002 自己紹介

「えー、新入社員も来たことですし、期初ミーティングを開始します」


 中川の声が会議室に響く。室内には、我らが新規企画グループの面々が勢ぞろいしている。


 その中には当然ながら、小宮山真琴も座っていた。

 その事実を、今でも私は受け止められていない。


「じゃあ、順番に自己紹介しましょうか。僕は中川賢なかがわさとしといいます。会社員になって10年目で、このグループには4年います。この中では一番の古株ですね」


 会議室は、6人掛けのテーブルと安っぽいプラスチックの椅子、拭いても消えないインクの跡がついている年代物のホワイトボードがあるだけの質素な部屋であり、備え付けのペンは4割の確率でインクが出ない。


 ろくな防音機能もないため、中での会話は外に筒抜けである。


「あ、黒崎昇くろさきのぼるです。今7年目です。営業店を二つ回ってここに着任しました。主に非対面融資の商品企画を担当しています。よろしくお願いします」


 そんなヨレヨレの会議室に国民的アイドルがいる。そのミスマッチっぷりたるや。間違い探しだったら最初に見つかる「あんま馬鹿にすんなよ?」枠の間違いである。

 もちろん、その場合間違っているのは会議室側であり、まこぴーが間違っているなんてことがあるはずがない。


能美 奏のうみかなでです! 今年6年目です。グループに私しか女性がいなかったので、来てくれてとても嬉しいです! このグループでは一番新人なので、分からないことがまだまだ沢山ありますが、一緒に勉強していきましょう!」


 発しているオーラがあまりにも清らかすぎる。まとう気品を吸い込むだけで自らの体内が浄化されていく気配がするので、いつもより息を深く吸っている。吐くのがもったいないので、そろそろ苦しい。だが、彼女のために耐える苦しさはむしろ喜びである。


「……赤坂さん?」


 見ているだけで吸い込まれそうだ。顔立ちも整いすぎていて、生き物という感じがしない。もう、めちゃくちゃ精巧な芸術品のようである。言語化できない輝きを常に放っているあたり、もしかしたらプラチナとのハーフとかなのかもしれない。


 あ、今まばたきした。めっちゃかわいい。


「赤坂さん? あなたの番ですよ!」

「はっ!」


 能美の一言で、私は我に返った。


「どうしたんですか? ぼーっとして」

「……私はどうやら夢でも見ているようだ」

「お疲れなんですか?」


 心配そうに私を見つめる能美。純真なまなざしに、私は自分の穢れた心を恥じた。


 何をやっているんだ私は。今は業務中であり、私はこのグループのリーダーである。

 ここは一つ、気合を入れ直さなければ!


「すまん能美さん。俺を殴ってくれ。目を覚ましたい」

「はっ!! 」

「えぶっふぉぁ!!」


 ノータイムで繰り出された能美の正拳突きが、私の鳩尾を貫いた。

 聞いたことのない奇妙な音を口から噴き出しながら、私はその場に崩れ落ちた。


「……普通、顔か背中に平手打ちとかじゃない?」

「業務命令なんで全力で行きました!」


 黒崎と能美の会話が頭上から聞こえてくる。


 私は起こしてくれって言ったんだ。

 息の根を止めろなんて言ってない。


「で、そこに転がってるのが赤坂さん。このグループのリーダーです。残念ながら」


 何が残念ながらだ、と返したかったが声が出ない。

 おのれ黒崎。許すまじ。


「という感じで、にぎやかなグループです。詳しい仕事はおいおい伝えていきますが、まずはこの雰囲気と社会人生活に慣れてもらえれば嬉しいです」

「はい。よろしくお願いします」


 目の前の大惨事にも中川は動じず、いつも通りの穏やかな声で言った。

 返事をする小宮山も、声色に変化はない。私の醜態を見てもそれほど気にしていないようである。


「じゃあ、そろそろ業務に戻りましょうか。小宮山さんはこれから新入社員研修かな?」

「はい。別棟の講堂集合です」

「うん。遅れないように行っておいで」

「わかりました。失礼します」


 中川と軽くこの後の流れを確認し、小宮山が会議室を出ていこうとする。


 いかん。このままでは私の第一印象は「年下の女性にワンパン食らって悶絶している中年男性」だ。関係性の修復は絶望的とみえる。もはや仕事どころではない。


「ああ、そうだ! 小宮山さん! 今日の夜って時間あるかな? せっかくだから歓迎会とかしようと思ってるんだけど……」


 能美が彼女を呼び止めた。


 ナイスだ能美! 歓迎会の場を開けば、なんとかこのワーストインプレッションを挽回できるチャンスがあるかもしれない!


 いや、それ以前に、まこぴーとお酒が飲めるって、何それ天国?


 期待にみるみる胸を膨らませる私であったが、彼女の返事はひどくあっさりしたものだった。


「ごめんなさい。そういうの私は大丈夫です」


 それだけ言うと、軽く会釈して小宮山は会議室から出て行った。


 静まり返った部屋の中、私は機能不全の肺臓から必死に空気を絞り出した。


「これが……Z世代、か……」

「絞り出して言うことがそれですか」


 黒崎の冷たいセリフを合図に、部下たちは、私を会議室に放置して、粛々と業務に戻っていったのだった。







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