語り部の医師 ~病が教える癒しの物語~
まさか からだ
第1話 病気の語り部
その世界では、病気は単なる災厄ではなかった。高熱や痛み、咳や倦怠感といった症状は、何かを告げる「声」として存在していた。病気は人々にメッセージを送り、体と心のバランスを取り戻す手助けをする語り部だった。それは、長い歴史の中で人々が忘れかけていた「共に生きる知恵」を思い出させる存在でもあった。
だが、誰もがその声を聞き取れるわけではない。病気が伝えようとする言葉は、痛みや苦しみに隠されており、それを紐解ける者は限られていた。その希少な能力を持つのが「語り部の医師」だった。彼らは病の囁きに耳を傾け、その奥に隠されたメッセージを患者に伝える役割を担っていた。
医師・真波(マナミ)は、その語り部の医師の一人だった。幼い頃から感じていた特別な感覚──体の不調や心の揺らぎが「声」として聞こえるような、不思議な能力があった。最初はそれが何を意味するのか分からなかった。周囲には「変わり者」と言われ、自分自身でもその力を持て余していた。しかし、成長するにつれて彼女はその能力が持つ意味を理解し始める。
ある日、マナミの目の前に、一人の老人が現れた。白い髭を蓄えた彼の名は、語り部の医師として名を馳せた恩田博士だった。彼はマナミの能力を見抜き、「君の力は、ただの天賦の才ではない。それは、世界を癒す鍵だ」と語った。彼女は恩田博士の導きで語り部の医師としての訓練を受け、正式にその役割を担うこととなった。
この世界において、病気の声は一人ひとり異なる。ある患者にとって病は「休息を求める訴え」であり、また別の患者にとっては「心の叫び」だった。肉体と精神がつながり、互いに影響し合うこの世界では、体調不良は心の歪みを反映する鏡であり、心の苦しみは体に現れる影だった。
マナミの初めての患者は、若い女性だった。彼女は激しい頭痛に苦しみ、医師たちもその原因を見つけられなかった。マナミがその女性の声に耳を傾けると、頭痛は「罪悪感」を象徴していると感じ取った。患者が語ったのは、家族に対する過去の後悔だった。それを共有し、受け止めることで、患者の頭痛は少しずつ和らいでいった。
「病気は敵ではなく、私たちの一部なのだ」と、マナミはそのとき初めて実感した。病気の語りかける声を無視せず、その意味を受け入れること。それが患者と病気の「共存」への第一歩だった。
しかし、マナミの前に立ちはだかるのは、病気そのものだけではない。病を敵視し、すぐに排除しようとする現代の医療思想が根強く存在していた。病気を薬や手術で単純に取り除こうとするその考え方に、マナミの方法はしばしば「非科学的」と批判された。
それでも、彼女は信念を曲げなかった。マナミは知っていたのだ。病気の声に耳を傾け、患者自身がそのメッセージを理解することこそが、真の癒しにつながることを。
「語り部の医師」という存在は、人々にとって希望の灯火でもあり、不安の種でもあった。その力がどこまで通用するのか、誰もが半信半疑だったからだ。それでも、マナミは患者一人ひとりに向き合い、彼らと共に病の声を紐解き続けた。その道は決して平坦ではなく、時に患者の苦しみを背負う重責に押しつぶされそうになることもあった。それでも彼女は立ち上がり、進み続けた。
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