急 最弱と最強

 俺と魔王の力量には、天と地ほどのへだたりがあった。


『……なゼそこまであらがウ? 苦しム時間が長引クだけだろうニ』

「……言ってろよ……」


 満身まんしん創痍そういの俺を見て、魔王は不思議そうにたずねた。

 俺はらず口を返しながら、少しでも呼吸を整えて相手のすきを探る。


 左腕を切り飛ばされた俺は、次に片目をえぐられ、それから全身を切りかれ、続けて内臓ないぞうをぐちゃぐちゃにされた。

 『気』で無理やり体を動かしてはいるが、ひかえめに言って半死半生だ。

 なんなら、このまま放って置かれても死ねそうな気がする。


 それでも俺がまだ死ねない、と思っている主な理由は二つ。

 一つは、故郷とそこにいる家族を守るため。もう一つは、エミリアを殺したこいつに一泡ひとあわ吹かせるためだ。


『……理解に苦しむガ、ここまデ戦ったお前に慈悲じひをやろウ。一思いニ殺してやル』

「……くそったれ」


 魔王の右手に黒いうずが収束していく。

 その術に込められている威力いりょくは、明らかに俺の全身を吹き飛ばしてなお余りあるものだ。


 俺は、最後の力を振りしぼって魔王に突撃しようとした。

 だが次の瞬間には、間抜けにも前のめりにすっ転んで地にせていた。


「え……?」


 両足の感覚がなくなった。どくどくと熱い液体が、ももの辺りから流れ出ているのを感じる。

 魔王は俺が黒い渦に気を取られている隙を突き、一瞬で俺の両足をり取ったのだ。


 倒れ込んだ俺のすぐそばまで、魔王が近づいて来た。

 魔王は右手をかざし、黒い渦を俺に放とうとする。


『死ネ』

「……ちくしょう……」


 残った片目から涙があふれる。

 結局、一矢いっしむくいることすらできなかった。

 ――エミリア、すまねえ……。だが、これでお前にいにける……



〝――――私が、守ってあげる――――〟



 それから、どれだけの時がったのだろうか。

 血まみれのボロクズとなった俺は、数秒から十数秒ぐらい意識を失っていたのだと思う。


『……バ、莫迦ばかナ……!』


 気づけば、魔王が驚愕きょうがくしたような声を発していた。


 ……さっさと殺せばいいものを、なにをモタモタしてるんだか。


 俺は両目・・を開き、両手・・を地面に突いて両足・・で立ち上がる。


 柔らかな光が俺を包み込んでいた。

 魔王はこの光のヴェールにはばまれ、俺に近づくことができないらしい。


 俺はどことなく夢見心地のまま、その光に手をれた。

 するとその光からなつかしい気配を感じた。


「……エミリア?」


 俺の声に反応して、光がまたたいたような気がした。

 光がふよふよと形を変え、俺のよく知る彼女の顔が浮かび上がる。


〝――アレン、ただいま〟


 半透明の彼女のくちびるが動き、声は直接俺の脳内に響いた。


「やっぱり、エミリアなんだな。お前、どうなっちゃったんだよ。『鬼火の怪ウィル・オ・ウィスプ』にでもなったのか?」


 俺がポピュラーなアンデッドモンスターの名前を出すと、エミリアはふるふると首を振った。


〝――違うよ! そんなのと一緒にしないで〟


 彼女はほおふくらませた。


 そして、彼女は真実を告げる。

 ――それは俺とエミリアにとって、ある意味で残酷な真実でもあった。


〝――この姿になって初めて気づいた。……私は精霊ミュリエルの生まれ変わり。あなたを助けて、魔王を倒すために生まれたの〟


「――……そうだったのか」


 エミリアの言葉によって、俺はようやく精霊がどんな存在かを理解できた。

 長年の疑問だったのだ。ご先祖はなぜ精霊について書物に記録せず、口伝くでんにヒントだけを残したのか。


 彼女が精霊として真価を発揮するためには、人としての命をささげなければならなかったのだ。


『……おのレ、勇者メ!』


 魔王は先ほどまでの比ではないほど濃密な魔力を身にまとい、おどろおどろしい瘴気しょうきを周囲にき散らしている。どうやら先ほどまで俺の相手をしていた際は、かなり力をセーブしていたらしい。


 ――だが、もう全く負ける気はしない。


「……じゃあ、とっととあいつを倒すか」


 精霊となったエミリアを構成する全ての光の粒子が俺の体に吸い込まれ、全身に爆発的な力がみなぎるのを感じた。

 気づけば、あれだけズタボロだった俺の体は万全の状態にまで復活していた。


 彼女の声が俺の内側からこえる。


〝……ええ! 私たちは最強なんだから〟



 ――こうして俺たちは、ニセモノではない〝真の勇者アレン〟になった。



(了)

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誓いの果てに〜最弱と最強の勇者〜 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

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