竜嫌いの男と幼い竜
椎名由騎
竜嫌いの男と幼い竜
竜は孤高の存在で地上の人々に姿を見せる事は滅多にない。
竜の姿を見た者は知恵を授かった者、権力を持った者、富を得た者。しかし全員がその恩恵を得た訳ではない。竜によって破滅をもたらされた者も歴史の中で少ない。だからこそ姿を見せる事が滅多にないと言ってもいい。さて、それでもあなたは竜に会いたいか?
「会いたかねぇよ!」
偶然、手に取った本を適当に開いた文章に書かれていた内容を読んで理解した瞬間に吐き捨てた言葉と同時に手に持っていた本を床に投げつけた。突然の行動だったにも関わらず、その場にいた数名は一人を除いてそちらにメモ向けず目の前の事に集中していた。一人だけが近寄って投げつけられた本を拾い、埃を払った。
「本は大事にしろよ」
「書いてある内容による!」
「…はぁ。とりあえず落ち着け」
現在の場所では人が多い事もあり、二人は一度その場から退室し、廊下の各所に配置されたカウンターと椅子に腰かける。カウンター前には窓があり、そこには草原が広がっていた。
「“今日は”草原か。明るい空間はいいよなぁ」
「…こんなの“偽り”だろ」
「そう言うなよ、アクシス」
「…テリが単純なだけだろ」
アクシスと呼ばれた男は不貞腐れたようにテリと呼んだ男から顔を逸らして頬杖をついた。彼の様子に困ったように微笑んで、やれやれと言った様子で二人の間に沈黙が続く。
そう、彼が言ったように目の前に広がる草原は“映像”で映し出されたものであり、実際の窓の向こうの世界は地上ではなく、“地中”であった。地上は数百年前、竜の怒りを買い、焦土と化した。水も枯渇し、草木も一本芽生えず、生命も存在出来ない土地へと変わり果ててしまった。その中で唯一生き残れた人類はかつて竜から恩恵を得て、大帝国を築いた国、キュクロスの民だけであった。どうしてその国だけが生き残れたのかは、表向きの外交が行われる時は地上で生活していたが、外交がない時は地中に作られた研究施設で日夜研究に励んでいた。“どこかの誰か”が竜の怒りを買った時も地中で研究を続けていた。その末裔が地下都市で共同生活をこの数百年続け、繁栄していた。彼らが今いる区画は過去の資料を保管している場所であり、彼らはそこの史官として働いていた。
「お前の竜嫌いなのは分かるが、基本の研究が竜についてなんだから仕方ないだろ」
「竜嫌いにもなるだろ。竜に恩恵をもらって栄えた地上を焦土に化したのも竜だぞ?そんなの最初から竜と出会わなければ起きもしなかった事だろ」
「それもそうだが、この国の竜信仰が変わる事はないだろ」
竜によって恩恵をもらった国にとって竜は信仰の対象となり、地上が焦土と化してもその信仰は衰えずにいた。研究も竜に関しての内容ばかりで、信仰心の強い人がこの区画で働いているのだが、彼は別の理由で働いていた。
「そもそも俺は史官になるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだ!……だけどこれしか妹に会える手段がなかった…」
「…シエルちゃんの為だろ。もう会えなくなってどのくらいだ?」
「もう十年だよ」
彼が竜を嫌いながらもこの場所にいたのは彼の歳の離れた妹・シエルの為であった。今から十年前、彼が十八歳、妹が八歳の時に突然妹だけ研究施設に連れて行かれた。それは彼の家庭だけではなく、その当時の十歳未満の子どもだけが対象で連れて行かれ、数日後に親元に返されたが、彼の妹だけが戻ってこなかった。両親からの説明では彼の妹にしか出来ない事があり、研究施設でその手伝いをする事になったという事であった。しかし彼はその説明だけで納得するわけもなく、真相を知りたい気持ちが勝り、元々親友だったテリが史官の試験を受けると聞いた彼も史官になる事を決めた。無事合格した彼と親友だったが、施設内の権限がある場所をくまなく見ても妹を見つける事が出来ず、気付けば十年が過ぎていた。
「十年か……これだけ探してもいないとなると、更に上官の権限の場所にいるのかもな」
「……」
彼は妹を探しながら、史官の権限を利用して、妹に関する書類がないかも探していたが、妹の内容の話は見つけられていない。しかし当時十歳未満の子どもが連れて行かれた理由だけは見つけていた。竜への適性がある子どもを探していたと言う事。適性者が居らず、【全員】を親元に返したと書かれていた。
しかしそれが嘘である事は彼の妹が返ってきていない事が嘘を証明していた。竜への適性とは何か、何故研究施設で適性のある子どもを探していたか…彼は仕事をしながら密かに探していた。
「(早く見つけねぇと…)」
同じ施設にいる筈なのに一切手掛かりが見つかない事に焦りながら、嫌いな竜の為に史官として働く彼にとってはとても苦痛な場所でもあった。だた、この場所にいるのは妹の事を想えばこそ、何とか働く事が出来ていた。見つけて一緒に両親の待つ家に帰る……それだけが彼の最終目的であったからだ。
しかしこの日も特に妹に関しての収穫はなく、彼は就業時間を終え、自宅へと帰路につく。家に着くと、両親はまだ仕事で帰って来ておらず、彼が真っ先に向かったのは、自室ではなく、妹の部屋であった。妹の部屋の前で扉をノックするも当然何も返ってこない。扉を開け、当時のままになっている妹の部屋の電気をつけた。そしてすぐに異変に気付く。
「(何かいる!?)」
ベッドが異様に膨らみ、わずかに動いている事に彼は身構えた。何かがいる事は目の前のベッドが物語っており、慎重に近付く。ベッドの前に来て、ベッドのシーツを勢いよく捲りあげた。そしてそこには……。
「……は?」
彼は目の前にいる“生物”に思考が停止する。白い鱗に覆われ、たたまれた翼、そして大きな目と口、鋭い爪。それは何度も嫌いになるまで聞かされて、見させれられた“生物”。
「な、何で……」
彼の言葉に反応した様に首を傾げたその“生物”は……。
「何で竜がここにいるんだよ!!」
「キュウ?」
自宅中に彼の声が響き渡った。
これは妹想いの竜嫌いの男、アクシスと突如現れた子どもの竜との出会いとその深淵に隠された真実を知る為のお話である。
竜嫌いの男と幼い竜 椎名由騎 @shiinayosiki
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