『50代目前おじさんパーカーを買う』
星川亮司
『50代目前おじさんパーカーを買う』
明日、50歳の誕生日を迎える子供部屋おじさんは、GUで赤のパーカーが目にとまった。
おじさんは、猫毛ハゲ隠しのニット帽と、ぽっこりお腹、どこで売ってんだのチタンの金色眼鏡。自分がおじさんの自覚があるので、服はいつもは落ち着いた赤と黒のタータンチェックとケミカルウォッシュのジーンズだ。カバンはリュックサック、決してバックパックとは言わない。
おじさんは、真っ赤なパーカーのサイズを確かめた。「3L」ギリ腹が隠れる。
「これなら、『tropical breeze』の涼宮未来ちゃんに逢っても完璧だ」
と、内心でほくそ笑んだ。
おじさんは、自分がおじさんであることを自覚していながら、Hなお店やアイドルとのオタ活は、間にお金が介在しているから、フェアトレードだと認識していた。
休日の昼過ぎに、未来の特典会に参加しよと真っ赤なパーカーで決めたおじさんは、移動の電車で開いたSNSでショックな書き込みを見つけた。
”40歳すぎてパーカー着ているおじさんはおかしい”
20代の若いインスタグラマーがSNSで発信した今日のトレンドワードだ。
「はっ!」
おじさんは、自分が若い女性に見られてることに気がついた。コソコソ声だったり、指を指している。
おじさんは、顔を真っ赤にして、次の駅で逃げ出すように下車した。
この駅で降りる人はまれだ。おじさん以外にはほとんどない。
おじさんは恥ずかしさと、未来に会いたいと言う欲望との間で、心が振り子のように大きく揺れた。
「未来ちゃんに逢いたい。でも、笑われるかもしれない。でも、逢いたい。笑われたくはない……」
おじさんは答えの出ない問答を心の中で30分ほど悩んだ。
悩んだ末、出した答えは、「今日は、帰ろう……」だった。
おじさんはこの日のために、オシャレしたのに、若い女性の評価は「ダサい」のだ。
おじさんの生きている世界線では、人気男性アイドルの松潤太郎くんを真似たジャニーなファッションだ。
だが、おじさんが生きる同じ若い20代の女性の世界線では、もう、似合わないのだ。
(おじさんになってもパーカーくらい着てもいいじゃんか……)
おじさんは、現実を突きつけられた恥ずかしさから、落胆して改札を出てタクシーで家に帰って、姿見鏡に写る自分を嫌悪して、赤いパーカーを脱ぎ捨て、いつもの赤と黒のタータンチェックとケミカルウォッシュのジーンズに着替えて、昼間だというのに布団に包まってふて寝した。
おじさんは、翌日、仕事の時間になっても布団をでない。翌々日になっても布団から出れない。3日、4日……1ヵ月。とうとうおじさんは仕事を首になりひきこもりおじさんになってしまった。
おじさんは、SNSの些細な一言で傷ついて、社会のレールから外れてしまった。外れるつもりはなかったが脱落した。
50代目前のおじさんはセンチメンタルに傷ついて人生を生きていけなくなった。
おじさんは、気づいたら町内からいなくなってた。
もしかしたらどこか遠くへ旅に出たのかも知れない。いやいや、どうして、普通に別の町で人生をやり直しているかもしれない。はたまた、心が荒んでしまって、若い20代の女性ばかりを狙って駅のホームでわざと肩をぶつける”ぶつかりおじさん”になってしまったかもしれない。
ただ、わかることは、おじさんは昨日、真っ赤なパーカーを好きなアイドルに逢いに行くために、生年みたいに胸を高鳴らせて買ったと言う事だ。
〈了〉
『50代目前おじさんパーカーを買う』 星川亮司 @ryoji_hoshikawa
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