第4話 ユランの女神

 ルタから聞いた話によると、私は遠い昔、ユラン国の女神だったという。

 豊穣を司る、大地母神。


 侵略された国の神が、支配国によって歪められるのは、ままあること。


 数百年前、戦に負けたユランは、ラギアに多くの土地を割かれ、残った国土はラギアの属国とされた。

 そのため、ユランの大地母神シャンティの力は、大きく削られてしまう。


 ラギアに連れ去られた女神こと私は、彼らの神の属神とされ、聖女として使役されることになった。


 本来私が守るべきユランの人々と遠く離され、徐々に力を失っていくと同時に、記憶もかすれ、曖昧あいまいに。

 人として転生を繰り返すと、さらに女神としての記憶は消えた。


 そのため言われるがままに、ユランに隷属する存在となっていたけれど。


(ルタからの食べ物と気持ちで、力が戻っていったなんて)


 ルタ自身も私が、自国の"奪われた女神"だったとは知らなかったらしい。気づかず、友達として親切にしてくれていた。


 けれど彼が分けてくれた食事は、"祭司である王族からの供物"として、私に大きく影響したようだ。私の神力は無意識に増し、離れていても彼を守護していたという。


「命を狙われ逃げた時に、何度もシャンテの力がまもってくれた。ユランに辿たどりつく間も、ラギアとの戦闘中もずっと、シャンテがそばにいてくれているような気がしてたんだよ」


 不思議な感覚に包まれたまま、国元で王家秘蔵の歴史書を確認した時。

 女神シャンティの紋章と、"聖女の証"が同じ形状だと気づいたらしい。


「それでほぼ確信した」


 女神の記録は、ラギアによって大部分が消し去られていたから、隠された文献でしか確認出来なかったと言う。



 それでもユランの民たちは、口伝で女神の存在を伝え続けてきたようだ。


 "我らの女神シャンティが、ラギアで酷い扱いを受けている!"


 ルタの言葉は、ユランの国民を奮い立たせた。


 "女神を取り戻そう"と沸き立つ最中さなか、開戦のしらせ。

 ユランは一丸となって応戦し、勢いのまま逆にラギアに攻め入った。


「あとは、知っての通りだよ」


 慌ただしい周りをよそに、ひとまずはと時間を設けて、ルタが私に状況を話してくれている。


 武装してて、いつも以上に凛々しいルタの隣に座るのは、何故だか落ち着かない。

 七歳だった少年も、今は十七歳。

 ぐっと背が伸びて、声も低くて、思慮深い眼差しが、誰よりも優しくて……。でもそれ以上に。

 良かった! 生きててくれて!


「私、あなたが殺されたと聞いて……。もう決して、ラギアのためになんか祈ってやらないと思ってたの。自分が育った国なのに、こんな風に考える冷たい私は、やっぱり邪神なんだって……」


「邪神だと言うのは、ラギア側の方便だよ。その方が奴らにとって都合が良かったから。やっぱりシャンテに罪なんてなかった。僕たちの女神を、あいつらは不当におとしめたんだ」


 悔しそうに言ったルタは、それから少し止まって。珍しく、歯切れ悪そうに眼を逸らした。


「その……。もしかして僕のことを、心配、してくれてた?」


「もちろんよ! 会えない間、どんなに気を揉んだか! 二度と会えないと聞いて、胸が潰れそうだった!」


「でも僕は、ずっとシャンテを感じていた。キミが片時も離れず護ってくれていて、嬉しかったんだ」

「ええっ」


 私の気持ちは、いつもルタに向けていた。

 だからだろうけど、それはちょっと恥ずかしすぎる、気がする。


「っ。あ、あの。イヤじゃなかった? 私がずっと横にいる感じなんて──」


イヤなものか! 女神の力だって気づくまでは、キミが恋しいあまり、錯覚や幻覚が出たんだとばかり──、あっ!」


 急にルタが真っ赤になって口をつぐんだけど。


(い、いま"恋しい"って言った? もしかして、ルタも私のこと、想ってくれてるの?)

 私なんて、湯気ゆげが出るほど赤く染まってしまっている。


 とても聞いてみる勇気なんてない。

 どぎまぎしてると、ルタが言った。


「シャンテのことが、ずっと好きだった。これからもキミと一緒にいたい。僕のことをそういう対象として、考えてみてくれないか」

「そういう対象?」

「恋人兼夫候補、からの、将来は結ばれたい」

「~~!!」

「今までは、明日もわからないような人質の身だったから、告白出来なかっただけで……。僕が恋心を隠すのに必死だったの、気づいてた?」


 私はぶんぶんと首を横に振って否定する。


(そんな、確かにルタはいつも大事に気遣ってくれてたけど……。あれはそういう意味だったの? その、好き、っていう意味で──……)


 どうしよう。ルタの顔がまともに見れない。

 こんなに鼓動が早くなったのなんて、きっと初めてだわ。心臓が騒いで、口から飛び出ちゃいそう。抑えとかなきゃ。


 私がうつむいていると、ルタが焦った様子で言葉を重ねた。


「女神様には釣り合わないと思うけど、相応しくなれるよう、頑張るから」


「そんな! 頑張るだなんて、ルタは十分素敵だわ。それに女神様だなんて。私もいまは、人間ひとだし。それに……。いまのあなたと私では、王子様とラギア国の平民だもの。そっちが釣り合わないわ」


 そうなのだ。思いがけない嬉しさが体内を駆け巡った後、私が気づいたのは身分の差。

 彼は戦勝国の王子で、私はその敵国の娘。周りに認められるわけがない。

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