第3話 開戦と、反抗と

「ユランを滅ぼす。人質はもはや不要! ルタ王子を殺して、首を送り付けてやれ。開戦だ!」


 ラギアの王は、何かと反抗的なユラン国を疎ましく思ったらしい。昔は肥沃だったユランも、度重なる搾取で収穫量は激落ち、かつての魅力を失っている。

 王は隣国の殲滅せんめつを思い立ち、戦を仕掛けた。そのほうが"気が晴れる"という理由で。


 私がそれを知ったのは、もう何週間もルタに会えず、案じていた時だった。


「ルタは?! ルタはどうなったの?」

「は? 当然、殺されたよ。事態に気づいて逃げ出したらしいが、追手が仕留めたと国王陛下に報告されたさ」


 聖女わたしに仕事を課しに来た兵士に問うと、絶望という名の答えをくれた。


「ころ……された……? なんで? どうして、ルタが何をしたというの?」

「うるっさいなぁ。人質なんだから、当然だろう? それよりお前、さっさと働けよ。戦争だ、聖女の仕事は山とあるぞ」


 "怪我人の治癒に、結界の強化。兵の体力の底上げに、武器に祝福の付与"。


 指折り数える兵の言葉を、私はもう、聞いていなかった。


(あんなに毎日祈ったのに! ルタを助けることが出来なかった──)


 私の消沈に反応した結界はもろくなり、そこを突いて、逆襲に燃えるユラン軍が攻め込んだ。


 兵力差から楽な侵略戦争とタカをくくり、いたぶり遊ぼうとしていたラギア軍は、思わぬ猛反撃を受けたのだ。

 あっという間に陣が崩れ、追われて対処にもたつくうちに。ユランの旗が、王都を囲む。


「この穀潰ごくつぶしめ。何をやっている!」


 髪を掴んで引きずり出され、城壁で指揮をとるオズル将軍の元に、引き出されたのが先のこと。

 そしていま、殴られ横たわる私に、オズル将軍は言う。


「心を改めて、さっさと祈れ! でなくばその首、この場でねてくれる」 


あおった甲斐があった!)


 振り上げられた剣を、私は静かに見つめる。


 あと一言。こいつを逆上させることが出来れば。


(ここで終わらせる。私が殺されて、次代の聖女として生まれるまでに。ラギアの国は滅びるが良い!)


 やはり私は、邪神だったのだろうか。

 育った国の滅亡を願うなんて。


 だけど大切にしてもらった記憶なんてないし、何より。


(──ルタを殺した国に、未練なんてない)



 その時だった。

 どよめきが城を揺らし、ひときわ大きな声が響く。


「ラギアの王は討ち取った! ユランの勝ちだ!」


(えっ……?)


 今の、声は。


 いいえ、多分聞き間違い。願望が招いた幻聴。

 それか、彼の、親か兄弟で──。


「ルタっっっ!!!」


 城壁から見下ろす土煙の中に見えたのは。死んだと聞かされた青年、ルタだった。


(生きていてくれた!!)


「ルタっ、ルタぁぁぁっ」


 無我夢中で立ち上がり、城壁の端に駆け寄る。

 呼び掛ける私に気づいたのか、ルタが視線をこちらに向け、途端に叫んだ。


「シャンテ! 後ろっ!」

「!」


「すべて貴様のせいだ、邪神めェェェェ!!」


 オズル将軍の刃が、私の首めがけて迫っていた。


「!!」


 結界が。

 発動した。


 私を包む白い光が、オズル将軍を剣ごと吹き飛ばす。

 彼は勢いを殺しきれず、城壁の逆側に転がり落ちた。


 息をするのも忘れて固まっていると。

「シャンテっっ。大丈夫か?」

 ものすごい勢いで階段を駆け上って、ルタが来る。


(すごい、飛んでるみたい)


 彼が無事で嬉しくて、私の視界が涙でにじむ。


 逃げ延びていた。


 ユラン国に戻れたようで、彼の鎧には王子の身分を示す意匠が刻まれている。

 手には先ほどラギア王の血を吸ったであろう、鋭利な剣が握られていた。


 人質として過ごしたこの王宮で、ルタは木に登って、練兵の様子を真剣に見ていた。

 隠れて武芸を訓練し、兵の配置、手薄なところ、抜け道、仕掛け、可能な範囲で探っていた。

 その努力が今日、実を結んだのねと感極まる。

 だってラギア王は、隠れてたみたいだから。彼が探し当てたと、直感した。


 兵士が言った、"ルタを仕留めた"という話は誤報だったのだろう。もしくは、罰を恐れた兵士の虚言。


 "そいつが嘘をついてる可能性だってある"

 ふいに過去、ルタから聞いた言葉が耳に蘇る。


 都合にあわせて、人は嘘をつく。

 真実を捻じ曲げて。



 オズル将軍の戦闘不能を確認したルタが、改めて私の前に……。立ったと思うと膝を折る。

「ど、どうしたのルタ。どこか怪我を──?」


 それなら治してあげなくちゃ。

 ルタのために治癒を発動しようとした私に、かしこまって彼は言った。


「シャンテ。いいえ、ユランの女神様。やっと御身を取り戻せます。長くお待たせしましたこと、お許しください」


 そのまま頭を下げられてしまったけど。

  

 ユランの女神?

 ラギアの邪神や聖女ではなく?


 ユランは、ルタの国。私がそこの女神というのは一体──?

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