美味しく心を掴みたい宝条さんと、こども舌の雨杉くん

桜庭 暖

第1話 スイート・スイート・バレンタイン!…の予定

 空は快晴。決戦の地である通い慣れた高校の正門前。

 ここ最近続いていた曇りや雪の予報をそっちのけに、太陽はこの日、ひとつの覚悟を決めた少女を心を煌々こうこうと照らしだし、熱くたぎらせていた。



「ついに来たわね……。待ちに待った、バレンタインデー……!」



 片手には紙袋。中身を確認して、ひとり妄想を重ねて彼女は口の端を緩ませる。

 この紙袋の中に入っているのは、何を隠そう昨日徹夜で作り上げた渾身の手作りチョコレートなのだ。この日のためにいくつものレシピ本を少ないお小遣いで買い漁り、試行錯誤を重ねた最高傑作を用意してきたのである。


 ――弟に何回も試食させたかいがあったわ……! きっとこのチョコなら、愛しの雨杉あめすぎくんも振り向いてくれるはず!


 そう内心ニヤつきを抑えきれていないのが、顔にも現れていたのだろう。彼女の左肩が不意に叩かれたかと思えば、よく知った声が背後から聞こえてきた。



「まーりっ! おはよ! どうしたの、そんなにニヤニヤして。……あっ、その紙袋……もしかしなくても雨杉に作って来たチョコでしょ? 今日こそ告白するんだって張り切ってたもんねぇ」


「ちょ、ちょっと結菜ゆいな! こんな人通りの多いところで言うのはやめてよね! あ、雨杉くんがたまたま聞いてたりしたら……どうするのよ……」



 ぼっと顔を茹で上がらせて、と呼ばれたブロンドヘアの少女がキョロキョロと周囲を確認する。

 その慌てぶりを見たボーイッシュな黒髪の少女――芹沢せりさわ結菜ゆいなは、ケラケラと愉快そうな笑い声を上げた。



「大丈夫だって。雨杉の家は反対方面だから、正門こっちには来ないはずだよ。いやぁ……それにしても、まさか学校一の美少女とまでうたわれた宝条ほうじょう真理亜まりあ様が、ついに誰かの彼女になる日が来るだなんて。親友として、これ以上の幸せは無いっ!」


「もう……結菜ってば、からかわないでよ。まだ告白が成功したわけじゃないんだよ? もしかしたらフラれちゃう……かもしれないし……」


「なにしおらしくなってんの! まりに告白されて嬉しくない男なんていないって。心配なら告白はもう少し機会を見てからにする?」


「ううん、大丈夫。今年のバレンタインで告白するって、私も覚悟を決めたんだもん。絶対に成功させてみせるよっ! ――って、もうこんな時間! 結菜、早く行こう! 金曜日の一時間目は体育だから、早めに行って着替えないと先生に怒られちゃう!」



 そう言って、真理亜は大事そうに紙袋を抱えたままパタパタと走り出してしまった。

 結菜が校舎の上部に取り付けられた時計に目をやると、時刻は既に八時十分を過ぎた頃。彼女達の教室がある二年一組はここからそう遠いわけではない。真理亜は単純に、はやる気持ちが抑えきれずに早く放課後を迎えたいだけなのだ。



「やれやれ……いつもは告白される側なのに、いざ自分がする側になるとあんなにしちゃって。そういうところが、なんだか放っておけないんだよなぁ。……ほら、まり! あんまり走ってると転んでチョコ潰しちゃうよ!」



 せっかくのチョコレートを台無しにしてしまっては目も当てられない。

 結菜は先に行ってしまった真理亜にも聞こえるよう、わざと大きな声で呼び止めると、遠くで驚いて飛び上がる彼女を見てくすりと笑みをこぼす。それから手招きをする親友の姿を追って、小走りにその後を追うのだった。

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