第5話 再会

「ここが……EDEN、ですか……」


 そこには草原が広がっていた。

 地平線の彼方まで続く輝く緑。灰色の狼のような生き物が駆けまわり、そこから少し離れた場所で全長五メートルはありそうな巨大鹿が歩き回っている。草原を構成している植物は単子葉類で土も茶色。そこまでは地球の草原と変わらないがそこに生きている生物で自分たちは地球とは違う世界に来てしまったと理解できる。

「EDENの空は地球と全然違うんですね……」


 EDENの空は桃色がかって、どこか子供向けのファンタジーアニメじみた異世界感を醸し出しており、地球の空と何より違うのは太陽が三つあった。

 大きく赤く輝く太陽と、そこから遠く離れた場所に二つの黄色く輝く光点がある。大きさが全く違って、赤い方は地球の太陽より少し大きく、黄色い方は夜空に輝く星より少し大きい程度でそちらは光源としての役割を全く果していない。


「ええ、このピンク色の空も慣れたらいいものよ」


 宇宙船エンデヴァーの展望スペース。

 空港の待合所のようなガラス張りの開けた場所で伊澄はミランダと共にEDENの景色を眺めていた。


「ここで暮らしていくしかないんですよね」

「ええ、地球は完全に閉じてしまった。これを見る?」


 ミランダはスマートパッドを操作してある画像を表示させた。


「何です? これ?」


 それは星だった。

 真っ白な———雪に包まれたような星。


「それが今の地球よ」

「でも白いです」


 伊澄はミランダが冗談を言っているのだと思った。

 地球は青くて美しい。だが、それは伊澄が生きていた百年前の話。

 伊澄が生まれてからは地球は赤くなっていた。

 環境破壊の影響でドンドン地表から緑が消えて荒野が目立つようになり、大気も二酸化炭素の割合が増えて汚染され、どんどん金星のようになっていっていた。

 それを知っているからこそ、ミランダが見せる白い星が地球だとはとても信じられなかった。


「地球温暖化があまりにも進むとね。海流が変わって今度は大気がドンドン冷却されていくの。それで氷河期が始まって地球は生き物が完全に住めない土地になった……とまで言うのは言い過ぎだけど、少なくとも人間が住むのには適さなくなった。だから、もう私たちは帰る場所がない。このEDENに定住するしかないの……それとさっきの話だけど、」

「さっき?」

「秋姫鈴という女の子について」

「———ッ!」


 伊澄にとって暗い話ばかりで目がぼんやりとして来ていたが、その名前を聞いて一気に意識が覚醒する。


「データベースにあったわ」

「いたんですか⁉ 鈴が! この船のどこかに!」


 ミランダはスマートパッドを操作しながら、伊澄を一瞥もせずに首を振る。

 期待を持たせないための仕草だろうが、それでも伊澄は十分がっかりした。


「過去千年間のコールドスリープに入った人間の履歴を検索したの。それは死亡した人間の記録もちゃんと記録されているから。もしかしたら冷凍保存の失敗例としてその名前が刻まれているかも、と。それで……その……残念ながら2124年の末に冷凍睡眠に彼女は入ったけど、過剰冷却と生体機能の制御に失敗し……秋姫鈴は16歳の若さで亡くなったそうよ」

「そう……ですか……」


 ガンッと頭が殴られたような感覚がする。

 徐々に受け入れようとはしていた。

 あの電車事故で死ぬはずだった自分が生きて千年後の未来で覚醒し、もっと生きるはずだった鈴がすでに死んでいる。その絶望がずっしりと全身に覆いかぶさるようにのしかかって来る。


「でも……あいつちゃんと約束、守ってくれようとしたんだな……」

「大丈夫? 伊澄」

「大丈夫です。大丈夫……」


 とはいってももう足腰に力が入らず、近くにある座席に座り込んだ。


「伊澄。ゆっくりでいいのよ。突然千年後の世界にタイムスリップしたのだから混乱するのはわかる。でもゆっくりゆっくりこの環境を受け入れていったらいいのよ」

「……わかってます。でも、とりあえず何か仕事をくれませんか?」

「え?」


 ミランダがギョッとした。


「仕事? あなた日本の高校生だったのよね?」

「ええ、ですが何か役割が欲しいです。この世界で生きていける役割が……そうしないとただ無駄に考え込んでしまって、もっと動けなくなりそうで……何かこの、EDENでできるアルバイトみたいなものはありますか? 他の冷凍保存から復活した人間と同じように、もう生活したいです」


 今日にいたる千年間。

 様々な理由でコールドスリープに入った人間は新天地での地球人が文化的な生活を送るための労働力としてコールドスリ―プに入らされたと言っても過言ではない。

 伊澄はその使命に準じようと思った。

 でないと更にこの絶望は続くとわかっていた。今まで知っている社会、西暦2124年の社会から実質弾かれてしまったようなもので、人間は社会的な動物だ。社会から弾かれてしまったら本能的な不安感に襲われて、それを放っておけばうつ病になってしまう。

 それを伊澄は理解をしていた。理解をしているのならば、再び社会に属さなければ伊澄のメンタルは回復しない。


「そう、あなたは頭がいいのね」

「そうでもないです。普通です。頭がいいのなら……」


 何故清十郎があんな顔で自分をホームから突き落としたのか、わかるはずだから。

 あいつのことをちゃんとわかっていたら、こんなことになっていなかった。


「そういえばミランダさん。ちなみになんですけど、そのコールドスリープについた人間の記録に小春清十郎って名前はありますか?」

「小春清十郎? ちょっと待っててね……」 


 と、ミランダがスマートパッドを操作し十秒程度経った後、


「ないわ。現在生存しているデータも事故で亡くなったデータもない。その人は確実にコールドスリープに入っていないわ」

「そうですか……」


 あいつは、あの時代で静かに寿命を全うしたのか。

 できればまた会って話したかった。

 殺されかけたとはいえ、あいつも大切な幼馴染なのだから。


「でも、自分の生きた時代でちゃんと死ねるっていうのは多分いいことだ。こんな漠然とした不安を抱えずに済むんだから」

「その小春清十郎も大切な友達なの?」

「……えぇ、っと」


 ミランダに尋ねられたのに、答えたくなかった。

 なぜだか、彼を大切な友達と言語化するのが難しかった。

 しばらく沈黙が訪れる。


「あ、そうだ! あなたの仕事のことだけど!」


 ミランダが沈黙に耐えられなくなったように手を叩く。


「実はあなたは他の冷凍睡眠カプセルに入っている人間とは違って優先的に蘇らせたのよ。それであなたにやって欲しいことがあって」

「……何です? 単純作業ならできるとおもいますけど」


 仕事はしたいが、そこまで期待されるとできる自信はなくなる。

 そう怖気づいていると———。


 ウウ————‼ ウウ————‼


 突然、フロア中にサイレンの音が響き渡った。


「何です⁉」


 壁に設置されている赤色灯が回りながら回転し、必然的に緊迫感が空間を包む。


「心配しなくていいわ。いつものことだから」

「いつも? もしかしてこの船にガタが来ているとかじゃないんです? その事故が起きてるとかじゃ?」

「違うわ。今の音は敵襲を知らせる音」


 ミランダはあっけからんと言う。


「……敵?」


 その言葉は引っ掛かる。


 ———敵。


 普通に生活している時間ではあまり使わない言葉だ。

 この宇宙移民船エンデヴァーは、新しい移住可能な星EDENに到達し開拓をしようとしているはずだ。原生動物からの被害はあるものの、それらを敵と表現したり、こんな大げさにサイレンを鳴らしたりはしないだろう。 

 それに「敵」という単語を使う時は、その共同体が定期的に戦闘状態に入ることを意味する。

 つまり戦っていないと————、


「何だ……あれ……?」


 窓を見つめていた伊澄には衝撃的な光景が目に入った。

 それは、それらは地平線の向こうからやって来た。

 緑色のこん棒を持った巨人の群れ———。

 巨大な翼を持った赤い竜たち———。

 そして、大地を爆速で駆ける体毛に包まれたトカゲに乗った和服のような服を着た人間———。

 軍隊だった。


「あれは———敵」

「人が見えます……あの人達が率いているんですか?」


 ミランダが頷く。

 窓の外に見える草原ではトカゲに乗った男が剣を抜いてこちら、エンデヴァーへ向けるとその後ろに続く緑色の巨人たちが吠え、その足取りを加速させる。


「あれがEDEN人と彼らが率いる魔物群」

「EDEN人……って、人がこの星に、いたんですか? 地球じゃないのに?」

「地球じゃないのに。いてしまった。それなのに私たちはここには人がいない物だと思い込んでぶしつけにこの巨大な鉄の塊を落としてしまった。だから、彼らは怒り私たちを追い出そうとしている」

「それにしても、あの人たちが使っている動物って……」

「まるで冗談みたいでしょ? でも冗談じゃない。彼らはまさに私たちが想像していた魔物としか呼べない不思議な能力を持つ生物と共生して、その力を使役している。あの緑の巨人はゴブリンだし、空を飛んでいるのはワイバーン……走っているトカゲはバジリスクで、どうやらこのEDEN人は馬の代わりにバジリスクを使って移動しているみたいね」

「そんな冷静に言っている場合なんですか? 戦争を仕掛けられてきてるってことですよね?」


 「ええ」と平然とミランダが肯定したので逆に伊澄の焦りは加速する。


「この船に戦力はあるんですか? 移民船なんですよね?」


 ミランダが伊澄を見た。それはどこか面白いものでも見ているような目だった。


「平和主義者の日本人らしからぬ言葉ね。常に非戦を訴え、誰も戦おうとはせずに自衛する手段を失った甘ったれの民族」

「何です? なんでいきなりそんな攻撃的になるんです?」

「別に。そう私たち31世紀を生きている人間はそういう風に日本人のことを習ったから。おかげで国土や文化を蹂躙され、もはや資料としてでしか残っていない……でも安心して、ちゃんと私たちは想定している。〝植民〟という行動においてどのような障害が立ちはだかるのかちゃんと理解している。過去のアメリカへ渡った人間も、オーストラリアに渡った人間もちゃんと〝それ〟を持って行った。そして現地の〝人間〟と———戦った」


 ゴウ———ッ! と、大気を震わせる爆音が足元で響いた。


 そしてガシャンッと大地を震わせる足音と共に、鉄でできた二階建ての一軒家ほどの高さ、十二メートルほどの巨人がモンスター軍団へと向かって行く。


 …………ガウウウウウ‼


 窓を貫通してわずかにモンスターたちが動揺し、大音量で吠える音が響いてくる。


「ロボット……?」


 そう言いようしかない存在だった。

 エンデヴァーの地上近くにあるハッチから人型の機械が何十体も現れ、それらは全て銃と盾を持ち、背部にあるジェットスラスターパックで大きくジャンプしながらモンスター軍団へと接近し、ビュンビュンと光の線上の束を発射し、魔物たちを蹴散らしていく。


「ビーム兵器……!」

「荷電粒子砲です。水素粒子を銃のバレルで超加速し高エネルギーを持たせて発射する。高い破壊力を持ちますが、高エネルギーを保有させるために一度水素原子に多量の質量を持たせてしまうため、速度が格段に下がります。結果、破壊力はありますが実弾よりも速度が遅く———、」


 ロボットから撃たれたビーム兵器が空中にいるワイバーンに向かって放たれるが、ワイバーンは明らかにそれを目視で発射後に躱す。


「命中率が低いのが難点ですが……それは鋼鉄の巨大ロボット———TGテックジャイアントの高い防御性能でカバーできます」

「テックジャイアント……それがあのロボットの名前ですか?」

「元々、あなたたちの時代で使っているクレーンやロボットアームのような建設のための万能ロボットだったのですが、資源も生産する工場も足りず、一体の生産物に他の役割を持たせる万能性が重要になりました。故にその建設作業以外でも活動できるように改造し、こうやって戦争でも活用しているというわけです。紀元前の人類が農業だけではなく武器を手に取って戦う、農民と兵士を兼ねていたように。TGも建築員と戦闘員を兼ねているのです」


 そうミランダが説明している間に、EDENの魔物の軍団とエンデヴァー移民船団のロボット軍団は激突し、互いに血が飛び交う大混戦へともつれこんでいっている。


「戦争だ……」


 目の前に広がる光景を改めて、まぬけにもそのまま口にする。


「そう、私たちはEDENの人間と戦争を行っているのです。我らは領土確保のために、彼らは異星人の侵略から土地を守るために」


 ———異星人?


「それは……おかしくないですか?」


 何だか嫌な響きだと思い、戦場の光景から目を逸らしてミランダを少し目に力を込めて見る。


「ここは———昔、プロキシマ・ケンタウリと呼ばれていた星ですよね?」

「ええ」

「なら、ここにいる人たちは……あの人たちは地球人のはずです!」


 大声を出してEDENの地を手で扇ぎ、今、ビーム兵器で爆散した人間を指さした。


「あの人たちは……魂の箱舟ソウルノア計画でこのプロキシマ・ケンタウリに、EDENに〈バベル〉によって魂だけ送られて転生した人々のはずです!」


 伊澄の姉、真白雨芽。

 彼女は人間の魂がこの世界に認識できる存在としてあることを証明した。元々人間が持っている想像力というものは人間だけしか持っておらず、他の動物や過去に生まれた猿人はそれがないゆえに人間に殺しつくされた。文字を読んで想像したり、わずかな手掛かりから未来を読み解くと言う人間には当たり前に備わっている機能が、他の生物にはない。

 意識を共有すると言うことができないのだ。

 そしてその意識、想像力というのは———もう一つの次元のことだと真白雨芽は真白理論によって予想していた。

 この世界は縦横高さの三次元。それに加えて時間の四次元なのだが。本来、この世界は十次元でなければならない。少なくともそれ以上でなければこの世界は生まれない。量子力学では万物を構成している素粒子は四次元程度の空間の動きでは物質を構成しうる運動をすることができず、三次元の私たちの肉体を構成するにはもっと多くの次元が必要だと数学的に証明し、その余分な次元、余剰次元が何か、どこにあるのかというのが物理学全般の課題だった。

 その余剰次元の5以上の次元こそが〝魂・意識の世界〟であると真白雨芽は言った。

 例えば夢。

 夢は誰もが見るが、それはみな一様に縦横高さの三次元空間として認識し、時間も進むだけではなく時には時間軸を逆行してみることもある。その未来へ進む時間軸と過去に進む時間軸を合わせると+2の次元を増やすことができる。

 夢は人間の想像力の賜物だ。

 そこにはないはずなのに、人間の脳内で認識してる。

 それこそが次元であり、この世界の万物はその〝意識の世界〟である〝五次元〟と常に寄り添っており、架空の、脳内だけに広がる世界ではないと真白雨芽はいい、「だったら電磁波なりなんなりで干渉できるだろう」とその意識の世界から魂を摘出し、試験管に閉じ込めることに成功した。

 その実験はイタリアのヴェネツィアで行われ、ヴェネツィア検証と呼ばれるようになったが———それによって人間の意識や魂というものは実在し、肉体を離れるとその想像力だけの、意識だけの〝隣り合う5次元世界〟だけの存在となり、その〝隣り合う5次元〟世界を真白雨芽は「魂の集合場ソウルクラウド」と呼んだ。


 ———要は死後の世界が本当にあり、そこから人間の魂は生まれたり死んだりで、行き来をしていると言うことが科学的に証明されたということだ。


 ———人間の、ないしは生命の魂というものは輪廻転生を繰り返していることが確実だと証明されたということだ。


「この地球ではない惑星に、僕たち以外の人間がいるということは! 魂の箱舟ソウルノア計画が成功したということです! 姉の遠い惑星への魂だけの移住計画は———全人類転生計画は!」

「確かに、あの時代に死んだ人間はこの世界に転生した。だけど成功とはいえない。何故ならば、」


 ボウ————ッ!


 その瞬間、窓一面に猛烈な赤い炎が覆った。


「うわっ⁉」

「…………」


 突如として視界が赤一面に染まったことで伊澄は慌てたが、ミランダは全く動じることなく、炎に包まれた窓を見つめつづけている。


「———チッ、下手くそどもが。あっさり突破されやがって」


 その声が、はじめミランダのものだとはわからなかった。

 びっくりして彼女に視線を合わせるが、その時には既に変わらぬ無表情を貼り付け、窓の外に———そこにいるへと視線を合わせていた。


「化物め」


 ミランダの眼が細くなる。


 何が———化物?


 と、伊澄もミランダの視線を追う。


「あ————」


 ワイバーンの上に人が立っていた。

 金糸雀かなりあ色したボブカットの髪で、もみあげだけを伸ばした少しだけツリ眼の少女。


「———鈴」


 その人物の顔を見た瞬間、その名前が口をついて出た。



—————————————————————————————————————

※一話一話、文字数多くてすいません(-_-;)

 切りよくしているとこれだけの文字数になってしまいます。付き合っていただけると幸いです。

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