お菓子の塔の破滅

ちびまるフォイ

お菓子の塔だらけの世界

その日、窓から見える景色に塔が加わった。


「なんじゃありゃ……」


クッキーやらグミやらウエハースやら。

そんなものがミルフィーユの層になっている。


空に向かってまっすぐ伸びたお菓子の塔が現れていた。


塔の根本に向かうとすでに多くの人だかり。


「この塔、いつからここに?」


「さあわからん。急に現れたんだ。

 ひとつ言えることは……」


「なんです?」


「死ぬほどうまい」


声をかけた人はお菓子の塔に抱きつくように壁面にへばりついた。

顔いっぱいをチョコの層に押し付けて食べていた。

くっきりとデスマスクのように顔の跡がつく。


「お、俺も!」

「私も!」

「わしもじゃ!」


老若男女が塔にとびつき、壁面は人間でいっぱいになった。

しかしその顔は誰もが幸福そのもの。


幸せそうにお菓子の塔にへばりついて、

その顔をお菓子まみれにしていた。


「そんなに……美味しいのか……」


ごくり。

生唾を飲む音が自分でも聞こえる。


まるでダムが崩壊するようにみんな塔にかけだし、

その体をむしゃむしゃと虫のように食べる。


自分もこの樹液に群がるような集団にまざりたい。

そう思ったがそれを良しとしないのは潔癖症のしばりがある。


こんな誰かもわからない人間が食い散らかした周辺を食べるなんて。


「食べたいけど……食べたくない」


体はすでにお菓子の塔に引き寄せられている。

潔癖症がそれを押し留めていた。


そうこうしているうちにますますお菓子の塔に突っ込む人は増え、

地面に近い層は人間の壁ができあがった。


「どけよ! 俺の食べる場所がないだろう!?」

「なによ! そっちこそゆずりなさいよ!」


低階層ではお菓子のエリアをめぐってケンカも始まる。


後続のひとたちは塔にへばりつく人間を足場に、

より上層へと向かっては手つかずのエリアに顔をうずめる。


「ああ、おいしい。ここはまだ誰もいない。

 この層は俺だけのものだ!」


それに気づいた人たちは低階層で争っている場合ではない。

自分がひとりじめできるエリアを取るため、より塔を登っていく。


「ま、まずい! このままじゃ俺の食べる場所がなくなる!」


ここまで追い詰められてやっと体は動き出した。


他の人間がわずかでも触った部分は食べたくない。

けれど塔を食い進めている人は移動をはじめている。


遅れるほど手つかずのエリアは少なくなるだろう。


お菓子の塔にしがみつくと、へばりつく人間を踏みつけて上を目指す。


「ここはだめだ。もっと上へ……」

「ここもすでに食べたあとがある。もっと上に」


まだ誰も到達していない場所を探しては上層を目指す。

徐々に空気が薄くなり、気温も下がっていく。


お菓子の塔を登っていた人たちも諦めて、

自分の心地よい場所を見つけては登頂を断念する。


しかし自分はまだ諦めない。


「まだだ……まだ手つかずの場所があるはずだ……!」


目指すは塔の頂点。


ここまで登ってきてわかったことは、

塔の高い部分ほどお菓子の糖度もあがって美味しいということ。


それなら一番上はどれだけ美味しいことか。


手つかずにして一番美味しいであろう部分。

そこを目指してひたすらに塔を昇る。


夜になれば体をロープで塔に縛り付けて眠る。

食事はお菓子の塔を食べながら進んでいく。


雨水を途中で補給しながら、上へ上へ。


そしてついに見つけた。



「ああ! あれが塔のトップだ!」



雲を抜けた先に塔の一番上が見えた。

ついに登りきったのだろう。


塔の頂点にあがる。もうお腹はぺこぺこだ。


「いただきまーー……す!?」


たけり狂っていた食欲がいっきに引っ込んだ。

それもそのはず。


塔の最上層には人間の顔があった。


「うう……」


「ひい! しゃべった!!」


お菓子の塔の人間はうっすらと目をあけた。


「あなた……ここまでこれたんですか……」


「え、ええ」


「お願いがあります。私を食べきってください。

 このお菓子の塔は呪われているのです」


「呪い?」


「かつて私はこのお菓子の塔のわずかを食べました。

 それから体はこんな風になったんです」


「そ、それじゃお菓子を今食べている人は!?」


「やがてお菓子の塔となるでしょう。

 これ以上被害者を増やさないためにも

 はやく私を食べきって、そして食べた人間も消してください」


「そんなのは無理だ! だってもうふもとは……」


すでに人間であふれかえっている。

彼らが被害者になるなら今も増え続けることになる。


「ならせめて火を放ってください!」


「そんなことできるわけ……」


そのときだった。

塔が風あおられてグラグラと揺さぶられる。

今までこんなことはなかった。


「な、なんだぁ!?」


下を見る。

塔の根本には押し寄せていた人が、

押し合いへし合いで足元を食い進めている。


食いやすい根本ばかりを食べたことで、

塔は土台をうしないバランスが傾いてしまった。


「まずい! 倒れる!!」


塔はバランスを崩し、ついに横に倒れようとする。

それでもお菓子を食べるのに夢中の人間は塔から離れない。


「うわあああーーー!」


塔は住宅を押しつぶし、山を縦断するように倒れた。

倒れた衝撃でつかまっていた人は吹き飛ばされ、

お菓子の塔自身もこなごなに四散した。


塔の最上層にあった顔も割れてしまった。


「これで……これで良かったんです……。

 私が消えればもう……お菓子の塔は現れない……」


そう言うと、お菓子の塔は目を閉じた。


「これで終わりか……」


結局食べられずじまいだった。


それでもこれ以上の被害者を出さないために

これでよかったのかもしれない。


そう思って振り返った。

振り返ると気味悪い光景が広がった。


粉々に四散したお菓子のカスを、

四つん這いになった人間が必死の形相で食べていた。


「や、やめろ! もう食べるんじゃない!」


そう言っても、甘美なお菓子には勝てない。

地面にうごめくそいつらはお菓子のカスを喜んで食べ続けていた。


「うわ、ああ……か、体が……!」


広範囲に散ったお菓子のカス。

それらをひとくちでも食べた人間に変化が訪れる。


体の内側が破裂するように大きくなり、

あらゆる場所でお菓子の塔が次々に誕生した。


やがてこの世界から人間が消えることとなる。

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