第2話
それから5分も立たないうちにカフェテリアに誰かが駆け込んで来た。その人は一目散にリーディアの元へやって来て、その後ろに「レオン様!」と叫ぶさっきの令嬢達が息を切らして付いてくる。
「…リーディア」
「レオン様」
レオンはリーディアと目線を合わせる為にその場に跪く。突然のレオンの行動に付いてきた令嬢も成り行きを見守っていた生徒達もギョッとした。
「…俺と別れると言ったそうだが本当か」
「本当です」
「何故?朝態々迎えに行ってご両親と兄君に挨拶したのが鬱陶しかった?周囲に付き合ってると喧伝したのがうざかった?そもそもしつこく縋ったのが不快だった?何が気に食わなかった?教えて欲しい直すから。だから別れるなんて言わないでくれ」
息継ぎせず捲し立てるレオンの様子に後ろの令嬢達は目を見開いて愕然としている。レオンは約束通りリーディアに指一本触れてないが、圧と勢いが凄まじい。リーディアを見つめる青い瞳は輝きを失い、底なし沼のように暗く澱んでいた。レオンの変貌にリーディア以外の生徒が息を呑む。
「レオン様に気に食わないところは何もありません」
「では何故」
「後ろにいる方々が、勉強が出来るけど頭が悪く不細工で身分も低い私はレオン様に相応しくないから別れろと」
「なっ!私達そんな言い方は!」
「あ?全員目が腐ってるのか?くり抜いてやろうか眼球ごと」
地の底から響くような低い声で猟奇的な台詞を吐き捨てながら、レオンは立ち上がり令嬢達の方を向いた。ひっ!と令嬢達の顔色が悪くなりガタガタと震え出す。何なら蚊帳の外の生徒も怯えてるので相当怒っているようだ。
「この方々は私が拒否したらご自分のお父様辺りに泣きついて私、もしくは家族に圧力をかけて脅すくらいのことはするでしょうね。今の私は家族や自分の身の方が大事なんです。だから別れると言いました。薄情でごめんなさい」
「いや、それはしょうがない。俺よりご家族や自分のことを取るのは当然だ」
分かってる、と笑いながらレオンの声は暗く空虚な響きを孕んでいる。そのアンバランスさに周囲のどよめきが増していく。
「つまり、リーディアはうるさい害虫を駆除すれば別れるなんて言わないってことだな」
リーディアが答える前に1人納得したレオンは令嬢達に近づいた。全身から殺意を発するレオンを前に令嬢達はすっかり萎縮し切ってプルプルと震えている。
「アリー・シャルテン、イオーナ・パドル、ウィリム・ライナー。君達は俺とリーディアが付き合うことに不服だそうだが、何故全く関係のないの他人に口を出されなければいけない。非常に不愉快だ。今すぐありとあらゆる罵詈雑言をぶつけたいのを、リーディアに女に暴言を吐く醜い姿を見せたくないから我慢してるんだ。この場にリーディアが居ることに感謝しろ」
何の感情も籠っていない淡々とした言い方が逆に恐怖心を煽り、令嬢達は震えるだけで何も言えない。が、勇気を振り絞り1人が叫ぶ。
「わ、私はただレオン様のためを思って!だって男爵令嬢ですよ!次期公爵が遊びとはいえ付き合う相手では」
「俺のため?そういう恩着せがましい奴がこの世で1番嫌いなんだ、反吐が出る。遊び?遊びで付き合うわけがないだろう、本気だ。次期公爵?この肩書きがリーディアと付き合う上で足枷になるのなら後継の座なんて要らない。弟にくれてやる」
「レ、レオン様!何てことを!」
令嬢は悲鳴のような声を上げた。突然の廃嫡も辞さない宣言にざわめきが最高潮に達する。レオンと令嬢のやり取りを眺めていたリーディアが空気を読まずに口を挟む。
「私詳しくは知りませんけど、跡を継ぐ為にずっと努力し続けていたのではないのですか?そんな簡単に捨ててしまってもいいんです?」
「生まれた時から将来を決められていて、特にやりたいこともないから続けていただけだ。親の敷いたレールに沿う生き方に何の疑問も抱いてなかった。面白くもないし、つまらなくもない。そんな人生を送ると思っていたのに、リーディアに会った瞬間灰色だった俺の人生が色づいたんだ。だからリーディアと別れなきゃいけないなら全部捨てる」
周囲の生徒は呆然とレオンを見つめていた。レオンの闇より暗い青の瞳はリーディアしか見てないし、この場で平然としているのはリーディアだけだ。
平然としているように見えてリーディアは過去最高に興奮していた。
リーディアはレオンに対して関心は抱いていたが、未知のものに対する探究心のようなものでレオンが己に抱く恋愛感情とは程遠い。今、リーディアの中に芽生えた感情もそうだ。
リーディアなレオンのことを、なんて可哀想な人なのだろうと哀れに思った。見た目も頭脳も血筋も優れていて、輝かしい将来も約束されている。生まれた時から何もかも持っていて、何もかもを手に入れるだけの能力がある男が、身分が低く美しくもない、薄情を通り越して人として大事なものが欠けているリーディアを愛し、リーディアの為なら約束された地位も名誉も捨てると宣言している。
そんな愚かで哀れな男と、どうして別れることが出来ると思ったのか。リーディアは簡単に別れると言ったことをとても後悔した。レオンがリーディアに抱いてる盲目的とも言える恋情は抱いてないが、簡単に手放したくないという執着心のようなものは芽生え始めていた。リーディアは立ち上がるとレオンに近づき、瞳をじっと見つめる。
「レオン様が突然跡を継がないと言い出せば、ご実家は大変な騒ぎになってしまいます。学園に行けるかどうかも分かりませんし、そうなれば私を迎えに来ることも話すことも出来なくなります」
「それは困るな」
「私はレオン様の地位には関心がありませんが、幼い頃から努力してきたものを簡単に手放すのは良くありません」
「リーディアがそう言うなら、跡を継ぐのを辞めるのを辞める」
レオンはあっさりと自分の発言を撤回したが、己の地位に執着してるわけではなくリーディアに宥められたから撤回しただけだと、皆気づいている。カフェテリアには異様な空気が広がっていた。
「レオン様、別れると言ったこと撤回しますわ。あなた自身に興味が湧きました。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします」
とはいえリーディアの本質は変わらない。レオンと付き合うことに対してデメリットがメリットを上回れば「別れる」という結論になるだろうし、レオンもリーディアの性質は理解してるはずだ。
「リーディア…嬉しいよ。ありがとう。付き合ったらやりたい事が1000個以上あったのに、別れることになったら悲しみのあまり何をするか自分でも分からなかった。原因を作った奴らが不慮の事故に遭うように懇願していたよ」
暗い瞳に不釣り合いなほど明るい声で話すレオンに、すっかり蚊帳の外になった令嬢達はガタガタと震え、ボロボロと涙を流しながらカフェテリアを逃げるように出て行った。成り行きを眺めていた生徒の顔色も一様に悪くなっている。
が、リーディアとレオンの周りだけは明るい雰囲気に包まれていた。
こうしてリーディアとレオンはお付き合いを続行することになった。しかし、このカフェテリアでの出来事を知らない、信じない馬鹿もとい勇者がリーディアにレオンと別れろと迫ったり、レオン本人を説得したりと騒がしい日々が続く。
リーディアとレオンが「割れ鍋に綴じ蓋」な2人だと囁かれるようになるのは別の話。
身分違いの恋の話 有栖悠姫 @alice-alice
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