そうしてふたたびの旅人
「いっ…いたい…。」
何かざらりとしたものが頬にあたっている。
その痛みで旅人は目を覚ました。
触ってみると、くっついていた何かが頬からぱらぱらと落ちていった。
「あ…、すな…?」
頬から落ちたのは浜辺の砂粒のようだった。
どうやら旅人は、長いこと砂浜に横たわっていたようだ。
手をついて、身体をゆっくりと起こす。
なんとなく身体全体が重く感じられた。
「…えっと……。」
まだ重たい頭を傾けながら、今までのことを思い出そうとしてみる。
「……あ!…かめ!!…亀は?!」
ふと亀の存在を思い出し、辺りを見渡してみる。
けれど、先ほどまで一緒に居たはずだった亀は何処にも見当たらない。
辺りは明るくなり、海の向こうからは太陽が昇り始めていた。
「…えっと……」
旅人は眉間に皺を寄せる。
(ここに来た時は、たしか夜だったはず…だよね?
それで、海を見ていたら亀が向こうからやって来て…それで、いつの間にかこことは違うどこか別の場所に辿り着いて……。)
おぼろげであやふやな記憶の糸をなんとか手繰り寄せるようにしながら、今までのことを思い出そうとする。
「……あ!そうだ、女のひと!」
(そう!たしか、鬼になった女の人のお話を見ていたんだった!)
旅人は先ほどまで、不思議なおとぎ話のような世界の中にいた。
怒りと悲しみ、憎しみと怨みを抱え、その果てに鬼になった女がいた。けれど、鬼になっても、その怒りや悲しみ、憎しみや怨みが解けることはなかったのだった。
(鬼になっても、それでも、満たされない思いはあるんだなって…。
解くことのできない、怨みや哀しみ、憎しみや怒りはあるんだなって思ったんだよね…。)
愛がほしい、私をみてほしい、愛して欲しい、という願い。
その願いが叶わなかった時、
どうして?なぜ?という問いが生まれる。
容易には答えの出ない問いに疲れ果て、その思いの矛先を相手へと向けてしまう。
愛が、怒りと憎しみ、怨みへと形を変えてゆく。
(でも、そうじゃない道もあるんだよね…。
私たちは、自由だから。
そうやって容易く闇に飲みこまれていくこともできる。
けれど、そうじゃない道を選ぶこともできる。
自分で自分を愛するという道。
自分が自分を愛するということ。
相手に求めるのではなくて、自分が自分を愛するということ。
見てあげる、手をかけてあげる、ということ。
思いを、外に向けるのではなく、内に、自分に向けるということ。
そんな道もあるんだよって気づきさえすれば…。
そうすれば、本当にはもうすでに自分は自分から、めいいっぱいの愛で愛されているんだよってことを思いだせるから。
そうすればきっと、闇に飲み込まれずに、鬼に身を落とすこともなく…ううん、鬼に身を堕としてしまったとしても、それでも、きっときっと救われる。
きっとどこからでもいつからでもやり直せる…!
きっと、必ず!)
そこまで思って、はて…?と旅人は首を傾げた。
「なんで、こんなこと分かっているんだろう…?」
旅人の今までの道のりからは思い付きようもないことを旅人は何故か知っていた。理解していた。
それが何故なのか、どうしてそんなことを思ってしまうのか、旅人には分からなかった。
けれど、なぜだか確信をもってそう思えていた。
それが真実なのだ、と。
本当のことなんだ、と思えた。
(たしか、あの女の人も最後はそのことを思い出して…それで、消えていった…?んだったよね?
あれ…?どうなったんだっけ?…あれ……?)
旅人もまた、まだすべてのことを思い出せるわけではないようだった。
だからこその「旅人」、なのかもしれない。
旅人の旅もまた続いてゆく。
少しずつ、いろいろなことに出会いながら。
そのたびに、大切なことを思い出しながら。
たくさんの出会いや人やたくさんのものたちに助けられながら。
そうして、自分もたくさんのものたちを助けながらゆく。
『…少しずつ、わずかずつ、自分のことをも思い出していくのだろう…』
はるか遠くから、静かに、けれどひと時も目を離すことなく旅人を見守っていたカメはそう思っていた。
日は昇り、波がきらきらと輝いている。
海辺には朝がやってきていた。
時の旅人〜とある女の物語との出会い まよみ遊 @amanozaku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます