治療・変化編

 治療編と銘打ってはいますが、カルマン症候群の場合、ということは現在の医療では難しいようです。足りないホルモンを補い、ほぼ一生涯付き合っていくものになります。


 というのは、すべての人間には共通して「老い」というものが存在するからです。病気の有る無しには関係なく、年齢と共に人の身体は変化していき、分泌されるホルモン量も減っていきます。更年期障害などもホルモン量の変化によるものです。

 女性の身体も変化し、最終的には閉経と言って、月経が来ない状態になります。その時は、今とは違った対処法になると説明を受けました。


 さて、足りないホルモンを補う方法ですが、私の場合、2種類の錠剤を併用しています。3週間服用して、1週間休み(月経が来る)という周期です。これはネットで検索して出てくるような月経の周期と言えます。

 とはいっても、2つの薬は共に女性ホルモンを補充する役割で、私の身体に分泌を促すものではありません。服用を止めた瞬間から女性ホルモンの影響を受けない状態に戻ります。


 実際、周期の間隔をあけると、元の身体(体調?)に戻る感じがします。言葉にするのが難しいのですが、メンタルの不安定さが少しましになる、とでも言うのでしょうか。

 周期の乱れによる目に見える反応としては、服用期間が短いと止めた時点で月経が来ます。(これは病院で正常な反応であると確認済みです)正確にはもう少し複雑なのですが、1番分かりやすい反応だと思います。



   ◇◇◇



 私の場合、薬を服用して1周期目で月経がありました。

 初めて見たときは、安堵や喜びというよりは「ほんまに来た! すげー!」という驚きが大きかったです。例えるなら、炎色反応の実験で、実際に炎の色が変わった時の反応。説明を聞くのと実際に見るのとではやっぱり違いますね。

 上がったテンションのまま、すぐに母に報告して安堵の表情を見たとき、この反応が普通か、と冷静になったのを覚えています。


 服用後の嬉しい変化としては、他に「骨密度が正常値に近づいたこと」と「髪の毛が太くなったこと」が挙げられます。

 骨密度は、ホルモン治療を行う選択をした理由でもあります。女性ホルモンが骨密度と関係あるらしく、私の骨は正常値よりもはるかに下、スカスカの状態でした。よく今まで骨折など大きな怪我が無かったなと思います。インドア派だったことが幸いしました。


 髪は生まれつき細く、ペタッとした髪質で、遺伝的なものだろうと思っていました。しかし、薬を飲み始めてから明らかに太くなり、少しも出ました。事前に説明はありましたが想像以上で、かなり嬉しい変化でした。


 逆に悲しい変化は・・・・・・結構あります。


 小さいところでは「肌が荒れたこと」です。

 お医者さんは「髪にこしが出て肌も綺麗になる」と説明を受けましたが実際は違いました。と、書くと誤解が生まれそうなので、もう少し詳細に書いてみます。

 おそらく女性ホルモンで肌が綺麗になるのは本当なんじゃないでしょうか。「肌が荒れるのはホルモンバランスの乱れ」なんて話も聞くくらいで、100%ではないにしろ関係はありそうです。


 ただ、私の場合「思春期が来た」という言い方が1番しっくりくると思います。

 中学・高校時代の私は、夜更かししようがチョコレート大袋を完食しようが、ニキビが1つもできませんでした。洗顔も朝、水でぱちゃぱちゃ洗う程度。これでさらさらの肌が維持できていたんです。


 当時は、敏感肌の割にニキビはできんなー、くらいにしか考えていませんでしたが、今思えば、単純に二次性徴が来ていないだけなんですよね。

 子どもみたいな肌なんじゃなく、子どもの肌だっただけ。それが、服薬と同時に思春期の肌になり、大人の肌になり・・・・・・。同年代の方々が学生時代に体験した悩みをようやく今、痛感しているところです。


 そして、最も辛かった変化は「女性的な身体になったこと」です。


 同じ症例の方のブログを拝見していると「思春期に身体の変化が無かったこと」を辛い体験として書いている方が多い印象を受けます。周囲の反応が怖くて隠していた方、コンプレックスだった方もいます。

 私の場合は逆で、むしろ大人でも子どもでもない中途半端な身体が好きでした。自分に合っていると思っていました。交友関係が狭かったこともあり、目に見える違いによって、辛い目に合わなかったことも大きかったと思います。


 しかし、薬を飲み始めてから急激に、本当に目に見えて女性的な身体へと変化していきました。とても気持ち悪かったです。満月で変身する狼男ってこんな気持ちなのかな、なんて考えたりしました。

 この頃は精神的にも不安定で、急激に負の感情に襲われる瞬間もありました。服薬を止めれば身体の変化は止まります。でも骨密度や将来的に起きる不調のことを考えると、止めることはできません。自分がどうしたいかも分からず、人生で1番自分のことが嫌いだった時期だと思います。


 ただ、私は物書きでした。


 絶対エッセイにしてやる。こんっなに辛い思いをしているんだ。この経験を書き残さないなんてありえない! と本気で思っていました。あほな考え方ですが、今私が生きてけらけら笑っていられるのも、こんな自分だったからです。


 このエッセイを書くにあたり通院記録を漁ったのですが、病院の検査の内容も、同行者や担当医の名前なども全部メモされていました。通院が日常になるにつれ、メモも減っているのを見るに、当時の自分にとって「書くこと」は本当に心の支えだったんだと思います。



   ◇◇◇



 現在は年に4回ほど、薬が無くなるタイミングで通院を続けています。これから先、今の年齢の倍になるくらいまでは、この生活が続くと思います。その先はまだ知りません。

 もしかしたら、もっと便利な薬が開発されたり治療薬が発明されたりするかもしれません。そうなるといいな、と思います。特に嗅覚については。


 ただ、今の生活もそれほど苦ではありません。多少の不便はありますが、概ね楽しくやっています。それに、今回のエッセイで当時の自分も報われたのではないでしょうか。あのメモたちも役目を果たしたというものです。


 ということで。この話はここまでとします。

 最後まで読んでくださりありがとうございました。またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。


 ではでは皆さん、ごきげんよう。

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カルマン症候群って知ってる? のっとん @genkooyooshi

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