無法な勇者と堅物賢者

遠野紫

無法な勇者と堅物賢者

 ここはとある町のカジノ。

 魔物の蔓延るこの世界には相応の潤いも大事と言うことなのか、今日もまた大勢の客で賑わっていた。 


「そこのバニーちゃん、ちょっとこっちに来てくれよ」


「は~い、なんでしょう」


 男に呼ばれ、一人のバニーが彼の元へと向かっていく。


「きゃっ♡」


 すると男はバニーの尻を触った。

 肉付きの良い柔らかな尻が男の手に揉まれ、その形を変える。


「もう、お触りはいけませんよ~」


「へへっ、いいじゃねえか減るもんでもねえしよ」


「んぅっ♡」


 口ではいけないことだと言うものの、バニーは男に胸元をまさぐられて楽しそうにしていた。

 尻と同じように彼女の胸もまたかなりの大きさと柔らかさがあり、その揉み心地はまさしく至高の一品と言ったところだろう。


「いいねぇ、中々に良い体してんねぇ。君、後で俺の部屋に来てくれよ。後悔はさせないぜ」


 バニーの反応を楽しみながら男はそう言う。

 ……その時である。


 ドゴォォンと言う凄まじい音と共にカジノの壁が吹き飛び、開いた穴から大量の魔物が入って来たのだった。


「おいおい、美味そうな人間だらけじゃねえか」


「グヘヘ! ニンゲン、クッテヤル!」


 先頭にいるのは3mはあろうかと言う巨体を持つボストロールで、その後ろでは何体ものゴブリンやオークが武器を構えている。

 とてもカジノで遊戯をするような一般人がどうこう出来る魔物では無かった。


「な、なんでこんなところに魔物が!?」


「どけ! 俺が先だ!!」


 あまりに想定外の事態に、カジノ内はあっという間に大騒ぎとなってしまう。

 他人を押しのけてでも真っ先に逃げようとする者たちにより出口は塞がれ、まさに混乱そのものと言った状態の人間たちを追い詰めるように魔物は次々にカジノ内へと入って来る。


 どうしてこんな事態になってしまったのか。

 その理由の一つとして挙げられるのが、このカジノがある場所だろう。

 このカジノは地下に作られており、その付近には地下洞窟が存在するのだ。


 魔物の力であれば洞窟の壁を破壊して進むことも決して不可能では無い。

 であればわざわざ守りの固い地上の防壁を突破する必要も無く、こうして地下から内側に攻め込んだ方が良いのである。

 

「ゲヘヘ、オイシクイタダイテヤルゼ!」


「や、やめてくれぇっ!!」


 最後尾にいた一人が魔物に掴まれ、今にも喰われそうになってしまう。

 すると、一人のバニーが魔物の方へと駆けだした。


「グゲァァッ!?」


 かと思えば、瞬く間に彼女は魔物を後方へと吹き飛ばしていた。


「ッ!?」


 熟練の戦士でもその領域に辿り着くのには軽く十年はかかるだろう。

 それほどの動きを見たボストロールは一瞬その思考を止めるものの、すぐに我に返り……。


「面白い! バニーごときがどこまでやれるか、見せてみろ!!」


 背中に携えていた巨大な棍棒を構え、戦闘態勢を取った。


 戦闘能力を持たない人間を喰い殺すだけの完全な消化試合だと思っていたところに、これだけの実力を持つ存在が現れたのだ。

 戦闘狂である彼のテンションが上がるのも無理も無いことである。


「ごめんね、本当は私バニーじゃないんだ」


「何だと?」


 一方でバニーは自らをバニーでは無いと言い、あろうことかこの場で服を脱ぎ始めた。


「よいしょ……っと」


 突然の事に辺りは静寂と化し、衣擦れの音と彼女の声のみがカジノ内に響く。

 そしてさらけ出された彼女の肌には……謎の紋章が刻まれていた。

 

「ッ!! その紋章……! どうして勇者がこんな場所にいるんだ……!?」


 それを見たボストロールはただごとでは無い様子でそう叫ぶ。

 当然だろう。彼女の肌の紋章は彼女自身が勇者であることを示すものなのだ。


 故に、まさかこんな場所に勇者がいるなどとは思っていなかった彼が驚き叫ぶのも決しておかしい話では無い訳である。


「今更気付いた? じゃあ、死んでもらうね。来い、『暁の剣』!」


 彼女の手元に一本の、まるで夜明けの如く光り輝く剣が現れる。

 これこそが勇者しか使う事の出来ない邪悪を払う力を持つ伝説の剣……「暁の剣」だ。


 それを握り、ボストロールの元へと駆けだした勇者。


「ゆ、勇者ァァッ! ここでお前を倒し、その首を魔王様への手土産にしてやる!!」


 対してボストロールも負けじと棍棒を振り回す……が、当たらない。

 彼の渾身の攻撃を勇者はスルリスルリと難なく避けてしまう。


「ええい、それならこれでどうだ!!」


「うわぁぁっ!?」


 ちょこまかと動く勇者にこのまま攻撃をしても埒が明かないと考えたのか、ボストロールは近くにいた人間を掴み自らの盾にした。

 いくら勇者が強いとはいえ、人々のために動く勇者は人質を取られればどうしようもないのだ。

 それは古来から続く勇者の弱みであり、同時に魔物側の切り札であった。


「どうだ? 流石の勇者様も守るべき人間を犠牲には」


「ぎゃあぁぁっ!?」


「ぐぬぅっ!?」


 しかし勇者は構わず盾となった人間ごとボストロールを斬った。


「お、お前……気でも狂ったのか……? 人間ごと斬るなどと、それでも勇者か……!」


「なんで? 魔物を倒すために犠牲はつきものだよ」


 勇者は平然とそう言い放つ。

 その言葉に嘘偽りが無いことは彼女の振る舞いを見れば明白であった。


 それがどれだけ勇者として異質で、あってはならないものなのか。

 それを理解している者……つまりは勇者本人以外のこの場の全員が、こう思ったことだろう。


 この勇者は頭がおかしい……と。


 だが当の本人のみは全く理解していないのか、血を吐いて倒れている人間など気にもせずに再びボストロールへの攻撃を開始する。


「お、お前! 絶対にろくな死に方をしないぞ!」


「勇者だからね。最初から楽に死ねるとは思ってないよ」


 勇者は冷静に、静かにそう言いながら、ボストロールの首を斬り落とした。


 戦闘能力には大きな差があり、倫理観すら投げ捨てているような存在を相手にしてしまったのだ。

 最初からボストロールに勝ち目など無かったのである。


 その後、ボストロールが消失したのを確認するや否や、勇者は通信魔法を使い誰かと話し始めた。


「あー、聞こえる? こっちは終わったよ」


『流石は勇者様、随分と速いですね。……一応聞いておきますけど、犠牲者は出ていませんよね?』


「うーんとね……」


 勇者は倒れている人間の方を見ながら言葉を詰まらせる。


『はぁ……そんなことだろうとは思っていました。分かりました。今そちらに向かいます』


「ありがとう、いつものよろしく」


 そこで会話は終わり、それから十分程経った頃に一人の賢者がカジノへとやってきた。


「いやー今回も無事に終わったね、賢者ちゃん」


 どうやら通信相手がこの賢者であったようで、勇者はそう言いながら返り血まみれのまま彼女へと抱き着いた。

 勇者にとって無関係の人間が死ぬことは対して問題では無いため、今回のような場合は無事に終わった判定なのである。


「全く、何が無事ですか。犠牲者が出ているではありませんか。はぁ……彷徨える魂よ、今ここに蘇り給え。リザレクション!」


 しかし賢者にとってはそんな訳はなく、またですか……と言いたいのを抑え、蘇生魔法を使って勇者に斬り殺された人間を復活させたのだった。


「おー、流石は賢者ちゃん。こうして復活出来るんだから死んでも何の問題も無いよね」


「ありますよ! いくら蘇生出来るとは言え、死ぬ時の苦痛も恐怖もしっかりあるんですよ?」


 倫理観ゆるふわで楽観的な勇者とは対照的に、賢者は慈悲深く堅物な性格である。

 そのため大義のためならば人を平気で殺してしまう勇者をもうこれでもかと言う勢いで叱り始めるのだが……。


「まあまあ、こうして魔物も倒せたし、結果オーライだよ」


 賢者の言葉は全然響いていないのか、勇者は彼女からのお叱りをさらりぬるりと受け流していた。

 そもそもこれくらいで考えを改めるようなら彼女が「無法な勇者」と呼ばれることも無いのだ。


 魔王を倒すと言う大義。そのためにはいかなる犠牲が出ようと関係が無い。

 そんなイカれた倫理観の元に行動しているのが彼女なのである。 

 度重なるお叱りを受けてなおそのあり方が変わらないのなら、もはや彼女と言う存在自体がそう言うものなのだと受け入れるしかないのだろう。


 だからこそ王国は彼女と真逆の精神を持つ賢者を、勇者の暴走行為の抑制のために側に付けさせた訳だ。

 もっともその効果は全くないと言って差し支えない状態だが。


 それでも勇者を若干丸くさせることには成功している。

 と言うのも……。


「ねー、賢者ちゃん。こうしてボストロールも倒せた訳だし、お祝いにさぁ……今夜、シよ?」


「い、いけませんそんな……婚約もしていないのに、あぁっ♡ み、耳元で囁くのはおやめください」


 バニーとして潜入していた時の勇者の反応からもわかる通り極度の遊び人でもある彼女は、なんと賢者の事を物凄く好いているのだ。

 それ故に賢者に関わることに限り、その行動が若干丸くなっているのである。


 今回だって勇者にかかればカジノごと極大魔法で吹き飛ばすことが出来た。

 しかしそうした場合、蘇生魔法に使用で賢者にかかる負担は計り知れないものとなる訳で。

 つまりたった一人の犠牲で済ませただけ、勇者にとってはかなり頑張った方なのだ。


「だ、駄目ですっ、駄目ですってば」


「えー?」


 ただ、賢者は堅物だ。

 遊び人気質な勇者とは違い、賢者はそう簡単に夜の遊びをしようとはしなかった。


 では勇者のことが嫌いなのかと言えば、そう言う訳でも無い。

 むしろ、彼女もまた勇者の事を好いていた。

 堅物であるからこそ、勇者の自由奔放な性格に心惹かれてしまったのだ。


 だが堅物な性格が邪魔をして、賢者は今なおその本心を勇者に伝えることが出来ずにいる。

 このまま放っておけばいつかは我慢の限界を迎えた勇者が襲ってくれるのではないか……と、そう思ってすらいる程だった。


「なら仕方ないかー」


 けれどそう上手くも行かないもので、勇者は引き下がってしまう。


 賢者からの好意に気付いていないがために、彼女は賢者を無理やり襲うことで嫌われてしまうのではないかと恐れているのだ。

 倫理観が終わっている勇者ではあるが、こと恋愛感情についてはそれくらいの感性を持ち合わせていた訳である。


「勇者様……」


「賢者ちゃん……」


 互いに好意を抱きながらも、あと一歩を踏み出せない二人。

 そんな正反対の性質を持つ二人はこれからも魔王討伐の旅を続けていく。


 はたして、魔王を倒し平和な世界を取り戻すことは出来るのか。

 そして二人が結ばれる日は来るのだろうか。


――――――――――――――

キャラ紹介

・勇者

 勇者の血筋ではあるものの、倫理観が終わっているために容赦なく人質ごと魔物を殺したり、魔物の蔓延る塔を外から魔法で丸ごと焼却したり、地下ダンジョンを水責めして魔物たちを窒息死させたり、とにかく魔王ですらしないような邪知暴虐で残酷な事を魔王討伐の大義名分のもと行っている。

 また重度の遊び人気質であることもあって、新しい町に行くたびに男女問わず食って回っている。

 おっぱいと尻がデカい美少女。


・賢者

 勇者の暴走を抑えるために側に付けられた、ある種の抑制装置のようなもの。

 本来とは違う形で勇者を抑えることには成功したものの、そのせいで悶々とした毎日を送っている。

 自身の堅物さに抗おうと頑張って勇者を誘うように薄着をしたり出来る限りのえっちなポーズをしたりしているが、勇者の自制心が思いのほか強いために今まで結果は出ていない。

 胸は控えめだが尻がデカく太ももが太い美人。

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無法な勇者と堅物賢者 遠野紫 @mizu_yokan

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