国のためと言われても。私が守りたい人は、ここにいません。

みこと。

第1話 邪神の生まれ変わり

「何をしている、クソ聖女! 早く結界を補強して、負傷者を癒せ! 敵が! ユラン国の軍が、王都まで攻め込んできたんだぞ」


 余裕のない怒鳴り声が、私の耳を通り過ぎる。



 ふふっ、ふふふ。

 クソ聖女?

 どうしてそれで、私が従うと思うの?


 無理よ。



 心の中で笑いながら、私はそっと指を組み合わせ、膝をついて祈りを捧げる。

 大切な相手を守るため、奇跡を届ける"聖女の祈り"。



 私の仕草に、オズル将軍は鼻を鳴らした。


「やっとか、ノロマめ。お前のせいで、被害が甚大だ。戦争に勝ったあかつきには、怠惰の責を問わせてもらうからな!」



 おかしなこと。怠惰はどちらかしら。

 国の護りは将軍たちの仕事では?

 奇跡に頼って、訓練もそこそこ。血筋だけで就任した将軍職。日頃遊んでいるから、有事に対応出来てないのに。


  

「っつ、おい、シャンテ! 効果が出てないじゃないか! 何をしている! ちゃんとやれ!」


 私が祈ると常ならば。鉄壁の防護結界が張られ、自軍の力が上昇するはずが。


 敵国の兵は以前変わらず優勢で、自国の兵が次々に倒されていく。

 変わらない状況に、オズル将軍がいきどおる。


「真剣に祈っております。ただ……」


 私は相手を仰ぎ見た。


「ただ私の祈りは、感謝や愛があって初めて発動するもの。ですが今この国に、私が守りたい方も、感謝を捧げたい方もいらっしゃらないので、力が顕現しないのです」


「な……っ、貴様……! 何を言っているのか、わかっているのか?!」 


 震える怒号と同時に、オズル将軍は私を殴り飛ばした。


 盛大に、身体が地面に打ちつけられる。

 目には火花が散り、血の味が口中に広がって、ついた両手は傷ついた。


「邪神の生まれ変わりである貴様を! 我が国で養ってやったというに! 感謝もないとはどういう了見か!」 



 ──聖女は"邪神"の生まれ変わり──


 いつの間にか、そう伝えられてきた。

 

 聖女が亡くなると、新しく、"聖女の証"と"力"を持った娘が誕生する。


 その理由は遥か昔。愛を知らないまがつ神が最高神に諫められ、感謝を覚えるよう、人間ひとの身にとされたからだと言われている。


 だから聖女は"人"でありながら、国を守護する巨大な結界を維持し、傷病人を救い、神のような力をふるうことが出来るのだと。

 神の力を使えるが、神とは認められないため、呼び名は聖女。


 いつか聖女の内なる邪神が心を覚え、過去の罪をあがなうその時まで、聖女の贖罪は続く。



 ──罪の女、いたぶって良い女、国に奉仕して当然の女──



 物心ついた頃には、私はそう扱われていた。


 王宮の片隅につながれている、聖女という名の罪人。

 そこに尊厳があろうはずもない。


 食事は残飯。与えられれば良い方で、パンの一欠ひとかけさえない日もあった。優しくされたことなんてない。



 それでも私は祈り続けた。


 この境遇は全部、私が悪いのだから。


 ゆるされるまで。認められるまで。

 ひたすら日々に感謝して、皆のために尽くすのだと。




 ◇




「でも、シャンテ自身は何も悪いことしてないんだろ? なら、こんなのは、おかしいんじゃないか」

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