第5話 神話は歴史の中へ

 いくら女神だと言ってくれても──。

 長く国をけていた女神だ。


「シャンテが妃になってくれたら、国中で大喜びだよ。皆キミに怪我を治して貰って、女神の力に感激してたじゃないか。それに調べたんだけど、ラギアの"聖女"は、ユラン人からしか生まれないんだ。代々そうだったみたいで、つまりキミの両親も、ユラン人だ」

「え?」


 ルタの言葉に思考が止まる。私が、ユラン人?


「だからシャンテも僕と同じ、黒髪だろう? ラギア人は黒髪じゃないのに」

「で、も、これは……、邪神だから闇に染まったと言われてて……」

「違うよ。ラギアの奴ら、女神の代替わりのたびに赤子をさらっていたらしい。帰国した時、シャンテによく似た貴族夫人がいて驚いたんだ。尋ねてみると十七年前、生まれたばかりの子どもを取られたって」

「もしかして、その人は私の……?」


 声が震える。こんなこと、思って良いのかと。ぬか喜びになるのではないかと。

 もしくは、これは夢で、ルタも夢で……。


 力強く握られた手に、現実だと実感する。


「うん。家族である可能性が高い。シャンテのことを話したら、キミを迎え入れたいと言ってたよ」


「!! ──私、邪神だから。親に捨てられたのだとばかり……」


(家族かもしれない。私に家族がいた。それに捨てられたんじゃなかった!)


 長く傷ついていた心の穴が、じんわりと埋められていく気がする。

 そしてあたたかな思いが希望とともに、全身に広がる。


「ラギア人め……。シャンテをこんなに苦しめて、許せない。どうしてやろうか」


 ルタは憤慨する面差おもざしも整っている。

 彼のすべてが愛しい。

 もうこの気持ちを、止めなくていい。


「ルタ……。じゃあ私も、ルタを好きでいて良いの? あなたを想ってて、許される?」


「もちろんだよ、シャンテ! 僕を好き? 本当に? ああ! 嬉しい! 今日は僕にとって最高の日だ!」


 眩しい笑顔を向けられて、私も心から喜びを返す。


「私も。私にとっても人生で一番素敵な日よ!」

「人生で素敵な日は、これからももっと、何度もあるよ。ふたりで作っていこう。幸せな思い出が積み上げるように」

「ええ。ありがとう、ルタ。大好き……!!」


 話しに夢中ですっかり周りを見てなかったけど。

 聞き耳を立てていたユランの兵たちが、私とルタ以上に盛り上がって、盛大な拍手が鳴り響いたから。


 私はルタの腕の中に逃げ込んで、隠して貰った。

 一層、大きな歓声となったことは、言うまでもない。





 こうして。元ラギアの聖女は、ユランの女神としてユランの地に戻り、王家に嫁いだ。


 枯れていた大地は、再び隆盛を取り戻し、豊かな実りと輝く生命力に満ち溢れ、国は長く栄えることとなる。


 一方、ラギアは急激に衰退し、ユランに併呑されたのち、完全に地図から消えた。


 彼らの神は。

 とっくにいなかったのだ。


 おごり高ぶって傲慢に暮らしていたラギア人の元から、神が去っていたからこそ。

 他国の女神に奇跡を頼むことになっていたのに。


 "聖女"と呼んで飼い殺して、なおも反省することなく過ごしたため、この結末を招いた。


 本当に感謝と愛が必要だったのは、自分たちだったのだと。

 気づくことなく歴史から消えた国を少し、憐れに思う。

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国のためと言われても。私が守りたい人は、ここにいません。 みこと。 @miraca

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