第3話 完璧な関係の代行
蓮司は、自分が仕事に行かなくて済む生活にすっかり馴染み始めていた。毎朝の満員電車も、職場のストレスも、もはや彼には関係がなかった。代行者がすべてを引き受け、職場では「等々力蓮司」として完璧に役割を果たしている。
昼下がり、蓮司はリビングのソファに寝転び、コーヒーを飲みながらネット動画を楽しんでいた。職場からは一切の連絡がない。気ままな生活を満喫しつつも、彼は一抹の不安を抱いていた。
「でも本当に……このままで大丈夫なのか?」
だが、その不安も、数日間何の問題も起きなかったことで薄れていった。むしろ、代行者が蓮司以上に「蓮司らしく」振る舞っているという話を、同僚たちからのSNS投稿で知り、驚きと妙な安堵感を覚えるほどだった。
ある日、蓮司は同棲中している婚約者の詩織と久しぶりにゆっくりと話をする時間を持った。彼女もまた、蓮司がリモートワークを始めてからは穏やかな生活を送れていたが、通勤地獄が始まって以来、蓮司の機嫌が悪化していることに不安を感じていた。
しかし、最近の蓮司は何か吹っ切れたように明るくなっている。詩織はその変化を喜びつつも、不思議に思っていた。
「最近、なんだか元気そうだね。仕事のほう、大丈夫なの?」
詩織が尋ねると、蓮司はぎこちなく笑って言葉を濁した。
「ああ、リモートワークに戻ってから調子いいよ……」
方針がコロコロ変わる連司の会社に詩織は首をかしげた。
一方、その頃、職場では代行者がさらに存在感を増していた。
彼は蓮司の名で積極的に会議で発言し、上司の評価を上げ、同僚たちとフランクな会話を交わしていた。特に目立ったのは、蓮司の元恋人である佐倉美奈との関係だった。
美奈は以前、蓮司と2年間交際していたが、価値観の違いから別れを選んだ。
しかし最近、職場での蓮司の変化に驚き、再び彼に接近していた。リモートワーク時代の彼は淡々と仕事をこなすだけだったが、今の「蓮司」はどこか魅力的で、仕事への情熱も感じられる。
美奈はその変化に惹かれ、ランチに誘うようになっていった。
「最近、変わったよね。前よりずっと話しやすくなった気がする」
「そうかな?もしかしたら環境のせいかもしれないね」
代行者は笑顔でそう答え、美奈との会話を楽しんでいるようだった。
やがて二人は仕事終わりに食事をする機会が増え、ついには美奈の方から「もう一度やり直さない?」と告白するに至った。
代行者は迷うことなくそれを受け入れた。
その日の夜、蓮司のもとに友人から一本の電話がかかってきた。
「蓮司、最近調子はどうだ?そういや美奈さんとも復縁するって本当か?おまえ婚約者いなかったけ?」
その言葉に、蓮司は息を呑んだ。
「え?何の話だ?」
「俺たちがよく遊んでた店で仲良くなった奴がさ、お前と美奈さんがまた一緒に店に来てたって、他の連中もお前らと話したって」
電話を切った蓮司は、頭を抱えた。
——どういうことだ?
自分は美奈と別れて以来、会社で会ってもお互いが無視してしるし、一度も連絡を取っていない。
それなのに、なぜ復縁したことになっているのか?
翌日、蓮司は代行者に連絡を取った。
「お前、美奈と……何かしてるのか?」
代行者は淡々と答えた。
「ええ。あなたの元恋人の美奈さんとの関係は順調です。あちらからアプローチがあったので、うまく関係を築いています」
「……ふざけるな!お前が勝手にそんなことをする権利はない!」
蓮司は怒りをぶつけたが、代行者は冷静なままだった。
「彼女は別れて以降、あなたの悪評を社内に広めていたようです。そういった不安要素を御するのも、私が代行者として対応すべき範疇です」
蓮司は言葉を失った。自分の「代行」がこれほど深く、自分の人生を侵食しているとは思っていなかった。
さらに事態は悪化する。美奈との復縁が社内で話題になったことで、現恋人の詩織の耳にもその噂が届く。
「蓮司、あなた……あの美奈さんと、まだ関係があるの?!」
「そんなわけないだろ!俺はずっと家にいたじゃないか」
詩織の言葉に、蓮司は愕然とした。否定はしたものの、詩織は納得しなかった。蓮司の様子がどこかおかしいこと、最近仕事についてあまり話さなくなったことも、すべてが不審に映ったのだ。
「ちゃんと話して。本当は何が起きてるの?」
蓮司は詩織の目を直視できなかった。
――代行を頼んだ代償が、徐々に自分の生活を蝕み始めていた――。
(続く)
〜出勤代行〜『あなたの代わりに出社します』 月亭脱兎 @moonsdatto
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