破 誓い、果てて

 俺とエミリアは、〈オースティン〉という田舎いなか町で生まれ育った。

 〝最弱〟ながらも勇者の家系である俺は、幼い頃から父に稽古けいこをつけられていた。

 すると、家がとなりで同い年だったエミリアも、俺の真似まねをして遊ぶようになった。

 それに目をつけた父が面白がって一緒に稽古をつけていたら、あっという間に俺より強くなってしまった。


「大きくなったら、あたしがアレンのこと守ってあげるね」


 ……それ、ふつう男の方が言うやつだろ?


 俺は彼女に負けたくない一心で、必死に稽古をこなした。

 ――その甲斐かいあって、なんとか勇者にだけはなることができた。



「なんで、オレに『アレン』なんて名前付けたんだよ!」


 幼い頃のある日、近所のガキ共に馬鹿にされた俺は、父に対して怒りをぶつけていた。

 俺のそんな言葉を聞いた父は、悲しそうに顔をしかめていた。


「何を言うんだ、アレン。魔王を倒した偉大なご先祖様の名前だって教えただろう?」

「でも、『ニセ勇者』なんだろ! そんなのと同じ名前なんてイヤだ!」


 俺がわめき散らすと、父は身をかがめて俺と目線を合わせてきた。


「ご先祖様はニセ者なんかじゃない。ちゃんと世界を救ったんだ」

「……どうやって?」

「それはね、――――」


 それから父が語ったことは、一般には知られていない〝最弱の勇者アレン〟の真実だという話だ。


 かつての勇者アレンは、あるきっかけ・・・・・・によって精霊ミュリエルに愛されることになり、その加護を得てから人並み外れた力をふるえるようになった。

 しかし、精霊ミュリエルは魔王と刺し違えるようにして消滅しょうめつしてしまい、加護を失ったアレンは元々の実力よりも更に弱くなってしまった。

 御前試合ごぜんじあいでは連戦連敗し、その結果〝最弱の勇者〟と「ニセ勇者」の呼び名が定着してしまったのだそうだ。


 話を聞いたからといって、俺が自分の名前を好きになることはなかった。ただ、このとき聞いた父の話を忘れたことはなかった。




    †††




「エミリアが、死んだ……?」


 俺は自分の声が震えていたのがわかった。

 このときの俺は、果たしてどんな表情をしていただろうか?


 俺の目の前には、序列二位の勇者ルークがいる。

 見るからにボロボロの彼は、沈痛ちんつうな面持ちをしていた。


「すまない、アレン。僕は彼女を守ることができなかった。深手を負った彼女は他の勇者達を逃がすために殿しんがりを務めて――」

「そんなことってあるかよ‼」


 ルークの言葉は続いていたが、俺はたまらずに感情を爆発させてしまっていた。


「待て、アレン! どこに行く!」


 手を伸ばすルークを無視し、俺は外に飛び出した。

 全力で駆け続けた俺は、いつしか首都の外縁部まで来ていた。そこはエミリアが好んでいた見晴らしの良い丘の上だ。


「――――――‼」


 俺は何の言葉にもならない声をさけび、彼女の死をなげいた。

 信じられなかった。受け入れたくなかった。


 ――だって、俺はまだあいつに何も…………


 丘の上からのぞむ世界は、残酷ざんこくなほど美しかった。


 もう彼女は、この世界のどこにもいないのだ。


    †


斥候せっこうからの報告では、魔王はこの首都に向かって来ている。序列七十位以上の勇者は首都防衛にあたるが、それ以外の者は自由だ。故郷に帰るなり、家族と別れの時間にひたるなり、好きに過ごしてくれ」


 翌朝、残る九十九人の勇者全員を集めたルークは、やや投げやりな様子でそう言った。

 最強の勇者を失って敗北した彼は、この国を魔王が蹂躙じゅうりんすることを受け入れてしまっているのかもしれなかった。


「それじゃあ、ワシは故郷に帰ろうかのう。アレン、お前さんはどうする?」

「……俺も帰るよ」


 序列九十九位の老勇者に問われ、俺は覇気はきの無い声でこたえた。


 ――そして、故郷〈オースティン〉への道中。


 俺は魔王と出くわした。

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