恋文《ラブレター》

田無 竜

本編

 下駄箱を開けると、そこには俺の上履きがあるだけのはずで、他には何もない小さな領域のはずで、俺しか踏み入ることはない専用の空間のはずだった…………のに。


「……何だコイツァ……?」


 俺がそう呟くと、隣にいたクラスメイトのが覗き込んで来る。


「うわ。何それ。ゴミ? いじめか? この平和な自称進学校で、とうとういじめが勃発したか?」

「……にしちゃあ整ってやがる……。見ろ。まるで手紙みてェだ……」

「いや手紙だろ、どう見ても。冗談の通じねェ奴だな」

「決闘罪ニ関スル件に違反しちまうぜ……」

「果たし状なのか?」

「はて」

「見ろよまず」


 言われて俺は、スパッと手紙の封を切る。

 そして、ビシッと中の紙を取った。

 そんで、バサッと開いて内容を確認する。


「……『ずっと貴方のことを想っていました。今日の放課後、焼却炉跡地で待っています』……」


 ……ふむ。これは?


「……果たし状だな」


 多々良は真剣な表情で勘違いしているようだ。


「いやラブレターだろ」

「果たし状だ。捕まえろコイツ」

「捕まえる……かッ!」

「待てッ! 私人逮捕じゃねェ! 警察だッ!」

「既に俺は捕まえられたぜッ! 俺の心はなァッ!」

「待ちやがれッ! てめェだけ……許されると思ってんのかッ!? 応じるなッ!」

「共に乗り越えてやるよ……俺を想ってくれるコイツとなッ!」

「だったら俺を倒していけッ! 俺がてめェを止めてやるァァァァァァァ!」


     *


放課後 焼却炉跡地


 数十年前に使われなくなった焼却炉は、今も取り壊されずに残っている。

 その前で、俺は件の差出人を待つことにした。

 多々良よ、お前の血肉は俺の構成要素として未来に運んでやる。


「……クソッ。多々良の奴……本気で殴るなよなぁ。嫉妬しやがって……女々しいなまったく」


 さあ、どんな子が俺にラブレターをくれたのかな?

 この際容姿にはこだわるまい。俺を愛した貴方を、俺は愛そう。


 ……苦節十六年。彼女なんて一度も出来たことがなかった。

 『モテる』という言葉が、俺の辞書には存在しなかった。

 『女』ってなんだ? 『恋愛』ってなんだ? 

 分からなかったことが、これから分かっていくことになるのかもしれない。

 教えてくれよマイレディ! 何も知らない赤子の俺を……大人に進化させてくれ!



 カチャ



 現れた。

 差出人かな? 女の子だ。

 時間きっかり、真面目な子じゃねェの。


「……死ね」


 ……ん? 

 何だ、その手に握っている物は。

 『カチャ』って言ったな。

 『カチャ』って何だ。

 …………銃?



 パンッ



「うおおおおおいッ!?」


 撃ってきやがった!? このご時世に銃刀法違反!? 野郎……決闘罪ニ関スル件だけじゃ飽き足らずッ! 殺人未遂に殺人予備罪ッ!?


「避けた……!?」

「ってか告白は!? マジに果たし状なの!?」

「……? 愛するということは、殺意を抱くということ。ここに来てくれたということは、貴方は私の愛を受け入れてくれるはずじゃ……」

「おっとぉ。やるねェ。愛ってのは押し付け合い。良い塩梅を探ろうじゃねェか! 俺とお前の二人でなッ!」

「死ねッ!」


 問答無用で撃ってきやがる。俺は避けるので精一杯。当たったら死ぬな。でも死にたくねェ。

 だって俺は、まだ女の子と手を繋いだことすらないんだ……ッ!


「待てッ! 待て待て待てよッ! なァ待てッ! 冷静になろう! 俺はまだ……出してないッ!」

「出してない……? 何を……?」

「『ラブレター』だッ!」

「……!?」

「俺とお前は! まだ対等じゃない! 愛し合えていない! お前の愛情表現が殺人にあるのなら! 俺はそれを受け入れる土壌を用意しなくちゃあならない! せめてお前と同じにならせろ! お前に……お前のそれを上回る『ラブレター』を出してやる!」

「…………」


 すると、彼女は銃を下ろしてくれた。正直自分でも何言ってっか分かんなくなってきてたけど、分かんねェ奴には分かんねェ言い分の方が通りやすいってわけだ。


「私を……上回る……?」

「そうだ! 俺がお前の愛を上回ったなら……通るのは俺の愛情表現だ! 自信のほどはどうだ? 俺のラブレターは……お前を上回ると思うかッ!?」

「……なるほど。貴方も私を殺したい……と、いうことか」


 いや、違うけど。そういうことにしておくか。

 さァて…………俺、生き延びれるのかな?


     *


翌日 下駄箱前


「……で、どうだったよ。昨日は」


 多々良の奴、何で頬に湿布張ってんだ? 傷だらけだし……喧嘩でもしたのかな。

 フッ……相変わらず血の気の多い奴だぜ。


「てめェにやられたんだよボケがッ!」

「俺もヤられかけた」

「な……!? 積極的かよォ……」

「銃だぜ? ピストルだぜ? こんなことがあるたァなァ……」

「何言ってんだお前」


 そして俺は、昨日のアイツの下駄箱を開ける。


「何やってんだお前」

「コイツさ」

「手紙? ……いや、ゴミか。いじめは許さねェぞ!」

「ゴミとは失礼だな! 俺が昨晩必死にしたためたラブレターだぜ!?」

「はァ!? この期に及んでてめェ! 一挙両得!? 一石二鳥!? 一網打尽かクソ二股野郎がよォッ!」

「いや、昨日の手紙の差出人だよ。この下駄箱」

「!??!」


 どうやら、多々良は訳が分からなくなったらしい。

 安心しろ。俺もよく分かってない。

 さて……以下が、俺の書いた恋文の全文だ。


『好きだッ! 一生愛してやるから、どうか殺さないでくださいッ! 共に長生きしようぜッ! フォーエヴァーッ!』


     *


放課後 焼却炉跡地


「何このクソみたいな文」


 彼女は俺の手紙を見て、何故か凄い呆れた顔をしていた。

 しかしよく見れば可愛いじゃねェの。

 眼帯してるみたいだが、大丈夫か? 心配だぜ。


「踏ん張りながら捻り出したからなァ。クソみてェなもんさ」

「……死ね」


 と、当たり前のように弾丸をぶっ放してきた。

 取り敢えず俺は、華麗に避ける。


「……何だ? 勝利宣言か? お前の愛の方が強いって? 論理的に説明しろよ。俺の文のどこが、お前のを下回った?」

「どこがって……」

「良いか!? お前のラブレターにはなァ! 『好きだ』って言葉がなかったんだよ! けど俺にはある! 分かりやすく、ストレートな一言だ! なんだ『想っていました』って! 遠回しな言い方で済ませようたァ生意気じゃねェか!」

「……私のラブレター……そんなしっかり分析して……」


 何か知らんが、顔が赤くなってやがる。


「……勝ちたかったら、もっと上等なラブレターを用意するんだな。あばよ!」


 そして俺は逃げる。よし、取り敢えず今日は生き残ったな。

 ……うん? 待てよ。これ、ワンチャンまだ危なくねェか? 

 上等なラブレターが来たらどうしよう……。


     *


翌日 焼却炉跡地


 俺は彼女から貰ったラブレターを握り締めながら、今日も放課後にこの場にやって来た。

 つーか、銃声とか鳴ってんのに何で誰も来ねェんだこの辺り。

 今日も俺とコイツだけだ。


「……どう?」

「……あのなァ……」


 そして、以下が彼女の書いてきたラブレター。


『好きです。愛してます。本当です。だから死んでください』


 俺は手紙を丁寧に折って大事にポケットにしまい込み、激昂する。


「違うだろォォォ!」

「え!? な、何で!? す、ストレートに書いたのに……」

「重複してんだろうがよ『好き』と『愛してます』でェ!」

「……そ、それがその……あ、愛の大きさ? みたいな?」


 可愛らしく照れてるが、ここは押さなくちゃいけないところだ。


「必要ないんだよ三回目のラブレターで重複表現はッ!」

「……!?」

「既に俺は、何度もお前からの愛情を食らっちまってる。弾丸みてェな速さでな。ここまで来たらしつこいって奴だ」

「なる……ほど……」

「そういうわけで。じゃ、また」

「待って」


 しまった。さりげなくここいらでバイバイしようとしたのがバレたか?


「……私は、実はヒットマンの家系なの」

「ヒットウーマン?」

「『マン』で良いの。ジェンダーフリー」

「ほう」

「……ママンが言ってた」

「ママン!?」

「『あーたは人を殺せないからダメダメなの。最初に好きになった人を殺せば、色々吹っ切れて、仕事ができるようになる』……ってね」

「……縁切っちまえ。そんなママン」

「な……!? 何も知らないで……そんなこと言われても……」


 落ち込んでしまったようだ。まあでも、俺も殺されかけてるし、ちょっとは落ち込ませても良いだろう。良いよね?

 ……だが、肩を落とす彼女の姿は、あまり見たくないな。


「俺はお前にラブレターを貰って、嬉しかった。だからお前を好きになった。だから、他の誰よりも、俺のことを想ってほしい。お前のママンよりも」

「ママンよりも!?」

「ママンじゃない。お前がどうしたいかを教えてくれ。お前は……俺とどうなりたいんだ?」

「……私は……」


 どうやら彼女は、家庭の事情で俺を殺そうとしてきただけらしい。

 そうだ。彼女はきっと、本気で俺を殺したかったわけじゃないはずだ。

 だって、俺のことを本当に好きならば、もっとこう……手を繋いだりとか、手を繋いだりとか、あと……手を繋いだりとか、したいじゃん? だよね?


「ラブレターを……書いてくる」

「ああ。俺も書いてくるよ。……また、明日」


     *


翌日 焼却炉跡地


 ここで会うと約束した以上、最早下駄箱に手紙を入れる意味は無い。

 俺達は互いに向かい合い、持ってきたラブレターを交換した。

 そして、互いに互いのラブレターを開く。


「……何も……」

「……書いてない……な」


 どうやら、彼女は俺と同じ場所まで到達していたらしい。

 フッ……恐るべき成長速度だぜ。


「……よく分かったな。正解が」

「正解?」

「常識的に考えて、ラブレターってのは二回も三回も書くもんじゃねェ。もう既に、気持ちは全部伝わってる。だったらこんなモン……白紙が正解ってわけさ」

「……私はそうは思わない」

「え?」


 彼女は脇から銃を取り出した。

 まさか……撃つ気か? 

 ママンに俺は……負けるのか? 

 お前は俺じゃなく……ママンを……。



 すると彼女は────銃を地面に落とした。



「え?」

「……ラブレターに正解なんてない。私はずっと、気付いていた。貴方が私に殺されたくないから……適当なことを言って逃げてるだけだって……」

「そそ、そんなこと…………ないこたねェけど……」

「……白紙なのは、貴方との文通が、ママンにバレたから」

「……え?」


 その時、俺は『予感』を抱いた。まあ、奴だ。

 俺はそれを避けるだけ。そう、──


「ッ!?」


 彼女は、俺が『それ』を避けたことに驚いているらしい。

 どうやら方向的に……屋上だな。


「……俺を殺す予定は、きっちり果たす気でいるわけだ。お前のママンたちは」

「あ、貴方は……一体……」


 大体分かってきた。おかしいと思ったんだ。

 放課後に、人払いでもしたのかってくらいこの場所に人が来ない日々。

 今後も仕事を貰うために信頼を失いたくないヒットマンが、関係ない奴を巻き込むわけがない。

 そして何よりこの俺は──


「おらあああああああああああああああああああああ!」


 俺は校舎の壁を駆けあがり、屋上へとジャンプ。

 さあ見えた。……アンタだな? アイツのママンは。

 随分ムカつく顔してやがる。アイツが毎日眼帯をしているのは、お前に殴られた痣を隠すためだろ? 知ってんだよこっちは。好きな人のことくらい、好きなだけ調べるのが俺だからなァ!


「死にゃあせい……人外の化け物がァ!」

「死なねェよ。アイツと、一生を共にするためにな」


     *


 俺は、とある研究所で造られた人造人間。

 俺は、遥か彼方からからやって来た宇宙人。

 俺は、高度な科学力を持った未来人。

 俺は、生まれついての超能力者。


 ……なんてまあ、昔は色々言われることもあったけど、今はただの高校生。そんだけだ。

 今更俺の命を狙ってくる連中がいるとは知らなかったが、そんなこたァどうでもいい。

 俺が何者だろうと、俺を狙う奴らの正体が何だろうと、どうでもいい。 

 大事なのはただ一つ。


「……好きだ。俺は、お前にラブレターを貰って、嬉しかったんだ。だから……俺はお前を愛してる」


 俺が彼女にそう言うと、しがらみを失った彼女は微笑んだ。

 俺の所為でこれから結構苦労させるだろう。でも、俺は必ずお前を幸せにする。

 当たり前だろ? それが、愛する女に約束する当然の義務だぜ。


「……重複してる。しつこい」

「正解は無いんだろ? ラブレターにはよ」


 彼女は微笑んでくれた。可愛いじゃねェか畜生め。

 ……今気付いた。コイツのママンは、コイツの可愛さで俺を油断させるつもりだったんだな?

 ハッ……危ない危ない。コイツが先に俺のこと好きになってくれなかったら、実はヤバかったんじゃないか?


「『俺とどうなりたい』……って聞いたよね?」

「ああ」

「……ラブレターにして、伝えた方が良い?」

「必要ねェ! ……ところで、お前は何で俺のこと好きになったんだ? それも、ママンの殺しの対象だったのに」

「…………運命を、感じたから……かな」

「俺と同じだッ!」


 そして彼女は、白紙のラブレターを丁寧に折って、大事にポケットにしまい込んだ。

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恋文《ラブレター》 田無 竜 @numaou0195

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