第2話 人質王子との出会い

「でも、シャンテ自身は何も悪いことしてないんだろ? なら、こんなのは、おかしいんじゃないか」


 十年前。私にそう言ったのは、同い年の男の子。


 私と同じくみすぼらしい衣服に、ボサボサの黒髪。

 けれども瞳は強い意志を感じさせる、品格ある少年だった。

 王宮の奥庭で、私が押し付けられた掃除をしている時に出会った。


 彼の名はルタ。いまは失われた、私の大切な人。

 声変わり前だった彼の声も、まだ鮮明に覚えてる。



「え……、だけど……。皆がそう言うよ?」


「ずっとずっと大昔の神様の話だって聞く。聖女は何代も代替わりをした。そんな大昔から生きてて、見た人間が言ってるならともかく、憶測や作り話かもしれない」


 私はとてもびっくりした。

 疑問なんて持ったことが、なかったから。


 さらに続けて、ルタは言う。


「それにもし、目撃した人がいたとして。そいつが嘘をついてる可能性だってある」

「そんな……」


 私は言葉を失った。そして次の瞬間、たずね返していた。


「私の罪が作り話なら。どうして私はこんな目にってるの?!」


 重なる日々が、すでに限界だったのだろう。

 目から涙があふれだす。


 気がついたら王宮預かりだった私に、両親の記憶はない。

 "聖女の証"と呼ばれる紋様があったから引き離されたのか、捨てられたのか、それさえもわからない。

 それでも。


 今まで生かして貰えていることに感謝して、祈っていた。

 愛して貰いたくて、愛してた。


 私の感謝と愛は、これからどこに向かえば良いの?


 急に取り乱した私に、ルタはとても慌てたようだった。


「ご、ごめん。僕の話だって、推測でしかないんだ。僕のカンは"シャンテは悪くない"と告げている。けど、もしも」


 寄り添って、背中をでてくれる。


「過去に何か罪があったとしても、シャンテはとても良い子だから、きっとすぐに解放されるよ」


 あたたかな笑顔を私に向けて、優しい声でそう言った。

 気休めだったとしても、私が一番欲しい言葉と温もりだった。


「その後は、楽しい毎日がやって来る」


 そう言ってから、ルタは下を向く。


「僕よりも、確かな未来が続いてるはずだよ」

「ルタの未来? ルタはどうして王宮にいるの?」


 召使いでも従僕でもない。貴族でも王族でもないルタが、王宮の奥深くに暮らしている不思議。


 彼は労役にいていない。

 けれどかしずかれているわけでもない。


 一角に閉じ込められて、放置されてるようだった。


「僕は、人質だから」

「え?」

「隣国ユラン。僕はそこの王の息子だ」

「ええっ」


 私はまじまじとルタを見た。

 確かに顔は格好良く整ってるけど、服は大きさの合ってない着古きふるしで。


「王様の息子なら王子様でしょ? どうしてこのラギアの国で、貧しい暮らしをしてるの?」

「いま言ったじゃないか、"人質"だって」


 ルタは困ったような顔で私に話す。


「属国であるユランが裏切らないよう、約束の証として僕が要求されたんだ。ラギア国とユラン国が戦争になれば、僕は真っ先に殺される」


「……こ……? え?」


「でもラギア国の横暴さは酷いものだ。国力の弱いユランは、理不尽に使われてばかり。僕はこの関係が続いて欲しくない。いずれユランが立ち上がるなら、僕は殺されても良いと思っている」


 その眼差しは真剣で、声には覚悟があった。

 私はとっさにルタを止める。

 

「そんなこと言っちゃダメ。口に出した言葉は未来を呼んじゃう。ルタにも素敵な幸せが待ってるよ!」


 私が言って貰ったように、ルタを力づけたい。


「私はルタに、生きてて貰いたいよ……?」

「シャンテ……? っつ。有難う」


 ルタの目に涙が光ったけど、気づかなかったフリをした。


(そうだよね。ルタだって心細いよ。敵の国で、孤独で、自分がいつどうなるか、わからなくて)


 その日以来私たちは、頻繁に会って、たくさん話をするようになった。他愛のない内容だけど、さげすみの含まれない声は、とてもとても心地良かった。


 ルタは私のために、自分の食事も分けてくれた。彼だって、満足にはほど遠い量だろうに。

 


 私はいつしか、ルタのために祈るようになっていた。


 七歳でルタに出会ってから十年間、毎朝毎晩。

 寄り添い、励ましてくれる彼に感謝をささげ、彼の無事と日々の平安を願った。


 ラギアの結界は、揺らぐことなく維持されてきた。




 なのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る