宿根草
舟津 湊
第1話
真っ赤な火の玉は、火花を散らすことなく、ぽとりと落ちた。
「こっちも早いんだね、コウスケ」
冗談よと言って、君は小さくハハハと笑った。
彼女が手に持つ線香花火は、元気にパッパッと火花を散らしている。
少しむっとして、彼女の頭を軽く小突く。
「あ、ダメ、揺らさないで」
赤い玉がぽとりと落ちた。
「ほら! もう……」
彼女はぷんと怒りながら、バケツに線香花火だったものを放り込む。
「さ、行こうか」
「うん、体冷やすといけないしね」
彼女は明日、再び病院に戻る。入院生活は長くなるだろう。
今夜は前倒しの「夏祭り浴衣デート」だ。
どうしても浴衣を着ておきたいと、せがまれたのだ。
「その浴衣の小さい花、可愛いね」
社交辞令でなく、僕は褒める。
「ありがとう……これ、『雪笹』っていうお花」
「なんか、線香花火みたいだね」
「そう。それを狙って、今日これを着てきたの……なんてね!」
僕はバケツを持ち、彼女と手を繋ぐ。
彼女を揺すって、火の玉を落としてしまったことをちょっと後悔している。
あれから、一年。
フラワーショップの店先で、雪笹の実物を見た。
『宿根草の鉢植えシリーズ』というコーナーに、『ユキザサ』と書かれたプレートをつけて、その小鉢が並んでいた。
彼女の着ていた浴衣のそれよりも、白い花々は小さく儚く、しかし凛として咲いている。
僕はお店の人に話しかける。
「すみません、これ、育てるの大変ですか?」
「水やりに少し気を遣いますが、丁寧に育てると毎年咲きますよ」
宿根草とは多年草の植物で、育つことができない時期は地中の根を残して枯れてしまい、生きるのに適した時期が来ると再び新芽が出てくる植物のことだそうだ。
茎に連なっている小さなつぼみが開き、白くて、か細い花びらが伸びていく。
購入してしばらく、僕はその線香花火を愉しんだ。
夏。
花穂が終わると、緑色の実がつき始めた。
秋。
その実は、鮮やかなルビー色になった。線香花火の赤い玉のように。
花屋さんに教えてもらった、雪笹の花言葉。
憂いを忘れる、穢れのない、美しい輝き。
僕は、その言葉と彼女の浴衣姿を重ね合わせた。
-了-
宿根草 舟津 湊 @minatofunazu
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