第5話 職業:中の人

 バンザイニャムコの開発部長の肩書を自ら捨てたというのに。


 今、辞めれば、退職金にさらに5年分の給与が上乗せされるからさ。

と周りにはいかにも金に釣られたように言ったが、本当の理由は違う。


 女神が、軽い足取りで付いてきた。


「勇者の到着はいつ頃になりそうなんだい?」

「募集をかけています」


「募集?」

「はい。ネッコミーで。閲覧数は多いので、早々に決まるかと」


 まさかのスキマバイトだった。


「来たって死ぬだろ、それ。私が勇者やったほうがいいぐらいだ」


「ササキさんて魔族との婚姻には抵抗がないタイプです?そこまでしてくださるなら、神々としては大助かりです」


「……」


 女神が立ち止まって手を振る。最後に、余計な一言を残して。


「ササキさーん!私、いつでも見守っておりますので~。あ、合コンの時間!」





 

 ササキは手提げ鞄と牛丼を片手にひたすら歩いた。


 しかし、行けども行けども同じ景色。

 すぐに飽きてくる。


「デモページでこんなの出されたら、すぐ離脱される。少しフィールドが単調すぎる。特徴的な木とかあった方がよさそうだな。着の身着のままで冒険者がやってくるというのなら、そこに、冒険服一式があるとか」


 すると、草だらけのそこに魔女が好みそうな奇っ怪な枝葉と幹の大木が表れた。


「へえ。これが構築スキル」


 木の幹に触れてみる。


 プラスチックやアクリルとは違う。

 ちゃんとした木の質感があった。


 冒険者の服と、ブーツも置いてある。


「じゃあ、草。ニンゲンが開発した地域に映える草は、全て芝生に。そうだな。アメリカ映画に出てくる昼下がりの庭のような」


 具体的な指示を与えると、合皮のような見た目だった草は、緑の芝生に変わった。

「よしよし。次は家。月刊『家』の表紙を飾るようなタイニーハウス」


 すると、空に線で囲まれた注意画面だ出てくる。


『構築スキルが足りません』


「ああ、そう。どれ、自分の実力を見てみるか。ステイタスオープン」 




 名前:ササキ

 職業:中の人

 スキル:統率

 ユニークスキル:異世界構築(基礎)

 レベル:1

 体力:5

 知性:50

 気力:10

 統率:1

 構築:1




「職業、中の人ねえ。知性50にして体力5。10倍の差があるなあ」


 ササキは木の幹の根本に腰掛けた。


 木と草を構築したせいだろうか、猛烈に腹が空いていた。


「アスミ。ありがとう」


 自分を異世界送りにしてしまったと罪悪感を持っている後輩に礼を言いながら、ビニールから、牛丼特盛とお手拭き、割り箸、七味の小袋を並べる。


「異世界一人メシ。牛丼編」


 両手を合わせて、いただきます。


 ちゃんと食事と向き合うのは、何年ぶりだろう。


 デスクで仕事をしながらが常で、それ以外でも、常に仕事のスケジュールのことばかり考えていた。自堕落に過ぎした半年間は、何を食べて生きていたのか。


「美味い」


 次、いつ、食べることができるか解らない分、ことさらだった。

 尻のポケットあたりに違和感があり、ササキは右の腰を少し上げた。


「ニャムコか」


 アスミから貰ったニューモデルだった。


「ご相伴してもらおうかなあ」


 真向かいにニャムコを置き、風を感じながら食事を楽しむ。


「天気も考えないとなあ。とすると地形を知らないと」


 たかがゲーム。

 かつては子供の遊び。

 今は、大人の暇つぶし。


 だが、異世界系のを作るのには、膨大な知識が必要になってくる。

 浅くても構わないが、幅広さは必須。


 まずは世界史。

 そして、神話。


 王権制の知識も問われる。

 さらには地理学。


 植物学も触りだけでも知っておいたほうがいい。


 空想植物が異世界にあるならいいが、現実の世界で熱帯にある植物が異世界の寒い地域に生えていたとしたら、プレイヤーを無意識に萎えさせてしまう。


 商人が活躍する世界なら、国家間交易と地政学に詳しい方がいい。海洋に関しても知っておかねばならないだろう。


 バトル系なら、古代から現代まで軍事のことは一通り。

 スローライフするなら農業関連の知識と天候のことを。


 牛丼を味わって食べていると、視線を感じた。

 女神が匂いに釣られて戻ってきたのだろうか?


「食い意地が張ってそうだもんなあ」


 ササキが独り言を言っていると、


「それ、何?」

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ゲーム会社の元社員、異世界構築スキルを授けられ中の人になる。 遊佐ミチル @yusamichiru0929

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