第2話 迷子の無反応少女

 翌日、昨日とは打って変わって晴れ渡った空の下、僕は高校への短い道のりを歩いていた。

 コンクリートの地面には未だに水溜まりが残っている場所もあるが、空気はどこかカランとした軽いものになっている。


「これ、どうしようかな…」


 いつものカバンを背負って歩いている僕だが、今日は少し違うものを右手に持っていた。


 僕の通う高校の生徒会長こと佐々倉 美咲。彼女から昨日借りた折り畳み傘が僕の右手にすっぽりと収まっている。別に言葉にしてみればそこまで不思議でもない様子。

 だけど普段の僕からしたら、少し高そうなこの折り畳み傘を持つことなんて滅多にない。


 佐々倉さんは社長令嬢だという噂もあると聞いた。

 母親が現社長をしているらしく、佐々倉さんは会社を継ぐために経営学の勉強をしているという噂も加わって校内で広まっている。


 天は一物も二物も与えるのだな、と僕は改めて彼女の凄まじさを再認識した。


 だが、こうやって色々と考えていてもしょうがない。

 結局の所、本題が解決していないのだから。


「一体どんな顔して返せばいいんだ…?」


 まず関わりのない女性。その上に一つ年上の先輩。それに加え、学校一の美少女と言われている才媛の社長令嬢な生徒会長。


 まさしく雲の上の存在。

 次元が違うという言葉はこういう時のために生まれてきたのだな。


 そんな人にどうやって話しかけにいけばいいか。

 佐々倉さんは生徒会室にでも適当に置いておけばいいと言っていたが、そんな不誠実な真似は絶対に嫌だ。しかし、だからと言ってフレンドリーさを持って話しかけに行くのもまた違う。

 僕が不誠実な返しをするのは僕自身が嫌だと思うが、反対に天上人な佐々倉さんに話しかけに行くのは不興を買うかもしれなければ、キモがられるかもしれない。

 いや、絶対に考えすぎなうえに偏見が混ざっているんだけれども。

 絶対に悩む必要のないところで悩んでいる自覚はあるけれど、普段から人と関わらない僕からすればとても大事なことだ。

 真剣に悩まないといけない。


「…………うん?」


 家を出てまだ数分。家から学校までが近いと言っても、十分弱くらいの歩く時間が必要だ。だからまだ学校には着かないのだが。


 そんな中途半端な場所の道のりで、僕は奇妙なものを見た。

 頭にウサギの耳のような赤いカチューシャを付けて、クマのぬいぐるみを持った五、六歳くらいの少女が無表情で電柱のすぐそばに立ち尽くしていた。

 可愛らしい顔立ちをしており、将来は美人になるだろうことが予測できる。

 見たところ、幼稚園の服を着ている。

 薄い水色のトップスに鼠色の半ズボン。


 僕は遅刻ギリギリの時間帯を狙って学校に登校するのだが、今までにあんな女の子は一度も見たことがない。


 イレギュラーな事態であることは容易に判断できた。

 それ以前に幼い子供がこんな場所で一人突っ立っていることに注意を向けないといけない。


 周りに大人はいない。

 運が良いのか悪いのか。


 不審者に構われる可能性がないことには安堵すべきだろう。


「ねえ。お嬢さん、こんなところで何してるんだい?」


 遅々とした歩みで怖がらせないように少女に近づいた僕は、深くしゃがみ込んで少女と同じ目線まで沈んだ。


 そして問い掛けてみたが、反応はない。

 僕の声に気付いているようだが、視線を向けてくるだけで話す素振りすら見せない。


 精神年齢が高いのか、急に寄ってきた知らない男に無反応を返せるとは剛胆な少女だ。

 泣くどころか、声も上げない時点でこの少女の異常性を察するべきだ。


「君の名前は?」

「…………」

「お母さんはいないの?」

「…………」

「お家はどこかな? それか君の通ってる幼稚園の場所は知らない?」

「…………」


 何を質問しても無表情無反応のまま。


 流石にここまでリアクションがないと僕も傷つく。

 家族から知らない人と話すなって徹底して言われていたりするのかな。


 だとしたらこんな感情皆無の表情でこっちをじっと見つめたりしないか。


 やっぱり異常だな。この子くらいの歳だと、知らない大人なんか怖くてしょうがないだろうに。感情欠落してたりしないよな……


 少し怖い想像をしながら、僕は何とか少女の素性を知ろうと思考を巡らせる。

 別に話してもらう必要はない。荷物はクマのぬいぐるみ以外持っていない。


 あぁ、服はどうだろう。


 この子の服装は幼稚園のものだとわかるんだけど、ありふれたデザインだからなぁ。だけど、この辺りの幼稚園は緑色と黄色のトップスの場所があったから。

 だとしたらここから大分離れた位置にある幼稚園かな。いや、確か水色のトップスの幼稚園は一つだけあったはず。もしかしたら警察にこの子を届けた方がいいかもしれないけど、まぁワンチャン狙ってそこに送るのもありかな。


「君の幼稚園に今から送るけど、お兄ちゃんについてこれる?」

「…………」


 相変わらずの無言。

 立ち上がった僕と彼女の身長差はずっと違う。見下ろす形で問い掛けるが、意にも介した様子なく僕の目を上目遣いで見つめる。


 何だろう、そんなにじっと見るのやめてもらっていいですか?

 お願いだから何でもいいのでしゃべってくれるとありがたいです。これでもお兄さんは寂しがり屋なので。


 反応がないので手でも繋いで行くしかないのかな…? 別に意地でもここから動きたくないってわけでもないだろうし。ただ、この場合僕が不審者に間違われないかな。通報とかされても正直困るんですけど。


 僕がどうやって連れて行こうか悩んでいると、


「…………だっこ」

「…………え?」


 言葉が紡がれないただの沈黙を破ったのは意外にも、可愛らしい瞳で見つめる無反応少女だった。




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 後書き


 全話少し修正しました。

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完全無欠の生徒会長との秘密談~彼女の素の一面を見ることができるのは僕だけのようです~ 栗猫 @kituneame1212

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