第6話 真白伊澄は特別な存在です。

 伊澄にはその人物が鈴にしか見えなかった。顔はそれほど瓜二つだった。

 だが、彼女は鎧を着ていた。

 真紅の鎧を———そして、彼女は手をかざす———その指にはルビーのような石がはめ込まれた指輪があり、


 ———え・ん・ま・ほ・う……。


 確かに彼女の口の形がそう動いた。

 すると彼女の指にはめ込まれた指輪が輝き、形を変化させる。


「な……に……魔法? 魔法って言ったか?」


 明らかに物理現象と違う現象が起きていた。

 鎧の少女の手の前に赤く光る魔法陣が浮かび上がり、そこには『剣』という漢字ににた紋様が浮かび上がる。

 ………いや、似ているのではないのかもしれない。

 そう伊澄が思っていると鎧の少女の手の中には指輪が変化した真紅の剣が収まっている。

 そして———、


 ————か・え・ん・ざ・ん。


 再び唇の形からそう読み取れた。


「……日本語?」 


 次の瞬間、鎧の少女の持つ剣から紅蓮の炎が走り、それがまるで刀身を巨大化させるかのように延長し、三メートル、四メートルとその長さが増えて、


「もしかして———!」


 あの少女は自分たちを殺す気だ。

 あの火炎で延長させた剣で窓ごと自分たちをぶった切る気だ!


「伏せて!」


 ミランダも危険を感じ取ったのか、伊澄に飛びつき無理やり床に伏せさせる。

 ドッと床に倒れ、あの少女によってもたらされる破壊を待つ。


「…………あれ?」


 それを何とか耐えしのごうと歯を食いしばって覚悟をしていた伊澄だが、あの謎の炎の剣による破壊は一向に訪れない。

 シーン、とした静寂。

 魔物と機械の争いの音が遠くに聞こえる。 

 顔を上げる。


「あ……」


 やっぱり———だと思った。

 鎧の少女は———秋姫鈴に似た少女は伊澄を見て目を見開き、炎の剣を振り上げたままピタリと止めていた。

 振り下ろそうとした。殺そうとした。だが何かに気が付いてそういうわけにはいかなくなった……そう、表情から読み取れる。


「やっぱり、あの子は鈴だ! 鈴の生まれ変わりだ!」


 鎧の少女は剣に纏っていた炎を消し、それを鞘に納めるとワイバーンの首から垂れ下がる手綱を掴み、くるりとワイバーンの身を反転させた。

 そして、エンデヴァーから離れ遠くの主戦場へと帰っていく。


「待って! 鈴!」


 伊澄は駆け出した。


「……ッ! どこへ行くんです! 止まりなさい!」


 ミランダが突き刺すような声で命令する。

 伊澄は背後からカチャリ……と嫌な金属音が聞こえたので最悪の可能性を一応考え立ち止まり、振り返る。

 最悪だった。

 どこか目的地があったわけでも、逃げようとも思っていなかった。ただあの鈴と思われる少女を追いかけたい一心で駆け出したのだが、ミランダにとってそれは致命的にダメだったことだったようだ。

 銃を突きつけられていた。


「電気銃よ。あなたの時代ではテーザーガンと言ったほうがわかりやすいでしょうね。高圧電流を飛翔させて人間の筋肉を麻痺させる———、」


 よくよくその銃身を見れば、未来的で、どこかおもちゃの様でもある。四角のバレルと先端の発射口は銃弾を発射する穴ではなく、ミランダの言う通り電気を発射するための四角い電極板がついている。


「———これを撃たせないで、痛いわよ」

「すいません。出口は何処です?」


 ミランダの言葉を無視した。

 彼女がテーザーガンといえど銃まで持ちだすことに違和感があった。

 ここでは伊澄はただの労働力のはずだ。目覚めたばかりでエンデヴァーのことなんて何も知らない。あくまでこのEDEN開拓のための労働力として目覚めさせられた一般人のはずだ。 

 そんな自分に向けて銃なんて突きつけるなんてミランダは大人げない人間であり、そんな愚かさを持っている大人でも威嚇のために大げさに持ち出した銃なんてぶっ放しはしないだろう。

 実際に撃ったらミランダの立場の方がマズいことになるはずだ。

 恐らく自分が生きていた時代から千年も経っているのだから倫理観や道徳心が更に理性的になり、同胞に対する暴力的な行為はNGのはずだ。

 伊澄はそう判断した———だから———、


「あの女の子は鈴のはずです。俺は彼女に会わなければいけない。このエンデヴァーから出られる出口を教えていただいて、あとできれば移動できる手段が欲しいです。自転車ってここ置いてないですか?」


 強気な態度に出て自分の要求を通そうとする。

 あまりにも舐めた口だと自分でも思うが、ここまで厚顔無恥だと相手も呆れ果ててもしかしたら自分を自由にさせてくれるかもしれない。もしもミランダが普通に怒り出しても、それはそれでうまく会話を乗せることができれば気を使って会話するよりも多くの情報を彼女から引き出すことができる。

 そう思う。

 これは、交渉だ。


「真白伊澄。あなたは馬鹿なの? 教えるわけない。あなたをここから出すなんてできるわけがないでしょう?」

「そりゃあ市民の身の安全を、移民船団艦長としてやらなければいけないんでしょうけど、僕には僕の事情がある。僕が秋姫鈴にこだわっているのは話しましたよね? さっきの娘が秋姫鈴なんです。あの子はこのEDENに、プロキシマ・ケンタウリ星で生まれ変わったんです! 魂の送信装置———〈バベル〉によってこのプロキシマ・ケンタウリにソウルクラウドを作って、この星で輪廻転生をしていた! 彼女がこの時代の、この世界の鈴なんです!」

「顔が似ていたと言うだけでしょう! それにアメ・マシロの魂の箱舟ソウルノア計画には根本的な問題があったことを忘れたの? 魂は転生できても……前世の記憶が蘇ることはない。真白理論によって地球に生きている全ての生命体が輪廻転生を繰り返していると証明されたはずだけど、あなたに前世の記憶はある?」

「それは……!」


 グッと言葉に詰まる。


「例えあのワイバーンに乗っていた魔道騎士があなたの求める秋姫鈴だったとしても、それが前世のことを思い出すのは非常に確率が低いの……! 今のところ……は! だから……!」 

「……?」


 段々とミランダの言葉の尻が消えていく。どんどんと勢いを失っていく彼女の様子に疑問を抱くが、徐々にテーザーガンの銃口が下がっていっていたので、伊澄は隙あり、とそろりそろりと動き出す。


「待ちなさい!」


 声は威勢はいいが、ミランダは再び銃を構えることはない。

 突然、体調が悪くなったのかな? と伊澄は思った。

 何にせよ状況が都合がいい方向に転んだのは間違いない。


「すいません、お世話になりました———」

 伊澄の目の前には階段があった。恐らく下へ下って行けば地上に出られるだろうととりあえず向かうことにし、

「———ですが、あっちだって〈バベル〉で転生した地球人なんです! もしも僕が鈴と話せてあっちとこっちがおんなじ種族の人間だってわかりあう事ができればこんな戦争する必要もなくなる。そういう意味でのメリットを提供できると思いますよ!」


 それで恩返しとさせていただく。そう伊澄は心の中で言葉を付け加えて階段に足を駆け、完全にミランダから遠ざかっていった。


「……そ、私にも……〝コード〟が……!」


 遠ざかりながらも、耳に届いたミランダの声。


「〝コード〟……?」


 何故だかその単語が嫌に頭に残った。

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地球が滅んだあとのボクたちは? ~まさかの剣と魔法の世界でドンパチ激しくやってます~ あおき りゅうま @hardness10

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