山道

茶葉ゴリラ

第1話

冬崎透ふゆざきとおる(30)は、某有名ビジネスホテルに勤めており、今日は県外にある、人手不足の店舗へ手伝いに行っていた。そして今は、その帰り途中である。

本来なら22時に終わる予定が、予想以上に混んでしまい、23時半の退勤に。そこの支配人からは、「泊まったら?夜遅いし。一部屋なら空いてるよ。」と提案されるも、今日は帰らなくてはいけない用事があった。


それは、大学時代からの友人達と最近ハマってる、テレビに繋ぐオンラインゲームをする約束だ。今夜は、新しいスキンがアップデートとあり、1秒でも早く帰宅し、先にログインしてる友人達に混ざりたかったのだ。それを理由に、支配人からの提案を断り。結果、


「うっわ、最悪」


自分が行きたい高速方面で、大型トラックの横転事故があり、長蛇の渋滞にハマったのだった。遠くではサイレントが鳴り響き、警察官が車を誘導する。気怠そうに溜息をつき、職場で貰った缶コーヒーを飲む。ゲームを楽しみにしていとあり、苛立ちが募るも、自分が感情的になった所で現状は変わらないと自身に言い聞かせ、煙草を吸い始める。本数は増えていき、1本‥2本‥3本。気長に待つかとパーキングに入れ、携帯漫画を読む。いつしか暇潰しのつもりが、漫画に夢中になってしまい、長時間同じ姿勢が続いたもので、首を痛めた。その凝りを治そうと顔を上げれば、前に並んでいた車が1台、また1台と抜けて行く。バックミラーも確認すると、自分が最後尾になっていた。


(後ろの車も下道を選んだか)


「そうだよな‥あれから全然動いてないもんな。てかもう、0時過ぎてんのかよ。」


時間は、0時15分。冬崎は、読み途中の漫画を閉じると、画面をマップに切り替え、自宅までを設定。下道だと約2時間はかかる。此処で立ち往生よりはマシかと、車内用携帯ホルダーに携帯を設置。残り僅かな缶コーヒーを飲み干せば、シフトレバーをドライブに動かし、その場を後にした。


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「休憩でもするか」


マップを確認すると、500メートル先にコンビニの表示。溜まってるグループLINEに返信もしたいし、何より眠気覚ましのコーヒーが欲しい。そうと決まればと、コンビニを目指した瞬間


"左です"


「えっ!?」


車内に響き渡る、マップからの案内音声。急な案内指示に、慌ててハンドルを回す。国道二車線の左車線にある、不自然に枝分かれした道に入る。

その道は一車線で、左側は森に続く手入れのされてない茂み。右側も、ガードレールの向こう側は田んぼが一面に広がっている。どう見ても、裏道だ。長々と伸びた雑草が、左サイドミラーを擦る。バックミラーの角度を調節しつつ、後ろに遠のく点滅する信号機を眺め、(まだ道なりだったはずなのに‥)と困惑しながらも、マップを信じて先へ進んだ。


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景色の変わらない山道が、永遠に続く。信号機も無ければ、街灯や民家も無い。あるとすれば、カーブミラーのみ。クネクネとした、まるで蛇の様な道を下がっては上がってを繰り返す。車が再びカーブに差し掛かった頃、冬崎は気になる事があった。


(このガードレールもだ)


それは、カーブする場所のガードレールにだけ、大きな凹みと擦った傷があるのだ。その傷を当初は、錆かと思っていたが、ハイビームに切り替えた際に、錆ではなく車体の色だと知る。その色は鮮やかで、最近も車とガードレールが接触したのだろう。車道自体は綺麗で、黄色い実線も濃い。新しい道なんだろうが、カーブの多さと灯りが無い、この2点が事故多発の原因なんだろうと冬崎は考え、気を張る。


「‥気をつけよう‥どうせ遅れてるし」


ガードレールで守られてるとはいえ、結構の高さまで走って来た。暗闇で見えないが、きっと下は崖。木々や雑草がクッションになっても、廃車は確定。何なら、自分が助かる保証はない。真っ直ぐな道に変わるも、念の為規定速度より遅めに走る。


「あーあ。家に着いた頃にはアイツら、全員寝てるだろうな‥こうなるなら泊まれば良かった。どうせ明日明後日休みなんだし。ま、しょうがないよな。雪が降ってないだけ、有難いと思うか。」


前を走る車も、後ろを追う車も、何なら対向車を横切る車すらも、1台も出会わない。マップの案内指示の件は勿論、ガードレールに残る傷痕。不気味さを感じるこの道から抜けたくて、何度もUターン出来る場所を探したが、見当たらない。


「このまま行くしかないよなー‥何だかんだ、後1時間走れば家に着くし。てかやっぱり、あのまま道なりだったよな‥絶対。」


暖房の温風で乾燥した目を細め、疑問を口にした時だった。再び、カーブに差し掛かる頃。


" チーーーン "


鼓膜を貫く鐘の音。その音は、脳内にも反響し、透き通る美しい余韻よいんを残した。


「え?」


気の抜けた声が漏れる。ブレーキを踏むと、一度停車させ、ハザードランプを付ける。音の出所を探すべく、周囲を見渡すが何も見当たらない。気のせいか?と、ハザードランプを消して、再び走り出そうとした時だった。再び、


" チーーーン "


また、あの音が鳴る。冬崎の顔は、みるみる青白く染まっていく。何故ならその音に、聴き覚えがあったからだ。遡る事3年前、母方の曽祖母そうそぼが亡くなった際に、葬式で住職が鳴らしていた。まさかこんな場所でと顔を左右に振るも、どんどんと思い出す過去の記憶。幼少期、仏壇のそれを叩きまくって母親から叱られた事や、サスペンスドラマのワンシーンで鳴らす場面を見た事。


「"おりん"だ‥。おりん‥何で」


ゴクリと生唾を飲む。思考が停止するなか、ポクポクと木魚の音までも鳴り始める。どこから入り込んだのか、車内には線香の香りが充満する。


「有り得ない‥0時過ぎてんだぞ!?」


奇怪な現状に混乱しては、声を荒げた。感情が高まれば高まる程、恐怖心が増していく。3分間は、その場に居ただろうか。その間に、おりんや木魚の音は徐々に薄れ、遠くに消えていく。


「‥一体何だったんだ‥さっきのは‥」


この頃には、冬崎も落ち着きを取り戻すが、未だに心臓は波打つ。27度に保たれた車内も、温まっていた体も冷えきり、まるで外に居るかの様な凍てつく空気感に包まれる。


(早く此処を抜けよう)


戻れない以上は、先へ行くしかない。覚悟を決めると、ブレーキを緩めて徐行で進む。カーブを曲がる最中、嫌な気配を感じ始めた。言葉では表現出来ない、それはおどろおどろしく、闇渦巻く。


「大丈夫‥大丈夫‥何も考え‥---ッ!!」


ゆっくりとカーブを曲がり終え、再び直進が広がる。緊張感と警戒心で強張る体は、大きく跳ねた。それと同時に、強烈な吐き気を催し口元を抑えて俯く。冬崎の視界は、直進以外にも別の"なにか"が入り込んだのだ。


(何だよ、あれ!何なんだ!!)


それは、喪服姿の3人の男女だった。その3人は、対向車線側の擁壁ようへき手前にある、狭い歩道を横一列で佇んでおり、微動だにしない。冬崎はえずきながら、視線を3人向ける。横からしか見えないが3人の表情は、無表情。お面の様な顔は、道路の向こう側を見つめていた。冬崎も同じ方を見ると、そこはガードレールと木々と雑草、遠くに山々が並ぶだけ。何をそんなに見つめるのか、冬崎は3人に視線を戻す。


(襲ってくるとか、してこなそうだな‥ん?)


安堵もつかの間、真ん中に居る老婆が何かを持ってるのに気付く。それは大事そうに、両手で抱えられ。冬崎は、眉間に皺を寄せて目を凝らす。


「‥遺骨‥?」


" 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 "


「!!?」


突然聴こえだすお経に驚き、目を見開く。同時に、思いっきりブレーキを踏み、キュッと音を立ててしまった。その音を合図に、無表情だった3人は、ニコォ‥と満面の笑みを浮かべる。


「ヒィッ」


目玉の無い、漆黒の窪みからは、ダラー‥ダラー‥と墨汁の様な液体が溢れ出る。液体は、口も同様で、ダラー‥ダラー‥と流れ続けている。その顔はまるで、泣いている様にも見えた。垂れ流しのまま、マネキンの様に動き一つ見せない3人に、冬崎は硬直した。呼吸は乱れ、息苦しくなる。

しかし何故だ。3人はこちらを向いていないはずなのに、沢山の視線を感じる。冬崎は、3人の後ろへ目を移す。そこには、擁壁を削って作られた人工的な階段があり、階段の上には二階建ての空き家が建っている。廃れた家全体には、新品かと思う程に汚れの無い、綺麗な白黒の鯨幕が飾られている。


「あっ‥あっ‥」


冬崎は、開いた口が塞がらなかった。こちらを見つめていたのは、喪服姿の老若男女だった。その人数は把握出来ず、二階の割れた窓ガラスの内側に立っていた。その老若男女は、体こそは下の3人同様に道路へ向けていたが、首だけは確かに冬崎へ向いている。墨汁の涙を流し、満面の笑みが暗闇でひしめき合う。


「‥ヤバい‥ヤバいヤバい‥!」


全身の震えは、奥歯全体をも揺らす。途切れ途切れの声は、蚊の羽音よりも小さく、か細く。冬崎は、恐怖から大粒の涙を流した。


(助けてくれ‥誰か)


下唇を血が滲むまで噛み締め、静かに目線を空き家から道へと戻す。体は重く、思う様に動かず、ただ手汗で濡れた両手で強くハンドルを握る。ブレーキを踏んでいた足を僅かに緩め、自然に車が走るのを待つ。車は徐行よりも遅く、ジリ‥ジリ‥と進む。


(あの3人を過ぎれば良い。あの3人を)


根の張ったかの様に重い右足は、やっとアクセルペダルの上に辿り着く。軽く踏みながら、3人の目の前を、蝸牛が這う如くゆっくり通る。その間も、獲物を狙う獣の様な鋭い視線が、冬崎の体を刺していく。空き家から見つめる老若男女とは比べ物にならない位の圧に、冬崎は肩をすぼめた。


「‥‥スー‥スー‥‥」


浅くなる呼吸には、緊張感が混ざる。口内には、下唇が切れて出た血液の鉄臭さと、胃から逆流する胃液の酸味さで更に吐き気を催す。分泌された唾液を飲み込むも、追いつかず、口元からは唾液が滴り落ち。未だに残る線香の香りが、鼻の粘膜に張り付いた。鼻水と唾液、涙でぐちょぐちょに濡れた顔は、自分でも情けないと思う。


(後‥1人。後、1人で終わる!)


3人目の前に来た時だ。バッと音が鳴り、反射的に冬崎は顔を向けた。


「----ッ!!」


そこには、遺骨を持つ老婆以外が全員、万歳の姿勢で固まっている。冬崎は、声にもならない悲鳴を上げ、頭の中が真っ白になる。今から何が始まるんだと、目を離せずにいた。


くるっ


外側を向いてた両手の甲を、内側に回し


"パチパチパチパチ"

"パチパチパチパチ"

"パチパチパチパチ"

"パチパチパチパチ"


いっせいに、両手の甲を叩きだす。それは、まるで拍手の様だった。パチパチと拍手に混ざり、再びポンポンと木魚が鳴り渡り、消え去っていたお経が帰ってくる。拍手が激しくにつれ、お経も強まり


「うわーーーーーーッ!!!!」


腹の底から悲鳴を上げ、思いっきりアクセルを踏んだ。エンジン音は雄叫びを上げ、凄い速さで車は走る。手汗で滑るハンドルも、腕の血管が浮き出るほど強く掴み、体を傾けてカーブを曲がって降って行く。歯を食い縛り、後ろを振り返らず飛ばして行く。スピード違反で捕まっても構わない。だから、人に会いたい。その願いと共に、脳内には今もなお裏拍手をする奴らの姿が、鮮明に浮かぶのだった。


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「‥生きてる‥良かった‥」


気付けば山道を抜けていた。涙の海で視界は波打ち、見慣れた国道もぼやけて上手く見えない。冬崎の前を、数台の車が横切る。24時間営業の飲食店内では、客がチラホラ見え。店員がレジで、テイクアウトの袋をカップルに渡してる。自転車に乗った老人や、歩き煙草をしながら携帯を弄る若者。普段、目にしても何も思わない景色させ、今自分は生きてるんだと実感を与えてくれる。冬崎は、ハンドルに額を擦り付けては、その場で泣き喚いた。


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翌日の朝。冬崎は、電話をしていた。

相手は昨日、約束していた友人の1人。友人は、昨日からLINEの返事も無ければ、一向にログインしない冬崎を心配して、電話をしてきたのだ。


「‥その話、気持ち悪いな。」


「‥な。あんなに泣いたの、多分初めて」


「誰だって泣くだろ、そんな集団に会ったら。‥てか、その拍手って意味あんの。普通は、掌で叩くだろ。手の甲って‥何。」


「あれは、俺もわからない。調べるのも嫌だ。」


「だよな。とりま無事で良かった。」


「返事しなくてごめん。後、ありがとう。」


「全然良いって。で、今日の夜は出来そう?」


「昨日の出来なかった分、取り戻す。」


「了解。あ、ちゃんとお祓い行けよ。」


「あいよ。」


じゃあ、今から飯を買いに行って来ると告げ、電話を切る。あの後冬崎は、風呂も入らず飯も食わず、自宅に着くなり制服のまま布団に逃げ隠れもので、腹の虫が騒いでいるのだ。


(今日明日と休みだし、徹夜確定だな。)


毛玉まみれのスウェットの上から、紺色のジャケットを羽織る。車の鍵を握れば、昨日の出来事を薄らと思い出すも、(あれは夢だ)と記憶に蓋をして、玄関へ向かう。玄関ドアに設置された、内側式の郵便受けの下に、紙が数枚落ちていた。それらを重い腰を屈んで拾い上げる。


1枚1枚目を通せば、求人案内のチラシや水道代の請求書。その間に何か挟まっている。それは厚みがあり、見た感じ封筒であった。首を傾げながら、封筒を手に取った途端


「ッ」


冬崎は、絶望の底に落とされた。

サー‥と血の気が引き、倒れそうになる。


それは、


"会葬礼状"


だった。

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山道 茶葉ゴリラ @otya_gorilla

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