身分違いの恋の話

有栖悠姫

第1話

「リーディア・クランベル嬢、生徒会に入りませんか」


入学式から1週間、リーディアのクラスを突然訪ねてきた人物にクラス中が注目していた。漆黒の髪に海を想像させる澄んだ青い瞳、この世のものとは思えない程に整った顔立ち。そんな美丈夫に声をかけられたリーディアが黙っていると、「ああ、失礼」と感情を読み取らせない無表情のまま口元だけ緩めた。


「突然知らない男に話しかけられたら怖いですよね。初めまして、俺はレオン・ジルベスターと言います」


「存じ上げておりますわ」


「今年の入学試験トップの才女に認識してもらえているとは、光栄です」


「貴方様のことを知らない者はこの学園にいないかと」


噂に疎いリーディアもレオンと彼の従兄弟である第二王子の名前と顔は知っているのだが、もしや馬鹿にしてるのかと穿った見方をしてしまう。しかし、彼の様子を見る限りあくまで社交辞令として口にしただけかもしれない、と思った。リーディアは読んでいた本を閉じ、座ったままでは失礼かと立ち上がって自分より頭ひとつ分大きいレオンを見上げると軽く礼をした。


「改めまして、リーディア・クランベルです。ジルベスター様、私を生徒会にとは態々勧誘をしにいらっしゃったのですか」


「はい、生徒会は新しい仲間を求めているのですが是非クランベル嬢に入っていただきたい、と」


「生徒副会長直々にスカウトしに来て下さるとは、嬉しいです」


うふふ、と微笑んでいるがリーディアの目は笑ってない。リーディアは内心面倒なのが来た、と毒付いていた。リーディアは自他共に認める面倒臭がりだ。基本的にやりたいことしかしないし、興味がないものには全くの無関心を貫く。入学試験トップだったのは本好きが高じて何でもかんでも知識を得た結果なのであり、リーディアが望んだものではない。昨今女性の地位向上を掲げ、女性が学問に邁進することが好ましいとされてきているものの、やっかみの対象にならないわけではない。


リーディアは雑音は完全無視するし、度が過ぎる場合はきっちりやり返すタイプだが進んで面倒ごとに首を突っ込みたい訳ではない。生徒会には王族公爵子息公爵令嬢といった、将来国を担う方々が所属しているので在校生、新入生共にお近づきになるチャンスを虎視眈々と狙ってる。そんな雲の上な集団の1人に勧誘されたリーディアが周囲からどういう目で見られるか、馬鹿でも分かる。


誘いに乗っても断ってもどうしたって角が立つのなら、平穏を選ぶリーディアであった。


「お誘いはとても嬉しいのですが、私のような身分が低い頭が少し良いだけの者が生徒会に入るなど、恐れ多いです。選ばれし高貴な方々が所属する生徒会に私は相応しくありません」


「…ほう、誰かが貴方に直接そのようなことを言ったのですか?成績優秀なことと男爵家出身であることを揶揄し、侮辱したのですか?名前を教えてください。そいつらは処分します」


「はい?」


急にレオンの周囲の温度が下がり、彼の口から放たされた言葉に耳を疑った。温厚そうなレオンから処分などという物騒な言葉が飛び出したからだ。


「頭の良い者に悪意をぶつける奴は大して努力もしてない癖に妬み、僻み相手を傷つけて鬱憤を晴らすゴミ以下の人間ですし、身分で人を判断する奴も同じ。身分関係なく平等を謳う学園には相応しくないので謹慎のち退学にしましょう」


淡々と紡がれるレオンの言葉を聞いたクラスの人間の顔色がみるみるうちに青褪めていく。心当たりがあるのだろう。レオンの口調が冗談に聞こえないから怯えているようだ。


「ジュード殿下は常々身分を笠に着て爵位が下の者に横柄に振る舞う者が多く、高位貴族が優遇される学園の現状を憂いていました。これからは身分に関係なく優秀な者を取り立てていくことになったのです」


リーディアに声を掛けた理由に納得がいった。これほど都合の良いモデルケースも居ない。


「ですので、クランベル嬢に雑音を吹き込む輩がいた場合、教えてもらえれば対処します。他に生徒会に入る上で懸念することはありますか?生徒会に入ると進学留学就職に有利で奨学金も」


「入ります」


リーディアは食い気味に答えた。レオンは満足気に微笑む。


こうしてリーディアは生徒会に入ることになった。


それからリーディアのクラスメイトを始め、10人ほどの生徒が暫く学園を休んだ。どうにも身分で人を判断し、下の者に辛く当たっていた生徒ばかりだったようだが、復帰するとすっかり人が変わったように大人しくなった。


リーディアは興味がないので知ることはない。




生徒会の新メンバーにはリーディアの他に2人人、男子1人女子1人。直接スカウトされたリーディアと違い彼らは入学試験の成績から推薦された何十人かの中から生徒会メンバーの面接を経て、選ばれた強者である。


「いや、副会長がスカウトした人に強者と言われても」


「何か複雑なのよね…」


とリーディアが珍しく自分から話しかけると、こんな反応をされた。だがそれで2人との仲が微妙になったとか、そういうことはなく。リーディアはやはり近づきがたいと思われていたようだが、自分から話しかけるしこちらを馬鹿にしたような態度も取らない、良くも悪くも平等に接するので警戒心が解けたらしい。特に新入生メンバーのカリナ・ファルテ子爵令嬢はリーディアによく話しかけるようになった。


リーディアは自分の協調性の無さを自覚してたのでカリナは兎も角、上級生とうまいことやっていけるか心配していたが杞憂だった。誘った張本人であるレオンが物凄く世話を焼いてくれたからだ。レオンは初対面の時は敬語だったが、正式に入ってからは砕けた口調で話すようになり仲を深める、という名目でランチや放課後何処かに出かける際誘ってくれるようになった。


「クランベル嬢、良ければ一緒に昼食を摂らないか?他のメンバーも誘っている」


「クランベル嬢、放課後予定が無ければ街に行かないか?王都にまだ慣れていないと聞いたから案内する。勿論他のメンバーも来る」


レオンと新メンバーだったり、3年2年を交えた大所帯で行くことが殆どだったが、1ヶ月を過ぎたあたりから何故か他の面々に「急用」が出来ることが増えていった。


「ジルベスター様、殿下とカルテ様は」


「殿下は急な公務、カルテは飼ってる猫が急病で来られなくなった」


「ジルベスター様、他の方は」


「飼ってる兎が産気づいたり、犬が変な物を食べて体調を崩して病院に連れて行くから来れないと連絡が来た」


結果的にレオンと2人で行くことになることが多くなった。生徒会室で顔を合わせると急用が出来た人達が何故か皆何か言いた気な顔でリーディアを見たり、気の毒そうな目を向けてくる。リーディアは細かいことは気にしない性質だが、流石に引っ掛かりを覚えるようになっていった。しかし、誰も何も教えてはくれない。


「リーディア・クランベル嬢、俺は君のことが好きだ。付き合って欲しい」


レオンからこんなことを言われたのは放課後に誘われた、とあるカフェの一室だ。あと2人来る予定だったが、例の如く急な腹痛頭痛で来られなくなってしまったので2人でカフェに来たのだ。リーディアは普通の令嬢なら顔を赤らめて喜ぶ台詞を聞いても、はぁ、と微妙な反応をする。


「好き、とは人間としてでしょうか」


「いや、恋愛的な意味だ」


でしょうねぇ、とリーディアは心の中で呟く。レオンの告白はリーディアからすると青天の霹靂なのだが、表情に出にくいので驚いているように見えない。


「他の人が狙いすましたように急用が出来てたのは」


「俺が頼んだ。2人きりなんて、確実に断られるのが目に見えていたからな」


不自然かつ強引な作戦だが、直前で他の人が来れないのなら辞めましょう、と断るのも気が引けるしリーディアはレオンが案内する店を見るのが結構好きだった。疑わしい部分に目を瞑り、自分の欲望を優先させたので文句を言うつもりはない。


「そうですか。ジルベスター様は私のことが恋愛的な意味で好きなんですね。申し訳ありませんが私は恋愛的な意味で好きではありません」


「これから好きになる可能性は?」


「未来のことは分かりませんけど、今のところ可能性はないですね」


レオンは見目麗しく文武両道、公爵家の嫡男で性格も物腰柔らかい。婚約者が居ないため多くの令嬢達がハイエナのような目で狙ってる競争倍率の高い方だが、リーディアはそういう目で見た事がない。はっきり言うと流石にレオンはショックを受けたように表情を歪めた。


「全く?一ミリも可能性はない?」


捨てられた犬のような目で見つめられると、こちらが悪いことをした気になってくる。しかし、嘘を吐くわけにはいかない。


「ないですね。そもそも何故私なのですか?ジルベスター様ならもっと美しくて性格の良い令嬢を選べるでしょう」


リーディアは亜麻色の瞳に亜麻色の髪の普通の容姿だ。絶世の美少女でも無いし、性格が良いわけでもない。思ったことはすぐに口に出すし、世の男性が好まないタイプだ。


「何故?君は可愛いだろう?入学式で初めて見た瞬間好きになった。勧誘したのだって下心があったからだ」


更なる告白と新事実。リーディアを勧誘したのは完全なる私情だったようだ。意外な一面に驚く。


「性格だって何でもはっきり言ってくれるのは好ましい。表では良い顔をして裏では平然と人を貶める人間より、ずっと良い」


レオンの口調には隠しきれない苦労が滲み出ていた。女の争いは恐ろしいと聞くので、そういった女性に苦労させられたのかもしれない。そういう経験をしているとリーディアのようなタイプが物珍しく感じても仕方ないと思う。レオンは改めてリーディアを見据えた。


「クランベル嬢にとっては迷惑だと分かっているが、どうしても諦められない。チャンスをくれないだろうか」


「チャンス、ですか。具体的には?」


「例えば…お試しで付き合ってみる、とか」


レオンの提案を聞いてリーディアはふむ、と考えてみる。リーディアはレオンのことは嫌いではない。話題の引き出しが少ないリーディアの話にも乗ってくれて、つまらなそうな態度は決して取らない。薦めてくれた店のスイーツは全部リーディアの好みに合致しているので、食の好みも合っているはず。


リーディアは恋愛経験皆無だが、告白されて初めて男女交際というものに興味が湧いてきたのである。そしてリーディアを好きだというレオンの趣味嗜好も気になり出した。


「分かりました、良いですよ」


「ほ、本当か」


完全なる好奇心だが、リーディアはレオンの提案を受け入れた。レオンは端正な顔を思い切り破顔させ、喜びを露わにする。徐に席を立つとリーディアの隣に移動して、リーディアの両手を強く握り締めてありがとう、と感謝の言葉を告げた。お試しでも、OKしてもらえた事が相当に嬉しいらしくレオンは浮かれていると自己申告した。


その後、リーディア自身がどうしても無理になったら交際関係を解消。手を繋ぐ、といった身体に触れる行為はリーディアの許可を得た上で決して無理強いしない、等細かい取り決めを交わしてこの日は別れた。



次の日の朝、レオンが馬車で迎えに来て両親と兄、使用人が全員腰を抜かした。そんな人々を華麗にスルーしたリーディアは悠々と馬車に乗り込んで登校する。当然ながらリーディアとレオンが同じ馬車から降りると騒ぎになった。特に女子生徒の悲鳴が凄まじく、リーディアは女子の射殺すような視線をバシバシ浴びながら、平然とレオンと歩き教室前で別れた。


1人の勇気ある生徒がレオンにリーディアとの関係性を尋ねた。するとレオンは「リーディアに告白して断られたが、どうしても諦められず頼み込んで、お試しで付き合ってもらえることになった」と嘘偽りなく明かし、周囲は騒然となった。リーディアがレオンを振ったことも、レオンが諦め悪くリーディアに縋った立場であることも信じられない、と。この事実はレオンのプライドに関わることなのに彼は隠すつもりは皆無だった。そして性格が変わったのか?と不可解なレベルでレオンはリーディアへの好意を隠そうともしなくなった。対してリーディアは普段と変わらず淡々と、レオンの求愛を当然のものとして受け入れている。


気に食わない者が出てくるのは、火を見るより明らかだった。


「あなた、自分がレオン様に相応しいと本当に思ってますの?主席なのに、あまり頭がよろしくないのね?」


「身の程が分からない人って嫌よね。どれだけレオン様に恥をかかせているのか、理解してないんだから。そんな地味な見た目で良くレオン様の隣に立てるわね。ある意味尊敬するわ」


「リーディアさんて男爵家の出身でしょ?こういっては何だけど…公爵家嫡男のレオン様と釣り合ってませんわよ。別に意地悪で言ってる訳ではありませんわ。リーディアさんの為にも身を引くべきだと申し上げているのです」


カリナとカフェテリアでランチを摂っていると3人の令嬢が急に話しかけていた。全身から敵意を剥き出しにし、あからさまにリーディアを蔑みの目で見ながら親切にご忠告してきたのである。


リーディアはこの手の輩が来ることは予想していた。レオンとリーディアは見た目も出自も何もかも釣り合っていない。納得出来ない者がいて当たり前なのだ。カリナは一方的にリーディアに嫌味をぶつける3人に言い返そうとしたが、リーディアは止めた。彼女達は侯爵家と伯爵家。下手に言い返したらカリナが逆恨みされかねない。


「つまり、あなた方は私にレオン様と別れて欲しいと」


「そんな直接的な言い方はしてませんわ、ただレオン様のことを思うなら身を」


「分かりました別れます」


「え」


被せるように放たれたリーディアの発言に3人の令嬢は勿論、カリナも聞き耳を立てていた生徒も固まった。困惑しつつもリーディアから言質を取った3人は満面の笑みを浮かべた。


「…分かればよろしいのです。早速レオン様にお伝えしなくては」


「けど、この程度で別れるなんてリーディアさんは薄情ですわね。レオン様がお可哀想」


「そこをアリー様が慰めれば良いのですわ」


満足した3人はさっさと出て行った。シーンと静まり返る中カリナが話しかけた。


「わ、別れるって本気?」


「本気、私が面倒事嫌いなの知ってるでしょ?ああいう人達に逆らっても良いことないもの」


交際期間1日とは短すぎるが仕方ない。こちらは吹けば飛ぶ弱小男爵家。あの手の令嬢は平気で親の権力を振り翳してくる。リーディアは保身の方が大事なのだ。薄情だが事実だった。

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