05

「仕方ない」


 院長は大きくため息をつくと、修司へと言った。


「お前、ここに住め」

「ちょ……。本気か?」

「おう。幸い部屋は余ってる。お前とメルティアの二人部屋だ。文句は言わせん決定事項だ。いいな?」

「えー……」


 こうなってしまえば、院長は自分の言葉を曲げない。何を言っても無駄だ。修司はため息をつくと、分かったよと頷いた。




 院長は諸々の書類の用意や手続きをするとのことで、修司は一度自宅に戻ることにした。荷物を持ってくるためだ。部屋の契約を解除する必要はないと言われているので、最低限のものだけを持ってくるつもりだ。

 メルティアは施設で留守番だ。当然ながらついてこようとしたが、すぐに戻ってくるからと残ってもらった。ただ、今にも泣きそうな顔だったので、急がなければならない。


 それにしても、と思う。院長には迷惑をかけてしまう、と。

 子供を拾った。当然ながらそれだけでかなりの大事だ。さらに施設で引き取るのにも、様々な手続きが必要になってくる。身元不明となれば尚更だ。手伝えることは手伝わなければならない。

 そう、思っていた。




 着替えや日用品などをかばんに詰め込み施設に戻ると、メルティアが満面の笑顔で出迎えてくれた。なんだか心がほっこりする。

 メルティアと一緒に院長室へと向かえば、すぐに通してくれた。先ほどと同じソファに座った修司に院長が放った言葉は、予想の斜め上を行くものだった。


「手続きが全て終わった」

「はい? ……え? いや、え?」

「混乱するのは分かる。俺も正直意味が分からん」


 院長曰く、全ての書類が、手続きが、何の審査もなく素通りして受理されてしまったらしい。本来なら数日を要するはずのものでも、数分で終わってしまったとのことだ。しかもそれを疑問に思ったのは院長だけ。他の人、この施設で働く者や役所の者も例外なく、誰も疑問に思わなかったのだそうだ。

 修司は思わずメルティアを見た。それに気づいたメルティアが可愛らしく小首を傾げる。さすがにメルティアが何かをしたと考えたくはないが、魔法という科学では説明できないものを扱うことを考えれば、無視はできない。


「メルティア。その、魔法を使ったりはしたか?」

「まほー? 使ってないよ?」

「そう、か……」


 ここはとりあえず信用しておく。メルティアとは共同生活を送ることになるのだから、こんなところで不信を抱きたくはない。それに、例え魔法を使っていたとしても、大きな問題が起きるものでもないだろう。


「まあともかく、これでメルティアは俺たちの家族だ」


 そう言って、院長が微笑みながらメルティアを撫でる。その瞳は優しく細められていて。


「ようこそ、メルティア。俺たちは君を歓迎しよう」

「これからよろしくな、メルティア」


 院長と修司の続けての言葉に、メルティアは満面の笑顔を見せてくれた。




 少しゆっくりしてこい、という院長の言葉に従い、修司はメルティアを連れてあてがわれた部屋に向かった。

 二人にあてがわれたのは窓際の部屋だ。窓際といっても、窓が増えるわけではない。

 部屋はドアの向かい側に大きめの窓があり、外からの光を取り込んでいる。左側には二段ベッド、もう逆側には勉強机と本棚だ。勉強机は修司にとっては小さいものだが、文句を言える立場でもない。ベッドの側にはタンスがあった。


「というわけで、今日からここが俺とメルティアの部屋だ」

「わあ……」


 メルティアは瞳を輝かせている。年相応でかわいいなと思いながら、とりあえずメルティアを勉強机とセットになっている椅子に座らせた。


「さて、メルティア。少し話をしよう」


 修司が言って、メルティアが首を傾げつつも頷いた。


「メルティアが頼るのは本当に俺でいいのか? 他にも、まあ不安はあるかもしれないけど、誰かを紹介することぐらいはできるぞ? 俺より経済力がある優しい人も、知り合いにいるし」


 ここを出た者の中には、なかなかの成功をしている者もいる。修司と同い年の女には、株で成功してしまった者までいる。彼女なら、事情を話せば子供の一人ぐらい面倒を見てくれるはずだ。

 彼女とは逆に、修司は経済力に関してははっきりと底辺だと言える。フリーターなんてそんなものだ。週に五回、夜の十時からの夜勤で働いて、月に二十万弱。楽をしたいわけではないが、こんな子供に付き合わせるのはさすがに忍びない。

 だがメルティアは、勢いよく首を振って、ひしと修司に抱きついてきた。


「おとうさんと一緒がいい」


 おとうさん。初めて会った時からずっと言われていることだ。媚びを売っているだけではと思ったりもしたが、どうやらメルティアは本当に修司のことを父と思っているらしい。彼女の実父に似ているところでもあるのか、それとも別の理由からか。修司には分からないことばかりだ。

 そしてこれらは考えたところで時間の無駄になる。答えなど、出るはずもないのだから。


「まあ、うん。俺なんかで良ければ、いいけどさ」


 色々と問題はある。納得できないこともある。それでも、例え目の前の少女が元凶だとしても、修司はメルティアを責めようとは思えなくなっていた。


「これからよろしく、メルティア」

「メル」

「ん?」

「メルって呼んで?」


 どうやら以前暮らしていた場所ではそう呼ばれていたらしい。やはり恋しいのかと思いながらも、修司はメルティアへと、メルへと頷いた。


「改めてよろしく、メル」


 撫でながら、そう言う。それだけでメルは満面の笑顔になった。




 児童養護施設は多くの子供たちが暮らしている。全員が何らかの理由で親がいない、もしくは一緒に暮らせない者たちだ。そういう意味では、メルの境遇は適しているのかもしれない。

 夕食時、施設の食堂に子供たちが集まる。その子供たちの視線は、一つのところに集中していた。院長と共に食堂の前で立つメルに。メルもその視線に気づいているのだろう、顔を真っ赤にして、落ち着かない様子できょろきょろと視線を彷徨わせている。途中、修司と目が合った時に元気づけるために笑いかけてやると、メルもぎこちない微笑みを返してくれた。


「何度かあったことだから分かっているとは思うが」


 院長が言って、子供たちがそちらへと耳を傾ける。


「今日からここで暮らすことになった、メルティアだ。ほれ」


 院長に促されて、メルは一歩前へと出る。メルは小さく喉を鳴らし、元気よく声を発した。


「メルティアです! メルと呼んでください!」


 その勢いに、誰もが呆気にとられている。静寂にメルが不安そうな表情になったのを見て、修司は苦笑しつつも手を叩いた。ぱちぱちと、拍手をする。すると自然と、皆が拍手をしてくれた。

 ほっと安堵の吐息を漏らすメルと視線が合う。恥ずかしそうにはにかむメルに頷いたところで、大勢の子供たちがメルを取り囲んだ。

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エルフ子育て記録 龍翠 @ryuusui52

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