第5話 バイト先にて その1
金曜日の午後。授業を終えると、僕は急いで家へ戻った。
制服を脱ぎ、鏡の前で髪を整える。普段は気にも留めない前髪を軽くセットし、メガネを外してコンタクトに替える。鏡に映る「俺モード」の自分が、まるで別人のように見える。
(このイケメンも俺……。)
学校では絶対に見せない姿。だが、この「俺モード」がなければ、バイト先での自分は存在し得ない。
「よし……行くか。」
軽く息を吐き、家を出る。
バイト先のカフェは、住宅街の一角にひっそりと佇む小さな店だ。
白い外壁に木製の看板が掛けられ、落ち着いた雰囲気が漂っている。店内には常連客が多く、ここでの時間はどこかゆったりと流れている。
店に入ると、カウンターの奥でマスターがコーヒー豆を丁寧に量っていた。
「おっ、悠真くん。今日もよろしく頼むよ。」
品のある老紳士――マスターは、この店の雰囲気そのものだ。その落ち着きと洗練された振る舞いは、若い僕にとって少し憧れすら感じさせる。
「はい、よろしくお願いします。」
軽く頭を下げ、エプロンを手に取る。このエプロンを身につけると、自然と「俺モード」のスイッチが入る気がする。
「先輩、お疲れ様です!」
明るい声が耳に届き、振り向くと、バイト仲間の藤崎麻衣が立っていた。
小柄で元気な高校1年生。彼女の笑顔は、店全体の空気を和ませる不思議な力がある。
「お疲れ、麻衣。」
「先輩、今日もイケメンですね!学校でも絶対モテモテでしょ?」
僕は苦笑しながら言葉を返す。
「いやいや、そんなことないよ。」
(学校のことは、彼女には知られたくない。)
そう思いつつ、麻衣の目に映る「俺モード」の自分が、本当の自分ではないことに胸の奥がざわつく。
「麻衣こそ、可愛いんだからモテるんじゃないか?」
「えっ、か、可愛いって……不意打ちすぎます!」
彼女は頬を赤く染めながら、慌てた様子で手を振る。その仕草が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
カウンターでの準備が進む中、麻衣がふいに話しかけてきた。
「先輩って、学校の話とか全然しないですよね。」
「そうかな? 別に話すことがないだけだよ。」
「えー、絶対なんかあるでしょ? 先輩みたいにカッコいい人なら、学校でも注目されてそうなのに。」
一瞬、胸がぎゅっと締め付けられる。
(学校では「僕」として地味に振る舞っている自分を、彼女が知ったらどう思うだろう。)
「麻衣はどうなんだ? 学校では友達多いんだろ?」
「まぁ、それなりに……でも、深い話ができる友達は少ないかも。」
麻衣は少しだけ視線を伏せた。その仕草に、彼女の明るい笑顔の裏に隠された孤独を垣間見た気がする。
「ここでの時間が楽しいから、大丈夫ですけどね!」
彼女は再び笑顔を浮かべる。その笑顔は眩しいけれど、どこか無理をしているようにも見えた。
「先輩って、好きな人とかいるんですか?」
不意に麻衣が投げかけた質問に、一瞬頭が真っ白になる。
「え?」
「いや、だって先輩みたいにカッコいい人なら絶対いるでしょ?」
「いないよ、そんなの。」
反射的に答えた瞬間、頭に浮かんだのは橘美咲の姿だった。
彼女のまっすぐな瞳、告白された時の驚き――それが鮮明に蘇る。
(なんで今、橘美咲のことを思い出したんだ?)
麻衣は僕の返答に少しだけ不満げな表情を浮かべた後、笑顔で準備に戻る。その背中には、どこか寂しさが漂っていた。
「悠真くん、そろそろ休憩を取るといいよ。」
マスターの声に、僕はカウンターから離れ、店の裏手にある休憩スペースへ向かう。ベンチに腰を下ろし、ゆっくりと深呼吸をする。
(俺は……何をしてるんだろう。)
「俺モード」の自分と、学校での「僕」としての自分。そのギャップに戸惑いながらも、どちらが本当の自分なのかを見失いそうになる。
「お客さんが笑顔になると、君も嬉しいだろう?」
不意に背後からマスターの声が聞こえた。
「あ、はい……そうですね。」
「君がどう感じるかが重要なんだよ。誰に見せる姿でも、本当の君でいることがね。」
マスターの言葉にハッとする。僕が彼に返すべき答えはまだわからない。
店内に戻ると、麻衣が明るい声で常連客に挨拶をしているのが見えた。その姿を眺めながら、僕は自分にできることを静かに考え始めていた。
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今回もお読みいただきありがとうございます!✨
新しいヒロインがついに登場します!えっ、四天王の一人かと思いました?残念、まずは後輩キャラです!🎉「せんぱ〜い」なんて甘い声で呼ばれたら、ドキドキしちゃいますよね。年齢関係なく、この言葉には不思議な魔力がある気がします(笑)。
今回の後輩キャラが物語にどんな風を吹き込むのか、ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです!感想や応援コメントもお待ちしています!💖
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ボッチの僕、イケメンの俺 リディア @tm_xyz
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