世界観サークルが広がっている。

イズムックの内部を泳ぎ、セルフはある世界観サークルに近づいた。

サークルに近づくと、その概要が浮かび上がる。

ゴシック、人狼、ヴァンパイヤ、バディ。

概要の様々な内容がセルフの周りにたち現れ、セルフはそれに触れた。

ギルティビーストと書かれた門が、セルフを歓迎する。

セルフは世界観サークルの一つ、ギルティビーストにダイブした。

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