第3話 ソレ



「では、投与します」



 無機質な部屋で、多くの管がひとりの男の身体に繋がっている。

 その人物はもう、眼も見えず、身体も動かせない。髪も抜け落ち、もうあとが長くない命。彼が文字通りすべてをかけて研究し続けて、間もなく、研究の成果が出るのだ。

 その様子を白衣姿の人々がかたずをのんで見守る。

 カチッと何かのスイッチを押した音が響く。

 すると、管に信号が伝わり、男に刺激が届く。

 ずっと動けず、しゃべることもままならず、点滴で命をつないできた男の眼が見開かれた。



「これだッ! これだよッ! アレ……いやっ、これは――!」



 男は歓喜のあまり、アレの名前を叫んだ。直後、心電図が大きく乱れたのちに心臓が止まったことを告げるアラームが鳴る。

 誰も救命措置は行わない。静かに目を閉じるだけ。

 そしてスイッチを押した若い研究員が語った記録が残っている。



 ――アレは麻薬です。ひとたび口にすれば死ぬまでずっとアレを欲してしまう。そして、アレを摂取できたときには、感動のあまりその名を口にしてしまい、法に触れる。だからアレは麻薬。やめられない麻薬なんですよ。だから、社会はアレの存在を消した。アレを知る人はみんな、消されます。そう、僕たちも。



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バナナ 夏木 @0_AR

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