姿を入れ替えられた王子は悪女の真実を知る

秋作

 悪女と姿が入れ替わった王子は……

「王子の婚約者から罪人になった気持ちはどうだ?」


 ブリオスト=フレデリークは冷ややかな口調で、オリヴィア=モンレオーネに問いかけた。

 罪人とはいえ元婚約者。最期の言葉くらいは聞いてやろうと思っていたのだ。

 オリヴィアはダークブラウンの髪、ダークブラウンの瞳、青白い顔は整っているが痩せ細っていた。両手には魔力を封じる手枷がつけられている。

 オリヴィアは公爵令嬢で、国王と王妃の意向で決められたブリオストの婚約者だった。

 いつも表情が乏しく、愛想がない。たまに話しかけてきたかと思えば、王子である自分に意見をしてくる。

 まだ王妃である母は生きているというのに、あたかも自分が国母であるかの如く、我が物顔で臣下に指示を送る。

 魔術と薬学に優れていたので人々は畏敬の念を込めてオリヴィアのことを魔女と呼んでいたが、ブリオストは前から彼女のことを怪しんでいた。

 というのも、以前から彼女の従姉妹にあたるアンネッタから聞いていたのだ。


「お姉様の研究を止めたかったのですが、止めることができず……申し訳ありません、殿下」


 涙を流しながら謝罪するアンネッタはいつも長袖のドレスを着ていた。

 だがブリオストは知っている。

 その袖の下には痣だらけの腕があることを。

 

 オリヴィアは幼くして侯爵である両親を亡くしていた。

 そこに後見人として、オリヴィアの面倒を見るようになったのがアンネッタの父。

 アンネッタの父はオリヴィアの父の弟だった。

 オリヴィアとアンネッタは姉妹のように育ってきた。


 しかしアンネッタの話によると、ブリオストとの婚約が決まってから、オリヴィアは部屋に引きこもり、薬の研究に没頭するようになった。

 アンネッタがどんな薬を研究しているのか? と尋ねると、オリヴィアは何故か激昂し、彼女に暴力を振るうようになったのだという。

 しかも自分の面倒を見てくれている叔父夫婦に感謝するどころか、いつも罵倒し、横柄な振る舞いが目立っていたし、使用人も日常的に虐げていたのだという。


 オリヴィアの毒薬の研究をしていることが分かったのは、母親である王妃が毒殺された後だった。

 紅茶の中に毒が仕込まれていたのだ。

 王妃と共にお茶席にいたオリヴィアが真っ先に疑われ、すぐに捕らえられた。

 紅茶を淹れたのが他ならぬ彼女だったからだ。


「違います! これは何かの間違いです!!」

「嘘を言うな!! 紅茶を入れたのは他ならぬ貴様だろう!?」

「殿下、私を信じてくださいませ!!」

「信じられるか!! 貴様のような胡散臭い女!!」

「……っっっ」



 オリヴィアは最初、容疑者として客室に監禁していたが、彼女の研究室から毒の葉で作られた紅茶が見つかり、容疑が確定したため、地下牢に移送された。

 そして今に至るわけだが、ブリオストはオリヴィアが身に付けている腕輪の存在に気づく。



「フン、何だ、その汚い腕輪は。もうお前を着飾る腕輪はそんな腕輪しかない、ということか」


 オリヴィアは見るからに古びた腕輪を身に付けていた。

 色褪せた赤い石、所々くすんでいる銀の装飾。

 何故こんなものを好んで付けているのか分からない。


「これはあなたのお母様からいただいた腕輪です」


 オリヴィアは目を伏せたまま、淡々とした口調で答えた。

 ブリオストは目を剥く。

 よくもまぁ、この期に及んでそんな嘘をつけるものだ。亡き母がそんなボロボロな腕輪を与えるはずがない。


(殺すだけじゃ足りずに、母を愚弄する気か……!?)


 ブリオストは唇を噛みしめた。

 こんな女のせいで母親が死んだなんて。

 もっと早くに婚約破棄をすればよかった。

 自分には心から愛する女性、アンネッタがいる。

 世間の声や臣下の声を気にせず、オリヴィアとの婚約を破棄し、彼女を妃に迎えればよかったのだ。

 ブリオストは優しく微笑むアンネッタを思い出す。

 まばゆい黄金の髪、宝石のように輝く青い瞳。そして透き通るような白い肌、頬の色は淡い薔薇色。

 まるで天使を思わせるアンネッタ。

 それに比べ、オリヴィアの黒に近いブラウンの髪と目、青白い顔。美しい顔だがどこか不気味な印象の彼女のことは、婚約した時点で好きになれなかった。


(しかし、こうしてオリヴィアの罪が明るみに出て、囚われの身となったのだから。まぁ……私の目は間違っていなかった、ということだ)


 ブリオストが心の中でそう呟いた時、オリヴィアが僅かに唇をつり上げてから口を開いた。


「ブリオスト殿下」

 

 名を呼ばれブリオストはギョッとする。

 オリヴィアはゆっくり椅子から立ち上る。それと同時に彼女の手枷が外れ、ガシャンと音を立てて床に落ちた。


「何故手枷が外れた!?」

「魔法で外しました」

「馬鹿な……その枷はお前の魔力を封じる為の魔道具。魔法で外れるなどあり得ない」

「うふふふ。私がどうやって枷を外したかは秘密です……あら? 愛しの元婚約者様、逃げないでくださいませ」


 オリヴィアはにこやかな笑みを浮かべ、鉄格子の間から手を伸ばし、後退ろうとするブリオストの手を捕らえた。

 そしてふわりと妖艶な笑みを浮かべる。

 


「私、最近面白い魔法を覚えましたの。うふふふ、怪しげな魔女としては、まずあなたに実験台になってもらいますわ」

「な……」

「私は明日処刑されるのでしょう? 運が良ければ、あなたは知ることができると思いますわ。アンネッタの本性を」


 アンネッタの本性!? 

 この女は何を言っているのだ!? 

 アンネッタほど美しく優しい女性はいない。

 彼女は最後まで姉の助命を嘆願していたし、自分を責めていたのだ。

 ブリオストはオリヴィアにそう訴えたかったが。


催眠魔法ヒプノス


 オリヴィアが眠りの魔法をかけてきた。

 急激な眠気がブリオストを襲う。


「く……覚醒ウェイク魔……」


 覚醒魔法の呪文を唱えて、眠気を覚ましたいがそれはままならない。

 魔法の実力はオリヴィアの方が上だからだ。

 そして一緒に来ていた護衛達もオリヴィアの魔法にかかったのか次々と倒れた。


「ああ……アンネッタ」


 ブリオストは天井に向かって手を伸ばしながら、愛しい人の名を呼んだ。


 ◇◇◇


 ブリオストが目を覚ますと、何故か牢の中にいた。

 しかも両手には鉄製の手枷がされ、口枷も付けられていた。

 外にいる護衛達が自分に向かって吐き捨てる。


「く……! やはり魔女だな。 俺達を眠らせている間に、魔法で殿下を牢の中に入れ、自分が脱走しようとするとは」

「自分も眠っていたら世話ないけどな」


 今まで自分を護衛していてくれた筈の護衛達が苦々しい表情で自分を見ている。

 未だかつて人からそんな風に見られたことがないブリオストは戸惑う。


(こいつら何を言っているのだ? ? 魔女って私に対して言っているのか?)


 周囲を見回すと、やはり自分が牢に入っている。

 ふと牢の外をみると、一人の青年が腕組みをして立っていた。


(……私がもう一人いる……?)


 牢の外には自分そっくりな男が立っていて、可笑しそうに笑いながらこちらを見ていた。

 自分とそっくりな男は護衛達に言った。


「お前達は先に出ていろ。 これでも元婚約者だ。二人きりで話がしたい」

「殿下、しかし先程のようなことが起きたら……」

「大丈夫だ。今度はしっかり魔力は封印したし、魔法が使えないように口も封印した」

「どうかお気を付けて」


 護衛達がその場から離れてゆく。

 

(何、簡単に納得してその場から離れるのだ!? その男は偽物だ!! 騙されるな!!)


 ブリオストはそう訴えたかったが、口枷をされているので「うー」「うー」としか言えなかった。

 もう一人の自分がクスクスと笑いながら声をかける。


「気分はいかがですか? ブリオスト殿下」


 そう言って声をかけてきたもう一人の自分の腕には、先程オリヴィアがつけていた腕輪があった。


「あら、この腕輪に気づいたのですね。そうです。私、オリヴィアですわ。今、あなたの姿に変身していますの」

「う……ううう……」

「どういうことだ? という顔をしていますわね。私、新しい魔法を編み出しましたの。一時的に手を握った相手と姿が交換できる魔法」


 オリヴィアの言葉に愕然としたブリオストは慌てて自分の格好を見る。ボロボロのドレスをまとい、痩せ細った手には重い鉄枷がつけられている。

 足枷の重みに耐えながらなんとか立ち上がり、牢の中にあるひび割れた壁掛けの鏡を見ると、そこにはオリヴィアの姿が映っていた。


(そんな馬鹿な……私がオリヴィアになっている)


 

 驚き震えるブリオストにオリヴィアは淡々とした口調で状況を説明する。


「あなたが眠っている間、私の姿になったあなたを見て、護衛は驚いてあなたを牢に入れましたの。今よりも強力な枷と、あと魔法が使えないよう口枷もつけて。そして、あなたの姿になった私を牢から出してくれたわ」

「……!?」


 オリヴィアの姿になったブリオストは目を見開く。

 そういえば先ほど護衛は自分に向かって吐き捨てていたではないか。


『く……! やはり魔女だな。 俺達を眠らせている間に、魔法で殿下を牢の中に入れ、自分が脱走しようとするとは』


 ブリオストと同様、オリヴィアに眠らされた護衛達。

 目が覚めたら、そこには悪女が牢から出て、ブリオストが牢に入った状態。

 二人の姿が入れ替わったことを知らない護衛達が、慌ててオリヴィアの姿になったブリオストを牢に入れ、ブリオストの姿になったオリヴィアを牢から出したのだ。


 

「う……ううう……」

「心配しなくても、この魔法は明日になったら解けますわ」

「っっっ……!!!」


 明日はオリヴィアを処刑する日。

 魔法の効き目が解けるか解けないかの瀬戸際だ。

 その時、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 今度は誰かと思ったら、アンネッタが胸の前で両手を組み悲しそうな顔をしてこちらに近づいてきた。


 ああ、愛しのアンネッタ!

 どうか気づいてくれ!

 私はお前の姉の姿をしているが、本当はブリオストなのだ。


 しかしブリオストの姿をしたオリヴィアは、アンネッタの肩に手を置いて、優しく微笑みかけて言った。


「アンネッタ。従姉妹として過ごせる最後の時間だ。今まで言いたかったことをオリヴィアに言うと良い」


 もし、自分だったら間違いなくアンネッタにそう言っていただろう台詞を、オリヴィアは言った。


「オリヴィア。優しい従姉妹の訴えを心して聞くと良い」


 自分の姿に化けたオリヴィアはそう言って冷笑した。

 ああ、アンネッタは自分を姉だと思い、哀れむ目でこちらを見ていた。

 そうだ、彼女は悪女である姉に最後まで情けをかけていた。どうか処刑はしないでほしい。もし、処刑するのであれば、どうか苦しまないようにって。

 ブリオスト(オリヴィア)が立ち去った後、 アンネッタは目を潤ませて自分の方を見詰めていた。

 

 だが――


「お姉様、本当に無様な姿ですわね」


 ブリオストは我が目を疑った。

 それまで哀れみに満ちていたアンネッタの表情が醜く歪み、自分を嘲笑っているのだ。 彼女はおかしくてたまらない、といった様子で腹を抱え、声を上げて笑い出した。


「あはははは、お姉様ったら、見世物小屋の獣のようですわね……まさか、あの馬鹿王子が本当にお姉様を投獄するとは思わなかった」


 ブリオストは次に我が耳を疑った。

 目の前にいるのは誰だ!? 

 もしかしてオリヴィアが再びアンネッタの姿に化けているのか!? 

 しかしたった今、自分に化けたオリヴィアはその場から立ち去ったばっかり。あの一瞬で姿が変えられるとは思えない。


「あの馬鹿王子ね、私がお姉様に虐められているって訴えたらすぐに信じたのよ?」


 馬鹿に仕切った笑い混じりに語り始めるアンネッタに、ブリオストは目に涙をうかべ、首を横に振る。


(嘘だ! オリヴィアはアンネッタの美しさに嫉妬していると、貴族の間でも噂になっていたし、アンネッタの腕には痣のような後もあって、噂は事実だと確信していた)


「まぁ、私のお友達も協力してくれてお姉様の悪評を広げてくれたんだけど……」


 言いながらアンネッタは痣だらけの自分の腕を見せた。

 ほら、どう見ても不自然な痣がいっぱいだ。オリヴィアがアンネッタを害していた何よりの証拠……。



「これよく出来ているでしょう? アントシアという実から作った練り粉で、塗ると痣のように見えるのよ。これを見せたら、あの馬鹿王子、私の言うこと簡単に信じちゃったの!」


 得意げに自慢をするアンネッタ。

 ブリオストはこの痛々しい痣を見た瞬間、怒りが湧きオリヴィアを憎むようになったのだ。

 その痣が嘘だった?

 あまりのことに目眩を覚えるブリオストに追い打ちをかけるかのように、アンネッタはさらに言った。


「あとね、王妃様に毒を盛ったのは実は私よ」


 アンネッタは小声で囁くように自分に告白をしてきた。

 信じられず目を見開くブリオスト。しかし見た目はオリヴィアなので、驚愕の姉の顔を見たアンネッタは愉快そうに笑いながら話す。


「私が王妃様に飲んでいただきたいってと言ってお姉様に渡した紅茶の葉があるでしょ? あの葉はね、毒草でできているの。薬師であるお姉様でも見分けがつかないくらいに紅茶の茶葉そっくりなのよ。私が懇意にしている薬師から買ったのよ」

「……!?」


 毒の葉を茶葉にしたものを売る薬師……明らかに違法薬物を売りさばく闇薬師ではないか。近年、貴族の間では闇薬師が貴族達相手に違法薬物を売りさばいているという。


(まさか……アンネッタも闇薬師と関係が……)


 さらにアンネッタは得意げに話を続ける。


「あとお姉様に犯人になってもらう為に、茶葉は研究室に置いておいたわ。今まで研究していたお薬は全部処分してね」


 これ以上恋人の醜悪な顔を見たくない。

 ブリオストは固く目を閉じた。本当は耳も塞ぎたいが、手枷がついているのでそれは出来ない。

 牢の中にいるのが姉の姿をした王子であることも知らずに、アンネッタはヒステリックな声で再び話し始める。



「本当にあの王妃、邪魔だったわ。私があの馬鹿王子に近づいたら、立場をわきまえろって説教したのよ!! しかもブリオストの婚約者はオリヴィアしかいないとまで言ったの!!」


 王妃のことを思い出したのか、アンネッタは近くの壁を憎らしそうに蹴り始めた。

 ブリオストの中で、無邪気な笑みを浮かべていたアンネッタの美しい顔が硝子のように砕け散った。

 ひとしきり壁を蹴った後、アンネッタは嬉しげな顔でこちらを覗き込んだ。


「オリヴィア姉様、馬鹿王子の分まで実を粉にして働いて、王妃様の身体を治すために頑張ってお薬の研究もしていたのに、それがぜーんぶ無駄になったわね」

「…………!?」

「きっとあの馬鹿王子は今もお姉様が悪女だと信じて疑っていないわ。明日の処刑が楽しみだって言っていたもの」


 そんなこと、自分は言っていない!

 アンネッタは姉をとことん苦しめるために嘘をついているのだ。

 オリヴィアの姿をしたブリオストの目から涙が溢れる。


(私は……ずっと騙されていたのか。この悪魔のような女に)


 アンネッタは王妃を殺し、その罪を姉であるオリヴィアに押しつけたのだ。

 オリヴィアは何故、弁明しなかったのだろう?

 弁明してくれればこんなことには……。

 ……。

 ……。

 ……いや、オリヴィアは弁明していた。

 現場で捕らえられた時も、容疑者として客室に監禁していた時も「自分は無実だ」と訴えていたが、ブリオストは彼女の声を聞き入れなかった。

 

(私は……美しくて愛らしいアンネッタにとにかく夢中だった)


 愛しい恋人の言葉を何の根拠もなく信じて疑っていなかったのだ。

 犯人として地下牢に移送された頃には、オリヴィアは弁明することを諦め、ここから逃げることにしたのだろう。

 

(オリヴィア……すまない)


 今更謝っても遅い。

 後悔しても遅かった。


 ◇◇◇ 


 これは罰なのだろう

 今まで自分に尽くしてくれていたのに。母の病を治そうと懸命に薬の研究をしてくれていたのに。

 そんな婚約者に冤罪を着せて処刑しようとした自分への罰。

 処刑台の周りには多くの国民達が集まり、自分に向かって魔女と罵倒し、石を投げる。

 石は頭や顔に当たり、オリヴィアの姿をしたブリオストの顔は痣だらけに。

 呆然とするブリオストは処刑台の前に立たされる。

 多くの民衆達が自分を憎しみの目で見ていた。

 処刑場には国王も来ていて、冷たい目でこちらを見ている。

 自分の醜態を見に来たのだろう。一番よく見える席で、邪悪な笑みを浮かべるアンネッタの姿があった。

 断頭台に首が固定された自分を見て、その笑みはますます嬉しげなものに。

 

 ……このまま、自分はオリヴィアとして処刑されるのか。


 処刑開始の合図の鐘が鳴る。

 ブリオストが目を閉じたその瞬間。


「待て!!!」

 

 国王が声を上げた。

 処刑がまさに執行されようとしていた時だ。

 観客である国民達はざわめく。

 国王は席を立ち、なんと処刑台の前に駆け寄った。

 そして処刑される筈の人間の顔を持ち上げ、周囲に向かって怒鳴った。


「よく見ろ!! この者はオリヴィアではない。我が息子ブリオストだ!!」

 

 国王の声に見物人だった人々は騒然とする。

 ブリオストは元の姿に戻ったのである。


「父上……聞いて下さい。私は魔女に姿を変えられていたのです」

「何と言うことだ。私は危うく息子を処刑してしまう所だった。その魔女はオリヴィアなのか?」

「そうです……しかし、オリヴィアが私をこの姿にしたのは理由があるのです」

「理由?」

「一つ目の理由は愚かしい私を戒める為。そしてもう一つの理由は、母上を殺した犯人が別にいることを訴える為……断頭台に立つべき悪女は別にいます」

「それは誰だというのだ?」


 問いかける国王に、ブリオストはしばらくの間黙っていたが、やがて一人の女性を指さした。


「裁かれるべき悪女はあの者です」


 ブリオストが指をさしたのは、昨日まで最愛の恋人だと思っていたアンネッタだ。

 アンネッタは恐怖で顔が引きつるが、それでも何とか笑みをつくる。


「何のこと? 私は何も知らないわ」

「この者は私がオリヴィアの姿に変えられたことも知らずに自白しました。彼女はオリヴィアに毒草の紅茶を渡したそうですよ」

「嘘、私そんなこと言っていない!」

「私を嘲笑いながらそう言ったではないか」

「ぶ、ブリオスト様を嘲笑ったことなどないわ!」

「私を馬鹿王子と呼んでいたのに? 確かに私はとんでもない馬鹿王子だった。まんまと君の奸計に陥ったわけだからな」

「そ、それよりも先に、姉を追わなくていいの!? 危うく姉に代わって処刑されるところだったのよ!? これって不敬罪でしょ」

「その前に私がオリヴィアに冤罪を着せた……そうするように仕向けた君こそが全ての元凶だ」


 ブリオストの言葉に、国王は目を剥き、側に控える騎士達に命を下す。


「アンネッタ=モンレオーネを捕らえよ! 王妃を毒殺し、その罪を第一王子の婚約者、オリヴィア=モンレオーネに押しつけた疑いがある」



 後退りしていたアンネッタは女性騎士二人に両脇を抱えられた。

 彼女は髪を振り乱し、抵抗をする。


「離して! 離しなさいよ! 私は王子の婚約者になる人間よ!!」


 見物人達たちは髪を振り乱し抵抗をするアンネッタを見て、ざわざわしていた。

 その中には逃げ出す者もいる。知らなかったとはいえ、王子に石を投げつけたのだ。罰せられると思ったのだろう。

 アンネッタは一緒に見物に来ていた父と母を見る。 


「お父様、お母様! 助けて!! 私、お姉様にはめられたのよ!! 私は無実よ!!」


 しかし父親と母親はそんな娘の顔を見ようとはせず、ただ俯いていた。

 何も言わない両親にアンネッタは怒鳴り散らす。


「お父様! お母様! 何でこっちを見てくれないの!?」


 父親は辛そうに目を伏せ、震えた声でアンネッタの問いかけに答える。


「アンネッタ……もう全て終わったのだ」

「……!?」


 母親はあふれ出る涙をハンカチで押さえながら、嗚咽混じりに娘に言った。


「オリヴィアさえ死ねば、公爵家は私達のものになる……オリヴィアが無実であることを知っていて私達は黙っていた。でも神様は私達を見ていたのね……」

「お母様、何を言っているの……? 王妃を毒殺したのはお姉様でしょ!? ちゃんと証明してよ!!」

「無理よ!! あなた自身が、自分がしたことを殿下に自白してしまったのでしょう!? これ以上隠しても無駄よ!!」

「何よ!! 何とか誤魔化す方法考えなさいよ!! 本当にいつも肝心な時に使えないわね!! この馬鹿親!!クズ親、ろくでなし!!



 もはや諦めている両親をひたすら罵るアンネッタ。

 ブリオストはこの時、普段から両親に罵倒をあびせていたのは、オリヴィアではなくアンネッタだったのではないか、と思った。

 もしかしたら日常的に使用人を虐げていたのも――


 ブリオストは血が出るほど拳を強く握りしめた。


 そんな光景を密かに見守る人物がいた。

 オリヴィアだ。

 髪の毛を無造作にくくり、色あせたフードマントを纏った彼女を見て、元王子の婚約者だと気づく者は誰もいなかった。

 オリヴィアは自分の腕輪へと目をやった。


『オリヴィア。この腕輪はね、私の家に代々伝わるものなの。一見、ただの腕輪にしか見えないのだけど、あなたの魔力をこの腕輪にためておける魔道具なのよ』

『魔力をためておく、ですか?』

『そう。例えばあなたが悪い人に魔法を使えないように魔力を封じられたとしても、この腕輪を介して魔法が使えるようになるの。だからこの腕輪には普段からあなたの魔力をためておくといいわ』

『こんな貴重なもの……頂けません!』

『あなたが作ってくれたお薬のおかげで、最近身体が楽なのよ。その御礼だと思って』



 オリヴィアは溢れそうになる涙を堪えながら、腕輪を見詰め続ける。

 そして小さな小さな声で呟いた。


「王妃様……」


 

 この腕輪がなかったら自分は今頃、あの断頭台で首を落とされていただろう。

 もしブリオストにかけた魔法が解けず、このまま処刑が執行されるのであれば、遠隔魔法で断頭台の動きを止め、彼を助けるつもりだった。

 そこに愛がなかったとはいえ、敬愛する王妃の息子であるブリオストを、自分の身代わりにするのは忍びなかったから。

 幸い国王陛下が元の姿に戻った息子の姿に気づいたのでその必要はなくなった。

 処刑場に自分を呼ぶ声が聞こえたのはその時だった。


「お姉様!! オリヴィアお姉様!! 本当はどこかで見ているのでしょう!? 私を助けてよ!! いつだってお姉様は私を助けてくれていたじゃないの!!」


 オリヴィアは従姉妹の声には応えず、黙っていた。

 そして騎士に連行される従姉妹の姿が見えなくなるまで見送ってから、彼女は複雑な表情を浮かべ、その場から立ち去った。



 

 その後国王はオリヴィア=モンレオーネの捜索を命じた。なぜなら王室は、ずっと彼女の卓越した手腕によって動いていたからだ。

 オリヴィアが王妃殺しの犯人ではないのであれば、もう一度ブリオストの婚約者として王室に仕えて欲しいという思惑があった。

 しかし王室がどんなに手を尽くして捜査しても、オリヴィアは見つかることはなかった。

 

 ブリオストはその日以来、人が変わったように勉学に勤しむようになる。それと同時に公務もこなし、王族としての実地経験を着実に重ねていった。



 十年後、ブリオストは国王に即位するが、隣の席は空席だった。

 彼は即位後も妻を娶ることはなく、生涯独身だったという。

 王位は養子に迎えた甥に譲ったと伝えられている。

 

 



 ◇◇◇



「それから、どうなったんだよ。そのオリヴィアって令嬢は?」

「ああ……外国の貴族に嫁いだって説もあるし、平民になってこの国で暮らしていたって説もあるぜ。いずれにしても大昔の話だ。君主制が廃止されてからもう二百年以上経つからなぁ」

「悪女アンネッタは戯曲にもなっているよな。アンネッタの処刑シーンが見所って、あんまり趣味がいいとは言えねぇけどな」


 とある酒場にて。

 酔っぱらい達がそんな話をしている所、一人の少女がやってきて料理を置いた。

 こんがり焼けた鶏の丸焼きを見て、客達は目を輝かせる。


「やっぱりオリガちゃんの料理は最高だよな。見ただけで既に美味い」

「またまた、食べてから感想を言ってよね」

「もう美味いって分かっているから、先に言っても問題ねえよ。ところでオリガちゃん、その腕輪、どうしたんだ?」


 オリガと呼ばれた少女の腕には赤い石がはめ込まれた腕輪があった。

 少女は自慢げに客にソレを見せる。


「うちの箪笥の奥にあったの! お祖母ちゃんに聞いたら、先祖代々持っていたものなんだって。ご先祖様はすごい魔法使いで、自分の姿や人の姿も変えられたんだよ」

「オリガちゃんも魔法得意だもんな。俺を美男子に変える魔法とかないか?」

「人の姿を変える魔法は国内で禁止されているから習ってないよ」

「そりゃそうだな。人の姿を変えられる魔法なんて悪用されかねないからなー」


 そう言いながら笑う客達に少女はぺこりと頭を下げその場から去った。

 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、一人の男がぽつりと呟いた。


「そのオリヴィアって令嬢、幸せに暮らしたんじゃねぇのかな」

「あ? 何でそう思ったんだ」

「いや、何となくだ」


 男は少女の腕に輝く腕輪を見ながらフッと笑ったのであった。



 End

 

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